見出し画像

米国は今後も超大国であり、それを戦略としても追求すべきであるという説

アメリカでは以前から採るべき戦略をめぐって研究者の間で論争があります。特に大きな争点となっているのは、今後もアメリカが世界の超大国として国際秩序の維持発展に積極的に貢献すべきなのか、それともアメリカの国力の消耗を避けるため、国際社会への関与をより限定したものにすべきなのかという点です。

研究者のブルックスとウォルフォースは前者の立場を支持しており、その根拠を『世界のアメリカ:21世紀におけるアメリカのグローバルな役割(America Abroad: The United States' Global Role in the 21st Century)』(2016)で説明しています。

Brooks, S. G., & Wohlforth, W. C. (2016). America abroad: The United States' global role in the 21st century. Oxford University Press.

画像1

著者らの論旨は、アメリカに超大国として行動するだけの国力が十分にあり、積極関与(deep engagement)の大戦略を採択することが最も合理的であるというものです。これはアメリカの国力を保全するため、国際社会への関与を最小限にとどめるべきとする研究者らに反対する議論でもあります。

第3章で著者らはアメリカが超大国として行動することができなくなっているという議論を体系的に検証し、その妥当性を否定しています。超大国であるためには、国際社会で極となれるだけの国力を持っていなければならず、それは軍事力、技術力、経済力を組み合わせた総合的能力として捉えることができます。近年、中国は国力を大幅に向上させていますが、著者らは中国がアメリカと競合できるほどの国力を持つには至っていないことを実証的に明らかにしています(論文紹介 まだ中国は米国と互角に争える超大国ではないとの研究報告を参照)。

中国は確かに軍事力を拡張しつつありますが、その能力が及ぶ範囲は地理的に限られており、アメリカのように遠隔地にまで勢力を拡大することは不可能です。無論、その能力が長期的に拡大を続けた場合はアメリカに挑戦する可能性も考慮しなければなりませんが、現状を踏まえればアメリカは十分に中国に対抗することができると考えられています。

それでは、アメリカはどのような戦略を選択すべきなのでしょうか。著者は、アメリカに与えられた選択肢を積極関与、勢力後退(retrenchment)、そして拡大された積極関与(deep engagement plus)に区分して検討しています。積極関与の目的は、「安全保障、経済的繁栄、重大な世界的課題での協力で、世界の最重要地域の状況をアメリカの国益に資する仕方で形成することにある」です(p. 73)。勢力後退は「積極関与からの撤退」であり、拡大された積極関与は通常の積極関与に新たな任務を追加し、その活動を拡大していく戦略です(p. 74)。著者らは第6章で実証的な研究を参照しながら、積極関与がアメリカの戦略として最も適切な戦略であることを説明しています。

例えば、積極関与を実施する場合は、ヨーロッパや東アジアなどの重要地域で同盟関係を構築し、それを維持しなければなりませんが、それは紛争の発生を抑制する効果があることが分かっています。特に核保有国と締結された防衛を目的とする戦争には高い抑止効果があることが明らかにされています(p. 104)。ただし、この同盟関係が抑止のために機能するためには、現地に部隊を配備し、局地的な軍事バランスに影響を及ぼすことができる状態でなければならないことも分かっています。もし勢力後退を選択した場合、海外のアメリカ軍の部隊を駐留させることを止めることを意味するため、抑止効果が大幅に低下する恐れがあります(p. 104)。

著者らは、アメリカが積極関与で単に安全保障上のリスクを最小限にとどめることができるだけでなく、国際秩序を維持することで経済的利益が得られることも指摘しています。例えば、国際金融システムの安定化を図るために設立された国際通貨基金には(2016年時点で)188カ国が加盟していますが、その意思決定はアメリカとその同盟国によって主導されています。国際通基基金では一国一票ではなく、加盟国に割り当てられた出資額に応じて変化する仕組みであり、またアメリカと同盟関係にある日本、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアなどに働きかけることで、国際通貨基金の融資提供を左右することが可能です(p. 177)。著者らは、日本、ドイツ、フランスに関してはアメリカと経済的利益が必ずしも一致するわけではないことも指摘しています。

中国が急速に台頭しているとしても、アメリカが直ちに戦略的優位を失うわけではないこと、アメリカ軍を世界各地から後退させることは軍事的、経済的な不利益が大きいことを説得力をもって論じています。ただし、問題点もあります。

例えば、著者らが支持している戦略はアメリカが引き続き軍事的、技術的、経済的優位を維持していれば、中国はアメリカに挑戦するはずがないという合理的選択理論を前提としています。これは必ずしも自明とは言えない前提であり、中国は台湾問題のような国家の統一を脅かす問題に関してはアメリカと戦うことも覚悟していることを十分に考慮しているとは言えないでしょう(論文紹介 中国は米国と軍事力で互角でなくても開戦するかもしれないを参照)。

ただ、著者らの結論に同意できなかったとしても、これは優れた大戦略の分析であることは確かです。研究の手法や着眼点など多くの点で参考になる文献だと思います。

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。