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ミロコマチコ展「いきものたちはわたしのかがみ」で「わたしのかがみ」を探す

※この記事はミロコマチコ「いきものたちはわたしのかがみ」展について書いたものですが、ふだん大学のレポートでアートに関して「客観的に」「自分の意見を書かずに」と言われ続けてちょっとうんざりしているので、noteでは思いっきり「すごく主観的に」「自分の意見たっぷり」のエッセイとしてお届けします。とりあえず情報だけ知りたい方はミロコマチコ展「いきものたちはわたしのかがみ」の段落にスキップしてください。

いきものが苦手

わたしはいきものが苦手だ。今まで人間以外のいきものを育てたことがない。

そんなことを言ってしまうと、冷たい人と言われそうなので、今までひた隠しにして生きてきた。独身の時はそれでもよかったが結婚して子供が生まれたらなんとなく家族連れで動物園にいくのが当たり前という感じになってくる。でもまあ子どもがよろこぶならと、何度かは行ってみた。それなりに楽しかったけども、やっぱり動物がすごく好きというわけではないので、「子どもといっしょに動物園にいく」という状況をできるだけ避けるようにしていた。ある日、意を決して「じつはわたし、動物園苦手やねん」と夫にカミングアウトしたら、「じつはオレも」ということになり、あれからわが家は家族で動物園に行っていない。

さいわい、自宅からわりと近くに動物園があり、(わたしは行かないけれども)子どもたちは保育園や小学校の行事で何かにつけて行っているようだから、教育的にはもうこれで十分だろうと思った。

そんなわたしだから、ミロコマチコ展の「いきものたちはわたしのかがみ」という展覧会タイトルには最初あまりそそられなかった。

だけど、この山車のような屋台のような車輪のついた立体絵本に惹かれて、展示を見に行こうと思った。わたしは箱型や家形の物体に車輪がついている形態のものが、異常なほど好きなのだ。

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そういう理由であまり期待せずに展示を見に行ってみたら、もう、とんでもなくよかった。よすぎて結局二回も見に行ってしまった。いきもの興味なかったんちゃうんかい! クエ〜っ!

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ミロコマチコ展「いきものたちはわたしのかがみ」

絵本作家で画家のミロコマチコによる展覧会が、「神戸ゆかりの美術館」で開催中だ。

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ミロコマチコ展「いきものたちはわたしのかがみ」神戸ゆかりの美術館 2021年12月2日(土)〜12月19日(日)

ミロコマチコ:1981年大阪府生まれ。生きものの姿を伸びやかに描き、国内外で個展を開催。絵本『オオカミがとぶひ』(2012年、イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞。『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で第45回講談社出版文化賞絵本賞、『ぼくのふとんは うみでできている』(あかね書房)で第63回小学館児童出版文化賞をそれぞれ受賞。本やCDジャケット、ポスターなどの装画も手がける。2016年春より『コレナンデ商会』(NHK Eテレ)のアートワークを手がけている。http://www.mirocomachiko.com

屋台の絵本

わたしが最初にひかれた、山車(屋台絵本)は、《あっちの耳、こっちの耳》(2016年)という立体作品群だ。

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近年、クマやカモシカなど山に住む野生動物が、餌を求めて街に現れるようになった。人間たちからの取材とミロコマチコによる創作により、山と街 /獣と人という二つの世界を繋ぐ物語が立体絵本に展開される。

たとえばこれは、橋の下にいたコウモリと人間の出会いの場面を表現した絵本。コウモリと人間、両者の立場からの物語が展開されている。

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人間:(略)「緒絶川には橋がかかっていて、その下にびっしりと逆さまになったコウモリがぶら下がっていたんだ。コウモリたちの寝床だったんだよね」普段はうなぎ捕りに夢中の子どもたちも、釣れない時は飽きてしまう。「コウモリって小刻みに震えているの。気持ち悪いなぁと思いながらも子供だからね。ついつい気になってしまうわけ。気づいたら触ってしまったことがあったんだ。ビロードみたいな感触で冷たくてね。思わず『うわぁ〜』って大きな声を出してしまったよ。驚いたコウモリが何匹か飛んでいったっけな」昼間に飛んだコウモリはゆらゆらと弱々しく見えた。 ミロコマチコ《あっちの耳、こっちの耳》(2016年)

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コウモリ:(略)よく聞いてみると、(橋の下のコウモリたちが)みんな文句を言い合って仲が悪そうだ。みんながブルブルと震えながら自分の場所を守っている。こんな所じゃ、ちっとも眠ることができそうもない。ぼくは友達を探すことも諦めて橋の下を出ることにした。と、飛んだ瞬間、生暖かいヌルっとしたものが触った。人間だ。びっくりして慌てて高く飛んだけど、すっかり太陽が昇っていて、眩しくてうまく飛べない。だけど、ぼくはもう一刻も早く森の洞窟へと帰りたかった。あの少し湿ったゆったりした場所でのんびり眠りたかった。ゆらゆらと弱々しく飛びながら、キレイな石を取ってこなかったことを後悔した。 ミロコマチコ《あっちの耳、こっちの耳》(2016年)

作品もさることながら、文章にぐいっと心を掴まれた。特にコウモリと人間の質感のところ。コウモリは「ビロードみたいな感触で冷たくてね」人間は「生暖かいヌルっとしたものが触った」。それぞれの質感と温度が対比的に描写されている。その生々しい文章にこころをじかに触られた気がした。そしてなぜか、子供のころの記憶や、いきものたちの触感までもが手のひらに蘇ってきたのだ。いきものが苦手なわたしは触ったことなどないはずなのに。これは一体どういうことだ?

「いきものたち」が、「わたしのかがみ」なわけ

その秘密を知りたくて、夢中になって絵を見て文を読んだ。立体絵本も、大きなライブペインティングも、インドの絵も、とにかく生きるパワーに溢れていた。

とある絵と目があった。蝶や蛾の羽の模様に、人の目や鼻が浮かび上がっている作品だ。傍のキャプションを読む。

夜に明かりをつけて制作していると、たくさんの虫が窓に張り付いてくる。お腹の様子を観察していると、その奥に私がうつりこんでいた。「お前はいきものか?」と虫に問われる。同じ窓にうつる姿をみて、まざまざと突き付けられたような気がした。虫と同じように、私もいきものでありたい。 ミロコマチコ『いきものたちはわたしのかがみ』より

作家のある夜の体験、それが展覧会のタイトルの由来だった。「いきものたちはわたしのかがみ」とはそういう意味だったのか。

絵を描くことは出すことのようで入れているという感覚がある。いきものたちを描くことで、わたしはそのものたちと同じように生きているんだということを取り入れている。 ミロコマチコ展『いきものたちはわたしのかがみ』《光をはさんで見えるもの》(2018年)

そう、創作とは、出すことのようで入れているということだ。わたしにとっては服をつくることがそうだ。そして彼女にとってのかがみはいきもの。ではわたしのかがみはなんだろう。

あらゆるものが通っている気配

2019年6月、ミロコマチコは奄美大島に移住した。島のほとんどが山で、人間は海と山の間でちいさく暮らすこの土地で、彼女は見えないものの気配を感じるようになったという。

私の住む町は龍が通ると言われている。そして島の人たちには実際に見えている。そう思って感じ取ろうとすると、龍だけでなくあらゆるものが通っている気配がする。その日その時間でコロコロ違うものが蠢いている。 ミロコマチコ『いきものたちはわたしのかがみ』より 

わかる。わたしは山に囲まれた田舎で育ったのでその感覚がわかる。山では何かが蠢いていたり、何かが通ることがある。『となりのトトロ』で猫バスが通ったあとに田んぼの上を突風が吹く。あんなふうに、見えない何かがわたしたちのすぐそばを通っていくことが、たしかにあるのだ。

山の中へ

立体オブジェの中を歩ける楽しい作品があった。いきものの体の中をわたしたちが通り抜けていける。「霧の腸山たち」から入って、「血液の群れ」や「筋肉の岩」をながめ、「胃湖」や「肺山脈」を越え、口から出ていく。

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いきものの体を通っているのに、私はまるで山道を歩いているような気分になった。子どものころ、森のなかを歩いた記憶が蘇ってきた。獣のカラダの中を歩いていたはずなのに。

そうか、とその時わたしはわかった。獣もわたしも森も木々もいきものであること。そして、わたしにとってのかがみは、森や木々であるかもしれない。そして服をつくること。

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服をつかった作品

作品を描いているときに着ていた服をつかった、コラージュ作品があった。

コラージュされた材料は、絵を描くときに纏っていた服だったり、絵の下にしいていた布だったりする。描いているとき、とても勇気があり、静かに心が高鳴っている。その時を共に過ごしたモノたちにも、そんな気持ちが宿っているような気がする。それらを取り入れたいと思って制作した。 ミロコマチコ展『いきものたちはわたしのかがみ』《蘇鉄の子》2018年

オレンジ色のまあるい光の玉が、白い服の翼で飛んでいくような作品だった。わたしはその服をつくったひとに嫉妬した。

こころが高鳴るそのときをいっしょに過ごす服

勇気が湧いて、こころが高鳴るそのときをいっしょに過ごす服。わたしはきっと、誰かのそのときの服を、むしょうにつくりたいのだと思った。


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produce : @nanoedition
photo : @raitakuwahara
hair&makeup : @eim_hairmake
dress : @takechihiromi



●ミロコマチコ展「いきものたちはわたしのかがみ」神戸ゆかりの美術館 2021年12月2日(土)〜12月19日(日)

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