民主化の動きを阻む「ブラックナイト」の問題を指摘した『競争的権威主義』の文献紹介
2000年代から2010年代にかけて多くの研究者が注目していた事象の一つとして、世界的な民主化の停滞や逆行があります。1990年代の世界情勢では、ソ連の解体で旧共産圏に属していた国々や、途上国の民主化の動きが活発となった時期には、民主主義が広範に普及することが期待されていました。しかし、その勢いは次第に減速していき、2020年代に入った今でも権威主義が各国で維持されています。
スティーヴン・レヴィツキーとルカン・ウェイはこの事象にいち早く注目した研究者であり、『競争的権威主義:冷戦後の混合体制(Conpetitive Authoritarianism: Hybrid Regimes after the Cold War)』(2010)で各国の民主化の成否はそれぞれの国内情勢だけで決まるものではなく、国際情勢によって大いに左右されると論じました。そこでは他国の民主化を妨げ、それに逆行する動きを外部から支援する勢力としてブラックナイト(black knight)が重要な役割を果たしていると論じています。
民主化の圧力を説明する上で国際的要因が重要であることは、以前からアメリカの政治学者ハンチントンによって説明されています。ハンチントンによれば、ある国で発生した民主化は、静かな水面の上に石を落とした際に広がる波紋のように遠くに広がる性質があると説明されています。しかし、ハンチントンの研究成果では、一部の権威主義が民主化の波に晒され、部分的に民主化したにもかかわらず、既存の政治体制の特徴を維持することに成功する国家が現れる理由が説明できていませんでした。
レヴィツキーとウェイは、議会、政党、選挙といった民主的な要素を取り入れた権威主義を競争的権威主義と呼んでいます。彼らの定義によると、競争的権威主義は「公式な民主的制度が存在し、それが政権を獲得する主だった手段であると広く見なされているが、現職が国家権力を濫用していることによって、敵対勢力が著しく不利な立場に置かれている」体制であり、冷戦が終結してから発達した民主主義と権威主義の混合です。競争的権威主義の出現に関する要因は3種類に区分されており、第一に欧米諸国とのリンケージ(結合の強さ)、第二に治安機関の組織力、第三に欧米諸国のレバレッジ(支援の強さ)で構成されています。
彼らの理論によると、欧米諸国とのリンケージ(経済関係、政治関係、社会関係、情報通信関係)が強い国家は民主化が進行する可能性が高くなりますが、その国家の治安機関の組織力が強い場合には民主化が阻止されやすくなります。多くの場合、この二つの要因で説明がつくようですが、欧米諸国とのリンケージが弱い上に、治安機関の組織力も弱い場合、その国家の情勢推移を予測することは難しくなります。ここで第三の要因であるレバレッジを評価する必要性が出てきます。
著者らの定義では、レバレッジは民主化の圧力に対する脆弱性を決める要因となりますが、その効果は必ずしも欧米諸国の民主化支援の強さだけで決まらないとされています。なぜなら、対象国の規模が相対的に大きく、また天然資源などの安定的な財源に恵まれており、あるいは民主化を阻止することを目的とした支援を行う外部勢力、ブラックナイトが存在している場合、欧米諸国のレバレッジの効果が減退すると考えられているためです。著者らは冷戦終結以降にブラックナイトの役割を演じた国家として、ロシア、フランスなどの事例を挙げています。
ロシアは、ソ連解体以降も旧ソ連時代の勢力圏を維持しようと試み、アルメニア、ベラルーシ、ウクライナでの民主化に対抗するためブラックナイトとして関与を強めてきました。ただ、ブラックナイトは必ずしも権威主義国とは限りません。フランスもかつての植民地だったカメルーン、ガボン、コートジボワールの権威主義体制を支援するなど、ブラックナイトとしての役割を演じています。著者らはブラックナイトの外交的、財政的、軍事的支援だけが競争的権威主義の安定化の要因だと述べているわけではなく、それ以外にも国土の大きさや、安全保障上の重要性、天然資源の有無なども競争的権威主義の強化に関係し、民主化を阻む可能性が高いと著者らは予測しています。
比較政治学と国際政治学の両方の領域で展開されている理論を統合する上で有意義な成果であり、すでに数多くの研究で参照されていますが、その理論には課題もあります。著者らが認めている通り、民主主義国がブラックナイトとなって、権威主義国の体制転換を妨げる場合があるならば、各国の対外政策の選択によって欧米諸国とのリンケージが必ずしも民主化を促進するとは限らないはずです。また、この記事では詳しく取り上げることができませんでしたが、著者らは民主化の成否を左右する要因として治安機関の組織力を評価しようとしています。しかし、どのような要素を見れば治安機関の能力に関して妥当な評価が可能になるのかは明らかではなく、さらに検討を重ねる必要があるでしょう。
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