国際秩序の安定性は、その制度的な特徴によって左右される『アフター・ヴィクトリー』の紹介
国際政治とは、既存の国際秩序において自国が享受する利益や地位に満足し、現状を維持しようとする国々と、既存の国際秩序に不満を持ち、現状を変更しようとする国々との間の対立と妥協として展開されています。したがって、国際政治を安定化させる上で重要な課題は、可能な限り多くの国々が満足できるような国際秩序を構築し、それを適切に管理することです。
アイケンベリーの著作『アフター・ヴィクトリー(After Victory: Institutions, Strategic Restraints and the Rebuilding of the Order after Major Wars)』は、この国際政治の安定化のために、どのような方法で国際秩序を構築すべきかを検討したものです。
G・ジョン・アイケンベリー『アフター・ ヴィクトリー』鈴木康雄訳、NTT出版、2004年
著者は、大規模戦争が終結し、戦勝国が敗戦国に対して優越した地位を確立した後に、どのような国際秩序を採用するかによって、その後の国際政治の安定性が規定されると主張しています。著者は戦勝国が採用できる国際秩序を、その制度的な特徴から勢力均衡型秩序、覇権型秩序、そして立憲型秩序の3種類に類型化しています。勢力均衡型秩序の特徴は、国家間に何の階層的、固定的、制度的な関係も設定されていないことです。したがって、すべての国家は生存を保証されていません。自国の安全を確保する上で頼りになるのは自らの能力だけであり、もし自国では手に負えない大国が出現した場合は、同盟を形成することで対抗し、抑止を図る他に手がありません。
覇権型秩序の特徴は、すべての国家を支配する側と支配される側に区分し、階層的な構造を持ち込むことです。支配する国家は、支配される国家に生存を保証しますが、その代わりに服従することを要求します。これは歴史上、帝国という形態で数多く見られた国際秩序であり、強大国が実質的な力を独占しており、周辺の弱小国は従属的な単位となります。ただし、覇権型秩序を維持するためには、覇権を握っている大国が、その裏付けとなる能力の上での優越を維持し続けなければなりません。能力が衰退することがあれば、覇権型秩序も衰退し、いずれ弱小国を従属させることができなくなります。
著者が本書で最も関心を寄せているのは立憲型秩序です。この国際秩序の特徴は、圧倒的な能力を持つ国家であったとしても、それを行使する自由に進んで制限を課すことです。一般に大規模戦争の戦勝国は能力の面で敗戦国に対して優越しているので、このような拘束的制度を取り入れることは自国の利益に反するように思われます。しかし、戦勝国ばかりが得をする国際秩序を敗戦国に押し付ける場合、敗戦国はそれを受け入れたとしても、常にその履行から逃れようとするでしょう。したがって、そのような国際秩序は戦勝国にとって維持するために大きな費用を伴うものであるといえます。それよりも敗戦国にとっても利点が見出せるような国際秩序を導入しておいた方が、国際秩序に対する不満を軽減し、協力的な態度をとらせることに寄与します。
著者は、立憲型秩序が優れているのは、戦勝国が戦後の国際秩序を維持する費用を軽減することによって、より長期的に自国の能力を温存することができるようになることであると述べています。「実質的な短期利益を求めてパワーを行使すれば、利益の獲得は確実である。この利益は、直ちに+効果を持つという点で魅力的だ。これに対し、長期的な制度的合意が実現すれば、その合意は「パワーの温存」を保証するすばらしい取り決めとなる。それは、将来にわたって合意を固定化し、主導国の「パワーの立場」が衰えたあとでさえ、大きな恩恵が継続的にもたらされる」と著者は述べています(邦訳、63頁)。つまり、立憲型秩序は、敗戦国の安全を確保した上で、敗戦国が戦勝国と共通の利益を見出せるように政策を誘導する効果があると考えられています。
ただし、著者は非民主主義国は立憲型秩序を存続させる上で必要な政治的透明性が欠けており、突如として対外政策を急変させるリスクがあると指摘しています。民主主義国では政策過程に参加する関係者の権力が分立しています。したがって、ある政策が形成され、決定されるまでの間に、数多くの人々と交渉し、合意に達しなければなりません。また、民主主義国の指導者は競争的選挙で多数の有権者を動員できなければならず、その際に平均的な有権者の立場を重視せざるを得ないために、その立場に反する政策を支持することを避けようとします。このメカニズムも立憲型秩序の存続にとって有利に働きます。
立憲型秩序の安定性を実証するため、著者はナポレオン戦争が終結した1815年、第一次世界大戦が終結した1919年、第二次世界大戦が終結した1945年の国際秩序形成の事例を比較しています。1989年の冷戦の終結も事例として取り上げられています。一連の分析内容に関しては詳述しませんが、読みながら覇権型秩序と立憲型秩序という類型の立て方に恣意性を持たせているのではないかと思われる箇所がありました。覇権型秩序には、強大国、戦勝国が弱小国、敗戦国を抑圧することによって国際秩序を管理しなければならない性質があると著者は述べていますが、覇権国家の能力行使の程度にはかなりのばらつきがあり、その秩序の内容にも立憲型秩序と区別することが難しいように思われます。
それでも、本書が国際秩序の形成と崩壊を考える上で、どのような制度が必要となるのかを考える上で、有意義な考察を示した研究であることに変わりありません。国際秩序が不安定化している今日の世界において、この方面の研究を発展させることは喫緊の課題になっているように思われます。
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