見出し画像

(3) 令和版、富山の薬売り(2023.12改)

杜 蛍は価値基準と金銭感覚の違いを人生で初めて味わっていた。
場所は高輪台にあるブルネイ大使館で、第5王女と執事殿との面談中だった。

娘のあゆみが高校から富山へゆくと蛍が告げると「では一緒に」とのご返答に、一旦は頭を下げる。
そうは仰いますが、南国の姫君が日本の冬をお過ごしになるのは厳しいのでは?と丁重に申し上げると、姫君の夏季休暇はニュージーランドの別荘でスキー/スノボー三昧であらせられるので問題はない。また、日本のスキー場を踏破するご計画をお立てになられていると言う。

日本の地方の高校についてもお調べになられているようで、かなりご存知のご様子。地方には名門と言われる私学は少なく、富山では公立校の方が学力的に上回るとまで承知されていた。

しかし、当方には懸念がありまして、学内のセキュリティ面には至らぬ部分があるのです。そもそも犯罪が少なく、警備する必要のない地域なのですと申し上げると、執事の方が本国の王宮でも導入して、王様・王女様にも好評なプルシアンブルー製の警備用ドローン/バギーを導入すれば、完璧でしょうと言われる。蛍の外堀はあっけなくものの見事に埋められ、娘達の前で良いところを見せられなかった。
ワンサイドゲームはこれで終わりではなかった。

それでは恐縮なのですが、3月まで拙宅でご逗留頂き、高校受験に備えて頂けますでしょうかと、必殺技を取り出す。子供たちが使っている学習用のノートPC・英語圏版をお見せしようとすると、姫君が申し訳なさそうに仰る。横浜では雪が降らないし、スキー場がありませんよね? と。

では、中学校も数カ月だけとなりますが富山の公立校でも宜しいですか?とあゆみが英語でツッコミ、2人で嬉しそうに握手をし始めてしまった。

では2学期が終わるまで、拙宅にてお過ごし下さいと蛍が恭しく言うと、執事の方が今度は不動産物件がプリントされた用紙を何枚か出してきた。横浜山手の外国人が多く住む一等地の物件を幾つか見て、この中から選びたいと言うではないか。蛍は慌てた、どれも税込みで2桁億円になろうかと言う、庭付き洋館タイプの豪華な物件の数々だった。

ちょっと待って下さい、高々2ヶ月しか滞在しない土地に、賃貸ならまだしも家を購入する必要がありますか? と、蛍は畏れ多くも宣った。

「庶民め、仕方がない、教えてくれよう」とばかりに執事殿がニヤリと笑うと、横浜と富山を往復する生活を当方は想定しております。お嬢様達もそうされますよね?共に当家の車両で往復すれば宜しいのでは?また、不動産物件に関してですが、コロナで現在は外国人も本国に帰ってしまい、優良物件の空き家も多く、不動産価格も下がっていて、買い得だと執事の方が言う。

「殿下から、日本で殿方を探せとも命じられております。お子様方のどなたかが王女殿下を見初めていただくのが1番良いのだが、とも仰られました。そうなると、ご実家に近い場所で将来の新居となる物件が相応しいだろうと考えている次第です。間もなくコロナも終わりますし、不動産価格も直に上昇するでしょう。ですので購入するには今が最適なのです」
執事殿の発言で王女殿下は照れてしまい、下を見ている。

「兄弟間で血みどろの争い、確定」と、あゆみと彩乃は思っていたようだ。確かにそれはそれで問題なのだが、蛍にとっては今は其処ではなかった。

「あの、コロナが間もなく終わると仰っしゃいましたが・・」

「失礼致しました、私の失言です。ですが、殿下が横浜と富山の土地を買えと命ぜられたのは事実でございます」

執事のマートン氏とメイドのマイアさんが深々と頭を下げた。マートン氏の返答に何か「引っ掛かり」を感じていた。蛍の頭の中では、東南アジアで滞在していた夫のスケジュールを捜索すべしと決断していた。

元赤坂の大使館から、2台の車両に分かれて乗り込んだ。杏は妹のシセリア殿下と後続車の後部座席に乗り込む。共に日本の高級車で内装が凝っているのでグレードの高い車種だと理解する。援助費用なのか企業からの寄付なのか分からないが、大使館員の待遇が良いのは理解できた。

これから姉妹の居住する青山のマンションに移動して、夕食をご馳走になる。
資本を投じたB.brothers本店の前を通り過ぎた際、「午前中に姉と買い物して服を揃えました。素敵なお店ですね」と褒められ、杏は頭をかいていた。
「もう少し頑張っていれば倒産することもなかったのでしょうが、今となっては仕方がないですね・・」

「えっ?少し頑張れば、と言いますと?」

「全てお父さま達の会社のおかげです。
先日届けていただいた薬を、プノンペンにある王立病院のコロナの重症患者に投与したのです。投薬したと言っても未承認の薬ですので、勿論ご家族の了承を頂いた上で処方しています。投与した全員が僅か数日で熱が下がり、最悪だった状況から脱したのです。
現在は投薬後の経過観察をしておりますが、問題がなければ承認薬として一斉に全国の病院に納品されるでしょう。バンコクの王立病院、インドネシア・ジョグジャカルタ州立病院、クアラルンプール国立病院でも同じ結果が出ているそうです。本当に素晴らしい功績です、今年のノーベル賞は選定が済んでしまいましたが、来年は開発された方々が受賞されるでしょう」

目を輝かせながら手を握られて、何がなんだか分からずに杏は混乱していた。
マンションに到着すると、前のクルマから降りてきた母と「どうなってるのよ!」と2人でハモってしまう。お互い知らされていなかったのだ。

ーーーー

プルシアンブルー社のサミア社長は明日日曜販売開始する新型モバイルを発表し、ネット会見に臨んでいた。
自社OS「Hana」を搭載したスマートフォン「pb phone」とタブレット「pb book」の2種で、多数の自社製アプリを無料ダウンロードして利用できる。また、合わせて同社AI検索エンジン「pb.Sarch」を立ち上げたとも述べた。

サミア社長は主なマーケットをアジア圏と定め製品を開発、PC製品も来月投入すると述べた。
また、液晶と汎用部品以外の部品点数の76%は自社製部品を採用して、操作性と速度を高めた。Hana OSで可動する日本のゲーム会社の製品や自社製の無料ゲーム、動画再生・音楽再生等で確認してほしいと述べた。今後、部品は全て内製する計画を立てており、修理も同社で請け負える体制を維持する。10年以上長期で使い続けられるよう、修理を委託される度に最新の部品・ソフトウェアと交換する点と、同社AI検索エンジン「pb.Sarch」の搭載が各社との違いとなる。

「pb.Sarch」は同社AIで認識されたデータの数々となるため、偏った思想信条やエログロなどのデータを検索しても出てこない。逆説的な話となるが、他社の検索アプリや検索サイトを遮断しているので、幼児や子供用の端末としても安心して利用できる・・らしい。

また、米国会社と韓国製の売れ筋モバイルと販売価格を比べると、約7割程度に抑えられている。

製品保証に関してはPB Mart、PB Motersの各店舗へ持ち込み、もしくは専用私書箱宛に郵送し、故障内容を調べた上で修理費用を算出しメール、もしくは郵送で伝え了承されれば修理となると言う。
以上が録画された映像でしれっと発表された。

カナダに到着したモリ一行は誰も販売されるモバイルを持っていないし、北米ではそもそも購入すら出来ないと、皆で笑いあっていた。

「販売チャネルが限られているのがプルシアンブルーの弱点」と即座にネットに書き込まれるが、それも想定通りだった。そもそも生産数を抑えているので、爆発的に売れても困る。細く長く市場に流通すれば、それで良かった。

開発設計のコンセプトが家電同様に「長く使える製品」なので、既存のものとは大きく違う。モバイルの場合、部品の内製比率を異常に高くしたのもその為だ。自社部品で製造できるモバイル/ IT製品にすることで、自社内で全てクローズ出来る。

サミアが強調したのも、家電製品同様のコンセプト「ロングライフ」ばかりだった。自信があるのも当然で、モバイル業界の5年先の商品を投じていた。老舗メーカー各社が商品を分解すれば直ぐに分かる。真似たくとも作れないのだ。

PB Martのネットスーパーでは格安CIM会社のセットモデルで売り出し、本体料金を2年分割で月額料金に割り込んだ。誰もがローエンドモデルだと思う内容だった。

ーーーー

「東南アジアで重症患者が重体から回復したケースが生じたらしい」というニュースが東南アジアのネット上で流れてはいたが、重要視されることはなかった。何が起きているのか伏せられていたので、「呪術的なものだとか、奇跡だと騒いでいるだけで、コロナウィルスに感染していたのではなく、インフルエンザや風土病だったのではないか」と判断されてしまう。
そもそも箝口令が敷かれた上で、各病院の判断で対処されていたので、噂レベルで留まっていた。

米国モンタナ州に到着した輸送機に積まれていた「製品」は米軍機に載せ替えられて、ジョージア州アトランタにあるCDC:Centers for Disease Control and Prevention(疾病対策予防センター)に向かった。

カナダのサスカチュワン州レジャイナ空港に到着したモリ一行は、米国のCDCに該当する首都オタワにある「Public Health Agency of Canada」に届ける製品をカナダ空軍に託した。

「令和版 富山の薬売り・海外輸出大作戦」は巧妙に偽装・隠蔽され、進められていた。

CDCの職員達は驚嘆している・・かもしれない。

人口20万人のレジャイナに日曜早朝に到着した一行は、自衛隊のカナダ対応チームと別れて空港に隣接するホテルに投宿した。輸送機はこの後カルガリー、バンクーバーの2箇所で降り、自衛官チームとプルシアンブルー社員、外務省職員を1人づつ降ろす。
モリ一行はホテルで仮眠を取っていたが、マネージャー役を務める外務省の櫻田はカナダの日本大使館員と打合せを行ない、カナダの陸運局のナンバープレートを空港に置いてある軽自動車に取り付け、輸送機に積んでいた荷物の検疫手続きを経て、大使館が用意したトラックに積み替える作業に立ち会ったりしていた。プルシアンブルー社単独ではとても出来なかったであろう。東南アジア訪問以降、外務省とのタイアップ体制も随分とこなれてきた。

現地時間日曜の午後になると、仮眠を終えて一行が起き出す。一人の男性が部屋を移動する事を強要されて寝ていなかったようだが、知る由もなかった。日の明るい内に目的地まで達するのが、この日のミッションだ。貸し別荘の状態を知る大使館員も居ない。そういう場所まで不安を抱えながら移動する。唯一の希望がここはカナダだ、という点だろう。
価格に見合った環境が整えられている・・筈だ。

朝食兼昼食をホテル内のレストランで食べていると女性陣に囲まれる。翔子が切り込み隊長となり口火を切った。

「コロナの特効薬が出来たようだと、蛍さんと里子からメールが来ています」
1時間前まで2人で絡み合っていたのに、素知らぬ顔をして言う。

「そのようですね。感染した場合の薬を人数分渡されています。自衛官、外交官、社員の全員分が荷物に紛れているようです」

「副作用はないのですか?」
お腹に赤子が居るので心配なのだろう、由紀子が2番手となった。部屋を回った逆順か?と思ったら、まだ段階に至っていない理子さんだったので違った。
「お会いされた王族の方々の国では既に処方されているようだ、と姉のメールにはありますが大丈夫なのでしょうか」

「副作用の有無はこれから治験なので分かりません。何ら手立てがない状況でアジア各国の重症患者の方々に対して投薬した成果が出始めているそうですが、今の段階では何とも言えません。もし記者が現れて薬に関して聞かれても、知らぬ存ぜぬで通して下さい・・」

そんな折、カナダとアメリカ、タイ、マレーシア、インドネシア、カンボジア、ブルネイ、ベトナム、シンガポールの日本大使館に通達が本国の外務省から届いていた。

数時間後にコロナの特効薬完成の発表が日本で行われる。シンガポールとベトナム以外には試薬品サンプルが王立病院、スルタンが出資する病院に届けられている。以降の製薬は各大使館に届けるが数量に限りがあるので各国政府、日本の厚労省に該当する組織と協議し配布してほしい。各国での治験と販売承認が出るまでは無償だが、来月以降となる販売承認以降の価格は追って連絡するとあった。

北米の大使館員はどよめく。
アジアの大使館では大使と筆頭秘書官が自宅で知っただけだった。同時に日曜の夜で、就寝時刻の日本の人々もそして政府も、深夜に投稿される録画映像が間もなく放映されるとは思いもしなかった。

(つづく)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?