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論文紹介 精密誘導ミサイルの使用が当たり前になることは何を意味するのか?

現代戦の特徴の一つは、長射程ミサイルによる打撃の精度、正確さがますます高くなっていることです。1990年から1991年の湾岸戦争では、アメリカ軍の航空機がイラク軍に対して多数の精密誘導弾(precision-guided munition, PGM)を使用したことに注目が集まり、アメリカの技術的優位が広く印象づけられました。

しかし、この技術はすでにアメリカの独占状態ではなくなっています。つまり、今後の戦争では長射程ミサイルによる精密誘導打撃がより一般的になる可能性が高く、そのため戦争の様相にも持続的な影響を及ぼすと考えられます。そのことの重大性をいち早く検討していた研究論文を紹介してみたいと思います。

Mahnken, Thomas G. (2011). Weapons: The Growth & Spread of the Precision-Strike Regime. Daedalus, 140(3), 45–57. doi:10.1162/DAED_a_00097

武器は運用と相互に作用しながら戦争の様相を変えるので、軍事技術だけでは将来戦争を予測することはできません。軍隊は新しい武器を手に入れたとしても、それまでの慣習として確立された運用をすぐに捨てることができないものであり、また画期的な技術がもたらす影響を完全には認識できないこともよくあります。著者は、精密誘導弾の技術についても、その影響が十分に理解されてきたわけではなかったと論じています。

歴史的に精密誘導弾の研究開発が始まったのはドイツであり、第二次世界大戦の末期に着手されました。成果としては、巡航ミサイルV-1、弾道ミサイルV-2、対艦ミサイルFritz-Xが開発されましたが、これらは戦況に大きな影響を及ぼすまでには至っていません(p. 48)。その後、アメリカ軍は1960年代から1970年代にかけて精密誘導の基礎となる技術の開発を進め、ベトナム戦争では初めてレーザー誘導方式の爆弾を使用しました(p. 48)。この時期に精密誘導技術の方向性が固まり始め、やがて実戦で注目される成果を収めるようになりました。

精密誘導技術が飛躍を遂げたのは、ステルス技術や情報通信技術などの関連技術の発達があったためです。これらの技術を組み合わせることによって、精密誘導打撃の可能性は一段と拡大しました。著者は、湾岸戦争でアメリカ軍のステルス攻撃機F-117が効果的な精密誘導打撃を実施したことを取り上げていますが、このときに固定目標だけでなく、移動目標に対する精密誘導打撃が行われ、戦果が確認されました。46機のF-111が投下した184発のレーザー誘導爆弾は、132両のイラク軍の戦車を撃破したことは当時注目されました(p. 48)。湾岸戦争全体で使用された爆弾で精密誘導弾に分類できるのは8%にすぎませんでしたが、映像と共に広く報道されたので、人々はアメリカ軍の誘導技術に強い印象を受けました。

湾岸戦争はその後のアメリカ軍のモデルとして見なされるようになりました。つまり、ステルス性を備えた航空機から精密誘導弾を敵に一方的に使用するという戦い方が理想化されたのです。1990年代は精密誘導打撃の歴史において革新性が広く認識されるようになった時期であり、著者は技術的成熟期に移行した段階と評価していますが、誤解もありました。

この時期に軍事専門家の間で活発に議論された構想として軍事における革命(revolution in military affairs, RMA)があり、これは情報通信技術をはじめとする革新的技術を取り入れ、アメリカ軍の部隊規模を抑制しつつ、戦闘効率を飛躍的に向上させることを目指すものであり、ほとんど危険を冒すことなく、敵を一方的に打撃できるような技術的優位が想定されていました(p. 49)。この議論では、精密誘導打撃の技術がアメリカ以外の国々に拡散する可能性はほとんど考慮されていませんでしたが、多くの軍人がそのようなことは起こらないと思い込んでいました。

「2000年に実施された軍事専門教育機関に通うアメリカ軍の将校1,900人を対象とした調査によれば、新しいRMAによってアメリカは決定的戦闘で勝利を達成する武力行使が容易になると考える傾向が支配的であった。またアメリカが死傷者を出す危険を大幅に減らしながら、烈度が高い作戦を遂行できるようになり、将来的な紛争の期間は大いに短縮されるという見方が大半を占めた。また、アメリカは限定された地理的範囲において敵の部隊の位置を特定し、追跡し、撃破する能力を大いに高めることができると考える傾向も見られた。それとは対照的に、彼らは潜在的な敵国が精密打撃革命を逆用し、アメリカに損害を与える能力に懐疑的だった。2000年の調査では、将来の敵が弾道ミサイル、巡航ミサイルのような長射程の精密誘導打撃武器を使用し、港湾、飛行場、兵站基地などの固定的な軍事施設を撃破できると考えていた者は9%にすぎず、そのような武器を使用して海上において空母打撃群を攻撃できると考える者は12%だけだった」

Mahnken, 2011. p. 49

アメリカ軍の技術的卓越性に対する信念が、何ら根拠のない信念であったわけではありません。1990年代のアメリカ軍は引き続き精密誘導の技術開発に取り組んでおり、さまざまな重要な成果を上げました。1999年のコソボ紛争では全地球測位システム(GPS)を利用して得た位置情報のデータで誘導される新世代の爆弾が導入されています。統合直接攻撃弾(Joint Direct Attack Munition, JDAM)が登場するのはこの時期からであり、この技術によって無誘導爆弾を全天候型の精密誘導爆弾に変換することが可能となりました。長時間滞空が可能な無人航空機RQ-1プレデターもコソボ紛争に投入されています。コソボ紛争で使用された弾薬の68%が誘導弾になっていたことも見過ごされるべきではないでしょう。これはアメリカが優れた技術を保有するだけでなく、その技術を軍事作戦の幅広い場面で使用できるようになったことを意味します。

しかし、この時期に中国はアメリカの技術的優位と競争する動きを見せ始めました。アメリカは2000年代以降になってから、精密誘導打撃の技術が世界に拡散するリスクを真剣に考慮するようになり、敵国にその武器が配備されたときに生じる戦略的な課題に気が付き始めました。2001年の防衛計画の中でアメリカが同盟国、友好国の作戦基地を防護することを新たな課題として位置づけるようになったのは、敵対勢力が精密誘導弾を手に入れる可能性を現実のものとして想定するようになったことを反映したものです(p. 50)。この時期にアメリカ軍の士官を対象とした意識調査では、69%の回答者が敵対勢力が弾道ミサイルや巡航ミサイルでアメリカ軍の港湾、飛行場、作戦基地を脅かすようになると予測するようになりました(p. 51)。

中国は、2000年代にアメリカ軍の精密誘導ミサイルの技術を積極的に研究開発し始めました。これは中国軍にとって合理的な選択であったといえます。2003年のイラク戦争でも6,500発のJDAMが消費されており、精密誘導弾が軍事的に有用であることは軍事的に明らかになっていました(p. 51)。また、アメリカ軍は何十年もの月日を費やして精密誘導の技術開発を一歩ずつ進めてきましたが、中国はアメリカの技術から学びました。アメリカ軍が2000年代にアフガニスタンとイラクにおける安定化作戦を遂行することに忙殺されたことも、技術的優位の低下に繋がったと著者から指摘されています(p. 52)。

精密誘導の技術が拡散することが避けられないのであれば、今後の国家間の戦略的相互作用にどのような影響を及ぼすと考えられるのでしょうか。著者の見解によれば、精密誘導打撃は戦略の立場で考えて、強制(coercion)の手段となる可能性が高いとされており、限定的な政治的目標を達成する際に使用されると予想しています。

「このような世界では、トーマス・シェリングが「痛めつける力(power to hurt)」と呼んだ能力、すなわち、譲歩せざるを得なくさせるために、敵に懲罰を与える能力を持つことが、ますます勝利の理論として一般的になっていくだろう。このような戦略的相互作用がもたらす可能性がある帰結の一つは、双方が精密打撃武器を使用して、敵の経済的、産業的インフラを危険に晒すようにして遂行される紛争である」

Ibid. 53.

著者が提示する将来戦の様相は、過去のRMAで想定されたものとまったく異なります。特に、敵国の人口密集地を対象とした攻撃に使用される可能性は、2022年以降のウクライナ侵攻で現実のものとなりました。ロシア軍は非軍事的目標に対して精密誘導弾を使用し、多数の民間人がミサイル打撃で犠牲になっています。ロシア軍の事例を過度に一般化することは避けるべきですが、今後の防空態勢のあり方を考える場合に、このような損害が生じる可能性は考慮せざるを得ないと思います。

見出し画像:Photo By: Mark Wright

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