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論文紹介 米中対立が必ず武力紛争を引き起こすとは限らない

アメリカの政治学者シュウェラーは、リアリズムの理論に国内政治の影響を取り入れる新古典的リアリズム(neoclassical realism)の研究者です。

彼は米中関係の先行きを予測する場合、両国の対外政策だけを考慮するのでは不十分であり、両国の国内状況、特にナショナリズムの影響を考慮に入れる必要があると論じています。その分析によれば、米中対立が武力紛争を引き起こす可能性は低いと判断されます。

Schweller, R. (2018). Opposite but compatible nationalisms: a neoclassical realist approach to the future of US–China relations. The Chinese Journal of International Politics, 11(1), 23-48.

シュウェラーの見解によれば、アメリカと中国は将来的に武力紛争に突入する可能性は高くありません。なぜなら、中国の国内ではナショナリズムが強化され、積極的な対外政策を採用することが容易になっているのに対して、アメリカの国内では積極的な対外政策を採用することが難しい状況が出てきているためです。つまり米中対立の展開としては、緩やかな形でアメリカの一極構造からアメリカと中国の二極構造へと移行する可能性が高いと予測されています。

シュウェラーが依拠する新古典的リアリズムという理論では、ナショナリズムが対外政策を決める要因と位置づけられています。大前提として、リアリズムは国際政治で国家が主権と独立を維持するためには、相手に自国の主張を認めさせるだけの能力が必要であり、場合によっては戦争を遂行できなければならないと想定します。しかし、戦争は莫大な経費を擁する一大事業です。国民が一致団結し、政府に支持を与え、軍隊に協力する姿勢を示さなければ、近代的な戦争を遂行することは困難です。

もともとナショナリズムは国内で集団行動をとるために編み出された政治イデオロギーとして生まれ、18世紀末に多種多様な属性を持つ人々を国民という集団にまとめ上げるアイデンティティを作り出しました。ナショナリズムが高まれば、国境に沿って人々が内集団としての国民と外集団としての外国を区別するようになり、敵意を外に向けやすくなるだけでなく、政府の呼びかけに応じて戦時動員に協力させることも容易になると研究者は考えています。これらは国際政治における国家の能力を高める効果があります。

現在の中国では汚職の蔓延、若年層の失業、政治改革の停滞などさまざまな課題がありますが、このような課題から国民の目を背けさせるために、国外に想像上の敵を作り出すことが政治的な手法としてナショナリズムの高揚が組織的に行われています。また、拡張主義的な対外政策の推進に何らかの利権を持つ軍部や財界もこれに呼応して国内における政治的な影響力を伸ばします。2008年に世界規模の金融危機を引き起こしたリーマン・ショックを好機と捉えた中国のエリートは、アメリカの覇権に挑戦することを公然と主張するようになり、それまでの協調的な対米政策を一変させました。シュウェラーはかつて中国社会で強硬なナショナリズムを主張していたのは若者や軍部など一部の層に限定されていたが、今や経済成長を遂げて自信をつけた実業家、研究者、政治家の間でもナショナリズムが高まっていると見ています。

一方、アメリカのナショナリズムの形態はますます内向きになり、弱体化しています。もともとアメリカは安全保障の観点から見て理想的な地理的環境にあり、周囲に軍事的な脅威となる隣国が存在していません。現在、アメリカが脅威としている勢力は、いずれも海を越えた別の大陸に存在しており、多くのアメリカ人にとって実感を伴う脅威ではありません。つまり、アメリカ国民が世界各地に軍隊を派遣する必要に疑問を感じることは特に不思議なことではなく、むしろ自然とそのような考え方に陥る傾向があるとシュウェラーは指摘しています。

ソ連が崩壊した直後は「リベラルな国際秩序」を目指すために、数々の修正主義的な対外政策を実施していましたが、2016年に行われた世論調査では、アメリカ人の57%が自国の問題に専念するように政府に求めており、他国の問題に関わるべきではないと考えていることが明らかされています。アメリカのナショナリズムは中国に比べてはるかに内向きになっており、今のところアメリカは世界情勢に対する関与を続け、覇権を維持しようとしていますが、軍事作戦で無人航空機を多用するようになり、また対外政策においける経済制裁への依存を深めています。つまり、国外において大規模な軍事作戦を遂行することを避けるようになっていると言えます。同盟国が自国の防衛により重い責任を引き受けるように求める動きは、このような観点から理解することができます。

以上の分析から、シュウェラーはアメリカがますます勢力を後退させ、その真空地帯を埋めるように中国が勢力を前進させると予測しています。中国はアメリカに変わって全世界的な覇権を握ることには関心がないと思われていますが、東アジアの地域覇権を握るところまでは進み、アメリカは最終的にそれを受け入れると考えられます。これからのアメリカの対外政策はオフショア・バランシングを基本とするものになり、ヨーロッパ、東アジア、中東の同盟国との関係を保ちつつ、地域の勢力均衡の安定性を保つ最小限度の介入のみを行うようになると考えられます。そのため、同盟国それぞれの防衛負担は増加するはずです。

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