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論文紹介 敵国の発電所を攻撃することは戦略的に有利といえるのか?

ウクライナにロシアが侵攻し始めたとき、発電所に対してロシア軍が攻撃を加えたことが注目を集めました。軍事学の研究者、特に航空戦略の研究者は、都市インフラに対する攻撃の有効性、特に発電所を攻撃することの是非について議論を重ねています。

航空作戦で戦力運用を考える場合、軍人は必ずターゲティング(targeting)を行ってから攻撃を実行します。ターゲティングとは、指揮官が任務を完遂する上で攻撃を加えるべき部隊、装備、施設などを選定し、攻撃した場合に見込まれる戦果に応じて戦力を合理的に配分することをいいます。

目標の重要性(criticality)、接近の容易さ(accessibility)、復旧の容易さ(recuperability)、攻撃に対する脆弱性(vulnerability)、そして攻撃から得られる効果(effect)、そして特定の容易さ(recognizability)の6つの側面から航空攻撃を加える利害や得失を判定することがターゲティングの基本ですが、発電所も絶えずターゲティングの対象とされてきました。

必然的に敵国の電力供給を阻害することができることは確かですが、それが軍事行動としてどれほど有利なのかは不明確です。

Kuehl, D. T. (1995). Airpower vs. electricity: Electric power as a target for strategic air operations. The Journal of Strategic Studies, 18(1), 237-266. https://doi.org/10.1080/01402399508437585

第一次世界大戦(1914~1918)は初めて本格的な航空作戦が実施された戦争であり、その当初からイギリス軍によるドイツの発電所に対する航空攻撃が試みられました。しかし、当時の技術では爆撃の精度に限界があったこと、攻撃目標に関する詳細な情報を得ることが難しかったことから、実質的な戦果はほとんどありませんでした。しかし、敵国の電力システムを破壊することができれば、戦争遂行に必要な軍事的能力、経済的能力を低下させ、政治的な決意をも揺るがせることができるという考え方は戦後にも受け継がれ、戦略爆撃(strategic bombing)の構想に取り入れられました。

1935年、アメリカのアラバマ州にあった航空隊戦術学校(Air Corps Tactical School)で始まったターゲティングの研究では、この構想を具体化するための基礎的研究として、発電所に対する戦略爆撃の妥当性が詳細に検討されており、ニューヨーク市を中心とする北東部地域の発電能力を75%低下させるために必要な爆弾の弾数はわずか100発だと見積りました(Kuehl 1995:  238)。この研究成果はアメリカ軍の航空戦争計画文書(Air War Plan Document)の根拠として取り入れられただけでなく、ドイツとの戦争計画の内容にも影響を及ぼしました。

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