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(6) 新たな罠、新党設立。(2024.2改)

1月最後の金曜日となった29日、サザンクロス海運と航空の社長退任がホームページ上で発表された。記者会見も無かったのは両社が上場企業ではないからだ、と思われる。

2月1日付けの後任人事として、両社の社長は会長職にあった平泉里子が社長を兼務すると記載されていた。平泉新社長はPB Martの社長を退任するとも書かれていた。 

同じバンドのメンバーと同様に、息子の亮磨も政界入りか?と世間では言われて居た。
杜亮磨が新党を立ち上げると、政党のHPと投稿動画で表明した。
政党名を「共栄社会党 略称を共栄党」とし、代表者が「杜 亮磨」で、副代表が「杜 一成」と親子になっているので騒ぎとなった。
東京都都議会にはモリ議員の事務所から、所属政党の変更通知が届いたという。

共栄党は政党支援金や献金は一切受け取らず、モリ親子の音楽印税収入を政党の資金に充てて立ち上げるという。
衆参の国政選挙と、政令指定都市と県庁所在地以外の社会党が立候補しない市区町村の首長選挙と、県と市の議員を擁立する。候補者は公募せず、友党である社会党と共産党の候補経験のある者、もしくは両党から転籍者を擁立・推薦すると言う。
それ以外の政党経験者からの流入を、ブロックするためだ。

2月7日から毎週投開票される全国の市町村の長と議員に立候補している、「現職ではない共産党・社会党候補者」に対して「共栄党の推薦」が新たに付いた。明日30日から7日に投票が行われる西東京市、滋賀・東近江市、愛媛・今治市、福岡・富津市、熊本・宇城市、沖縄・浦添市の6市の市長選に応援で親子もしくはバンドメンバーの岐阜県副知事3名が、分担して駆けつけるという。

3月以降投票の共産党・社会党各候補者は、届け出の政党を全員が「共栄党」に変更した。
前代未聞の出来事で騒ぎになる。もう一つの騒ぎは「カネの視える化」だった。

「国や県、市町村の議員となった党員は、給与を政党に一旦預けて同額を給与として電子マネーで受け取り、議員は電子マネーで全ての支出を行なわねばならない。
ルールを守れなければ議員資格剥奪、議員辞職となる。収支報告書を政党が毎週作成して公表・公開するので、国民の皆様は常時監視可能となる」とすれば、慌てるのは既存政党だ。先ず、真似できないだろう。やれるモノならやってみろ、だ。

更に騒ぎとなったのが、同日更新された社会党のホームページの内容で、前田外相、越山厚労大臣、阪本総務大臣が社会党を離党した。
三大臣は連名で、無所属で4月の衆参補選に立候補すると表明した。大臣職は継続するが自社連立政権の方向性は消え去った。また、共栄党には参加しないと、注釈の様な記述が付けられていた。そのまま週末に突入したので、ネットは大騒ぎとなっていた。

翌30日、杜 亮磨は岐阜県副知事であり、公には隠している母親で ピアノ・ボーカル担当の夕夏と西東京市入りし、応援演説を行なった。
今週も全米のアルバムチャートで1位となったバンドのフロントマン2人の威力は凄かった。
亮磨が演説車の上でアコースティックギターを弾いて夕夏とハモれば、田無駅前は大混雑になるし、ひばりヶ丘の団地は交通規制が張られて騒動になった。
投稿動画のアクセス数は跳ね上がり、共栄党の推薦を受けた市長候補者の支持率はトップとなった。

AIに支えられた亮磨と夕夏の演説は 笑いを呼び、母子の詩声は聴衆の心に響いた。

政党を立ち上げて記者会見を開いていない理由は、応援演説で全国を移動し続けるので時間が割けない。
亮磨のコメントが欲しいマスコミは、2人を追いかける。
JR田無駅から京王線・飛田給駅へ移動した母子は調布飛行場に到着すると、取材陣に手を降って別れを告げる。2人が乗り込んだ30人乗りの中古のプロペラ機SAABb 340はグレーで塗装され、「DeepForest」と機体ボディの両サイドにドラえ〇んブルー色でペイントされていた。

マスコミはここで追跡を断念せざるを得ない。飛行場の展望デッキから、飛び立つグレーの機体を映像に収めるしかない。
調布飛行場の職員に次の目的地を尋ねると、愛知県西春日井にある県営名古屋空港だという。

SAABb 340はプロペラ機なので、離着陸に長い滑走路を必要としない。主要な空港を使わずに移動できるので、顔が知られている者にはトラブル回避となるが、追跡したいメディアには最悪だった。調布飛行場からスゴスゴと都心まで帰るのも手間が掛かる。

テレビ局は名古屋の系列局に連絡するが、名古屋国際空港ならまだしも、県営空港だと着陸までに辿り着けるか、極めて怪しい。
選挙日程を見て、移動スケジュールを仮想して取材に及ぶツワモノも登場するのだが、大抵は諦めるしかなかった。

翌31日に滋賀県・東近江市長選の応援に入った共栄党党首の隣には母の夕夏だけでなく、隣の岐阜からギターの由布子とベースの紗佳も加わり コーラス隊かゴスペル隊の様な見事なコーラスを披露して、集まった聴衆を大喜びさせていた。

突然現れた共栄党が 地方で暴れ出した。

***

「これじゃあ、フィリピンの選挙じゃねえか!」

投稿された共産党候補者の応援演説の動画を見て、現職の西東京市市長が騒いでいた。
フィリピンの選挙では演説の前に客寄せパンダ的な余興が行われる。コントや手品に比べて比較的多いのが、歌やバンド演奏だったりする。
現職の市長が可哀想だったのは、同じ日に異なる時間で行った自身の演説では 駅前も団地も閑散としていた現実を知らされた事だろう。

自滅党本部は全国各都道府県の自滅党支部に慌てて通達をするが、通達した所で対策は何も講じられておらず 意味をなさなかった。
そもそも、裏金疑惑・ゼネコン疑惑で与党の支持率は過去最低水準にある。政治に対する不信と言うよりも、与党への不信が勝手に積み上がっている中で、清廉潔白・明朗会計をキャッチコピーに掲げる政党が誕生した。
圧倒的に大きな組織が、ちょっとしたキッカケや小細工によって、簡単に形勢が崩れて逆転、敗退してしまうケースが稀にある。其れが今回、実現する可能性がある。
何度もコケて貰うために、傷口に芥子や山葵を塗り込んでやるのも重要だ。
勝手に躓いて、すっ転んでいる相手に対して 手を差し伸べる必要は、無い。
転ばぬ方法論はメディアと有権者に懇々と説明し、易々と実践して見せる。すると、勝手にポイントが増えていたり、倍増したりする。

共栄党陣営の想定したプランは、極めてイヤらしいモノだった。

ーーー

昨年11月8日に執行された連邦議会の総選挙では、与党・国民民主連盟(NLD)が前回・2015年の選挙を上回る、396議席を獲得した。改選議席476議席の内、8割以上をNLDが占め、圧勝となった。

ミャンマー軍と軍寄りの政党USDPは総選挙に不正があったとして抗議を行い、選挙の調査を求める声が軍の支持者から挙がる。クーデターを示唆する軍人の発言が飛び出すと、緊張が高まった。
選挙結果を尊重するよう、国際連合、アメリカ、EU等がミャンマー軍に呼び掛ける。
国際世論の後押しもあったからだろうか、政府と軍の間で事態打開に向けた話し合いが何度かもたれたのだが、沈静化には至らない。不正投票だと主張する軍と、公平な選挙だったとするNLDの主張は平行線を辿っていた。
票の再集計や、2月1日の議会開会の延期を軍が求めたが、政府NLD側は拒否する。

1月30日土曜日、軍が憲法遵守を口にした。
国際世論も、偽名でミャンマーに滞在中の3人組も、ホッと安堵した。しかし、議会開会前日の日曜31日になると、軍は前日の発言を撤回する。
総選挙で1050万件を超える不正があった可能性を再度主張し、総選挙後初の議会の明日1日の開催に反対を表明した。

****

31日の夕方の軍の声明により、ネピドー市内のヒ〇トンホテルにある米国大使館連絡事務所に緊張が走った。
しかし、彼らは準備を施すだけの十分な時間を得ていた。ミャンマーの民主化と軍政の失墜を恐れる中国とミャンマー軍の強硬派幹部との間の交信傍受に成功し、クーデター計画の詳細を把握していたのだ。

31日の夕刻、〇ルトンホテル内のレストランで開催していた「クロマグロと寒ブリ解体ショー」に合わせて、サザンクロス航空の輸送機が運んできた青森・大間のマグロと、富山・氷見の寒ブリの荷物の中に、小型の偵察用ドローンや特殊弾頭搭載のドローンが隠されていた。
妹(ユマ:由真)を従えて、マグロとブリを解体してゆく姉(シャロン:翔子)の見事な長包丁捌きに、ビルマ人たちは感歎の声を上げ、拍手を惜しまなかった。

柵上になったマグロとブリを、業物の鋭利な包丁で刺し身にしてゆくウズベキスタン人姉妹の包丁捌きが終わると、「Pizza&Sushi」の店員達が刺し身をキッコー〇ンの丸大豆醤油とSs&Bの良いグレードのワサビで客人達に振る舞う。一同が新鮮な刺し身に感動していると、寿司がテーブルに並べられてゆく。

1日に開催される議会に向けて集まった与党・国民民主連盟(NLD)396名の議員が舌鼓を打っていた。
ウィン・ミン大統領とアウンサンスーチー国家顧問は不参加で、ネピドーにあるそれぞれの自宅で滞在中であるのも大使館サイドは分かっていた。軍の軟禁対象のターゲットはこの2人なので、いたずらに自宅から動かない様に伝え、脱出ツールを事前に渡している。
396名の議員達はこのままホテル内で待機し、ホテル全体で籠城する計画だ。

隣国タイのアンダマン海沖合には、タイ海軍との演習に出向いている、米国海軍第7艦隊 第11水陸両用戦隊 佐世保港所属、強襲揚陸艦アメリカの甲板上では、米軍機では無いプルシアンブルー社製同社機のUAV B-117 x50機が、作戦開始に向けてスタンバっていた。

数日前の夜から無灯火の状態で、ミャンマー軍の総合司令所の上空をドローンが飛び、司令所を撮影。映像から司令所施設の攻撃箇所と制圧ポイントを分析していた。
マグロとブリの解体を終えた翔子と由真は着替えて、モリと大使館のビルマ人スタッフと共に「Pizza&Sushi」のワンボックスカーに搭乗する。
米国大使館員の宿舎に寿司の配達にやって来たのを装って、軍の検問所を越えた。

ワンボックスカーの2重底になっている後部に潜んでいた3人は米国人住宅の勝手口から事前に決めていたノック音で入り込む。この家の一室で今夜は仮眠を取る。

早朝、由真と翔子はこの家からドローンを飛ばし、ドローンでモリの周囲の状況を確認し無線で連絡する。
モリは夜明け前の夜陰に乗じて、現在地から1.7キロ先の軍の総合司令所を見下ろす狙撃ポイントまで移動する・・という流れだ。

解体ショー直前まで獣の様に絡み合っていた3人は、夏山登山用のシュラフに入り込むと 直に寝てしまった。

ーーー

滋賀で応援演説をして数曲ハモって拍手喝采を受けた4人組は、愛媛県今治市に移動してホテルに投宿、土地の料理を食べ、酒を飲んでいた。

「明日の活動に支障の無いように程々にしよう!」と宴を始めたものの、亮磨が「実はですね・・」と北朝鮮とミャンマーにおけるドラム担当者の犯罪行為と、今から始めるクーデター阻止の話を話し始めると、由布子が天を仰ぎ、夕夏が泣き出し、紗佳が泣き出した亮磨の母・夕夏のケアを始める。

「飲まずにいられっかよ!」
途中からベースとコントラバス奏者の紗佳の飲むペースが上がってゆく。

「で、何時からイッセイは局のエージェントになったのよ?」ギターとバイオリン担当の由布子が亮磨に絡む。亮磨、本人も事後報告を聞いただけだが・・3人の目を見て意を決した。このメンバーだからこそ、全て伝える必要があると考えた。

「エージェントと言うよりも、作戦立案者であり、首謀者です。米軍の支援を仰ぐ前提で計画したプランで、金日思と軍のトップを自分の手で射殺しました。ついでに、核施設とICBM発射施設も部分破壊しています」

「まるで映画じゃねえか!亮磨、随分と達観したような顔してんじゃん。それでいいと思ってんのか、おめえはよ!」紗佳が荒れ気味に絡んできた。

「それでも、イッセイさんの思惑通りに話が進んでいるのも事実です。北朝鮮の人達は一時的に体制の抑圧から開放されました。中国から食料品、日本から石油が届いて、この冬は越せそうだと聞きます。多国間会議が開催されたら、民主化に向けて動き出すかもしれません」

「確かにそうなのかもしれないんだけどさ、いま大事なのは結果じゃねえ。国際問題はどうでもいいんだよ。全く理解できねえのは、なんでイッセイがやらにゃならんのだ、って話だ。
民間人でしかないアイツのあの手、あんないい曲を書いて、もの凄えドラミングをするアイツの手が汚れちまったんだぞ。
亮磨、お前の父ちゃんなんだぞ、動物愛護団体の代表者みたいな奴が、突然人殺しになったんだぞ!
全然分からんし、割り切れねえよ、なんなんだよ、お前はどうしてそんな冷静なんだよ!」
隣で座っている紗佳が、自分の両腿に2つの拳を叩きつけて、下を向いた。・・泣いてるのか・・

「ええっとですね、イッセイさんはちゃんと自覚されています。射撃後に、少し問題を抱えていますが、初めて人を撃ったんですから、それも仕方がないのかもしれません。

・・イッセイさんは最後の最後まで悩んでいたそうです。ライフルのスコープの中に金正思を捉えて彼の顔の動きを数秒見ていたら、突然不遜な態度を警備の兵士に取ったんだそうです。時代劇で悪代官が町民をイビる様な表情をした、って言ってました。
その表情をしたのと同時に、拉致被害者の方の「殺して!」っていう手紙の一文が頭に浮かんで、無意識のうちに引き金を引いていたそうです。スコープの中の金正思の頭が吹き飛んだのを見届けると、ドローンが送ってくる映像を今度はワイドスコープで覗きました。崩れ落ちる金正思に駆け寄って来たのは小突かれた兵士で、軍のナンバーワンは護衛に抱きかかえられながらその場を去ろうとしていたのですが、彼はうっすらと笑みを浮かべていたそうです。

「ソイツはなんの躊躇いも無く冷徹に撃てた。でも、金正思を撃った後で物凄く後悔している自分が居る。間違いなく、生まれて初めて自分の意思で引き金を引いていない一発となった。
本来、ハンターは狙いを定めた対象に感情を抱くべきなんだ。例えば、母ジカの後ろに子鹿が居たら、ハンターは撃つのをやめなきゃいけない。
母子の命を纏めて奪ってしまう可能性が有るからだ。ところが、あの時は拉致被害者の感情を汲んでしまい、ハンターが持つべき射撃中止の咄嗟の判断を、完璧に捨て去ってしまっていた。
自分ではない何者かの判断、もしくは殺戮マシーンの感情の無い境地みたいなモノになり、あの引き金を引く一瞬を、何者かに委ねてしまった。
俺は人の命を冷酷に奪うだけの、もの凄くズルい奴だ。誇り高きハンターではなく、下衆なスナイパーだったんだ」ってね・・
・・それをね、凄く辛いはずなのに、事細かにね・・目に涙をいっぱい貯めながら話してくれましたよ・・イッセイさんは何も変わっていない。僕が大好きなイッセイさんのままなんだ、あぁ良かったってね、その時、そう思ったんですよ・・」
亮磨が俯き、体が震えている。テーブルに涙が落ちてゆく。
向かいに座っていた由布子が立ち上がって移動すると、泣いている亮磨を後ろから優しく抱きしめた。

(つづく)


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