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論文紹介 米国は技術力で21世紀の戦いを制することができると勘違いしていた

2001年の同時多発テロ事件以降、米軍は国際テロリズムを撲滅するための作戦を世界規模で実施してきました。しかし、それらの作戦は必ずしも期待通りの成果を上げているとは言い難く、20年にわたる消耗戦を強いられてきました。

米国は2001年10月にアフガニスタンに侵攻して以来、タリバンとの戦いを20年にわたって続けてきましたが、その勢力を撃滅することができませんでした。2021年8月にタリバンがアフガニスタンの首都カブールを占領したことは、米国の戦略計画に重大な間違いがあったことを露呈しました。

2010年に米国の研究者ビドル(Stephen Biddle)は『現代世界における戦略』に収録された「イラク、アフガニスタン、米国の軍事トランスフォーメーション(Iraq, Afghanistan, and American Military Transformation)」の中で、米国の戦略計画が破綻した一因は自国の装備の技術的優位に対する過信があったと指摘しており、より根本的には戦争に対する理解が不正確であったと論じています。

Biddle, Stephen. 2010. "Iraq, Afghanistan, and American Military Transformation," John Baylis, James J. Wirtz, Colin S. Gray, eds. Strategy in the Contemporary World, Third Edition. Oxford: Oxford University Press, pp. 266-287.

2000年代の戦略論争で注目された情報技術の革新

はじめに著者は2000年代の米国で交わされていた戦略論争の大部分が情報革命の影響で戦争の性質が抜本的な変化が生じると想定していたことを指摘しています。そもそも情報革命(情報技術革命、情報通信革命とも)とは、コンピューター・ネットワーク技術の発達によって情報の伝達や処理が以前よりもはるかに簡便なものになり、その結果として社会経済活動にさまざまな変革が生じることをいいます。

米国では国防の分野で情報革命の影響により大規模な通常戦力を運用する必要性が低下すると予測する専門家が少なくありませんでした。最新鋭の情報技術を応用した精密誘導弾の研究開発を進めれば、わずかな火力であっても敵の部隊に決定的な打撃を与えることが可能になると真剣に議論されており、これが2010年代に軍事トランスフォーメーション(military transformation)として盛んに宣伝されたと著者は総括しています。

確かに情報技術は精密誘導技術の開発に欠かせない要素になっており、軍事技術の領域でも成果を出しました。ただ、技術的優位の重要性ばかりが強調されたために、米軍の兵力の規模をいかに確保するかという根本的な問題が軽視された可能性があると著者は批判しています。

「〔軍事トランスフォーメーションに関する〕これらの提案は、これまでにも批判を受けてきた。批判派の論者は、このトランスフォーメーションに関する議論が、対反乱作戦(COIN)あるいは治安作戦(SASO)のように、独特な意味で労働集約的、かつ低水準の技術を用いる任務遂行の必要性があることを見過ごしていると長期にわたって論じてきた」(Biddle 2010: 267)

著者は軍事トランスフォーメーションに対する批判が結果として正しかったことを主張するために、アフガニスタン、イラクの戦いで精密誘導兵器、あるいはネットワーク化された武器体系がどのような成果を出したのかを具体的な事例に沿って検討しています。

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