見出し画像

(2) 念には念の、迂回空路(2023.12改)

土曜の午後、杜 蛍は娘のあゆみと村井 彩乃を連れて品川駅に降り立つ。あゆみと彩乃は学校帰りなので制服姿だ。この方が相手もイメージしやすいだろうと蛍は考えた。

タクシーは坂道を上り高輪台の閑静な住宅街を走る。横浜と大森の家がある住宅街とは異なる景観に後席のあゆみと彩乃は身構えてしまう。
車ではワンメーターで来てしまう距離だった。帰りは歩こうと蛍は思いながら精算し、釣りは受け取らずに3人は降りた。

豪邸のようなブルネイ大使館に驚く、先程通り過ぎたセルビア大使館とのギャップを感じる。さすが産油国と痛感する。
気後れを感じながらも、蛍はインターホンで来訪を告げる。すぐ返答があり、男性が出てきて三人を招き入れた。

平泉里子と長女の杏は、趣はあるのだが少々草臥れた建屋の中に招き入れられていた。
赤坂にあるカンボジア大使館を母娘で訪れていた。杏が理解できずに居たのが、名古屋・大阪・福岡にも領事館がある点だった。
ポルポト派が存続していた頃は最大の援助国だったが、そのポジションは今では中国に移っている。これだけ拠点を構えている国も珍しい、果たして意味があるのかな?と思っていたら、白人姉妹が出てきたので驚いた。杏と樹里と同い年だとは聞いていたが、想像とは明らかに違った。
母親が丸投げして来た理由をようやく理解しながら、握手を交わしていた。

ブルネイ大使館の方では、想定していた肌の色の少女だったのだが、3人よりも背が高く、既に大人体型で蛍も敵わないスタイルの良さだった。
目がクリッとしている顔まで整った美少女なので、驚いていた。「負けた、しかも瞬殺」蛍は崩れ落ちる自分を食い止めるので必至だった。

「これは兄弟間で争いが起きる」とあゆみは思い、「このスタイルは反則!間違いなく校内トップだね」と彩乃は思った。

赤坂と高輪の双方で思っていたのは、
「王様ってやっぱり美形を好むのね」という今更の現実だった。
自分の国の象徴ご一家は、彼女たちの構想の対象から外れていたのかもしれない。

ーーー

首相官邸に到着し、タクシー代を精算しているとドアを叩く人がいる。運転手さんがドアを開くと「こちらで精算致しますので降りて下さい」と言われ、別の人に連れられてゆく。

「この先の扉から入っていただきますと、カメラマンが待ち構えています。真っ直ぐ歩いてエレベーターの前まで進んで下さい。そこに紙が貼ってあります。その階までエレベーターで上がって下さい。係のモノが居りますので」
頷いて言われた通りに歩き出すと確かにカメラマンが大勢いてレンズが向けられている。「こんなの慣れないよ」と思いながら、前田未来は怪訝そうな顔をしてフロアを横切っていった。


厚労省のコロナ対策関係者を前にして、越山あかりはプレゼンを始める。
基本的な話を端折って説明していたら、時折挙手して質問を求める輩が出る。
聞いてはいたがこれは酷いなと思った越山は、丁寧すぎる説明をした後で、
「あなたのお名前を教えていただけますか?」と笑顔で言い、所属と名前をメモした。
数回繰り返すと悟ったのだろう。黙って真剣に話を聞くようになっていった。

2度3度繰り返してから、この場から追い出すつもりだった越山は「チョロ過ぎでしょ」と思いながら、自分のプレゼンに次第に酔っていった。


午後のニュースで2人が新しい職場で仕事に就いた映像を見た金森知事は、少々早く用意した掘りごたつの上にノートを広げて、何やら書き込み始めた。顔には満面の笑顔を浮かべながら。

ーーーー

太平洋を横断するのではなく、アリューシャン列島からアラスカ方面を北上するルートで移動するので、通常より時間がかかると聞いていても幼児には何の関係もない。
娘の対応で疲れが見え始めた志乃の代わりに、上着と手袋を美帆に施して抱きかかえると簡易的に設けられた待機室を出て、輸送機に積まれた物資の数々を見て回っていた。
経由地のアンカレッジ空港まで14時間半、まだ5時間しか経過していない。美帆の電池が何時切れるのか、躁状態がいつまで続くのか、誰にも分からない。

C2輸送機4機に280名の陸自自衛官と11人のプルシアンブルー社関係者、外務省の櫻田を始め4名の外交官と幼児一人とモリが分散して搭乗している。モリたちが搭乗する1機はカナダ内の地方空港に降り、3機は米国に降りる。カナダ行きのチームは完全に別行動となる。

カナダ行き輸送機中の物資の1/4を、志乃と理子の2人が調達したと聞いて驚いた。
2週間、自衛隊の方々とも別行動となる7人と幼児一人分の食料品や毛布、布団類まで一式を積み込んだのだから、さもありなんとは思いながら眺めていた。自衛隊の皆さんはグレードの違いこそあれ、宿に泊まれる。
モリたちだけ、どんな設備なのか分からない貸し別荘なのでこうなった。

荷の中に避妊具メーカーの段ボールを見つけ、その隣に「医薬品」とあったので「あったあった」と喜んだのだが糠喜びだった。
表記の上には「経口避妊薬」とあり、一体誰が使うのだろう?と悩む。箱に書かれた数量を見て「そんなに使わないでしょ?」と思っていたら、ワクワク顔の幼児の顔が目の前にあるので恥ずかしくなり、その場を足早に去る。

結局、例の薬の箱が何処にあるのか分からなかった。

「あ、クルマだ!」美帆が指差す機体の後方の自衛隊車両に混じって、当社製の新型軽自動車が2台止まっている。
軽自動車ながら本格クロカン仕様となっており、モリ達が狩猟用に使う。もう一台はワンボックスタイプで、ベースキャンプとなる貸し別荘で使う。ワンボックスの方に2人で乗り込み、サブバッテリーでNaviを立ち上げ、美帆の好きなアニメのDVDを再生する。
SSDに同時録画され、これで何時でも再生できる。

モリは文庫本を取り出して読みだした。

ーーーー

首相官邸から外務省へ移動し、外務次官と、自身の補佐官となる里中紗子から説明を受ける。本来なら前外相から引き継ぎされるのだが、既に書類には汚い字でサインが済ませてあった。その隣に自分の万年筆でサインをする。

「以上で引き継ぎは完了です」里中が笑いながら言った。

「さて、早速ですがご相談です。厚労省の顧問に越山教授が着任したのをご存知ですか?」

外務次官と里中が頷くのを待って、前田新外相は微笑んだ。
「実はコロナの特効薬を彼女達のチームが開発し、富山の製薬会社で試作品の製造が始まっています。治験のフェーズに移行するタイミングで金森、富山県知事が製薬開発の発表をいたします。要は日本以上に困っている欧米、南インドなどへ優先して出荷し、各国で認証試験をしていただく必要があります」

前田の発言に2人が唖然としている。

「それはどんなものなのですか?」梁元事務次官が身を乗り出す。

「私も専門外なので詳細は分かっていないのですが、コロナウイルス自体が一般的な種類で、その新型が今問題になっているウィルスだという認識はありますか?」

「はい、認識しております。確か、植物の芽のようなものが球体上に出てきて、その芽の形状が新しいものが新型だったかと」

「おっしゃるとおりです。その芽のようなものをスパイクと学者たちは呼んでますね。スパイクタイヤの球体版のような形をしていると言ったら分かりやすいかもしれません」
「なるほど・・」
前田が書いた絵を見て里中が頷く。

「越山チームはこのスパイクを根本から溶かしてしまう抗ウィルス剤の開発に成功しました。出てきた芽を枯らしてしまう、除草剤のようなものですね」

「ということは、コロナウイルス自体が転がってしまい体内で留まれなくなる。どんなスパイクが生えていても取り除いてしまうのですか!」

「その通りです」

「ごめんなさい、スパイクが無くなるとどうなるのでしょうか?」里中が申し訳なさそうに言う。

「体内に寄生出来なくなるので、感染し辛くなります。川の流れの淀みのような場所には滞留するかもしれませんが、スパイクがないので張り付けません。延々と留まっているうちにウィルスの寿命が尽きてしまうって、確か言ってたような気がします」

「変異型が出てきたってへっちゃらだってことだよ!万能薬だ!」

前田が頷いて続ける。

「今、イッセイくんが北米に移動しています。それなりの量のサンプル薬を持って」

世界中で騒ぎになる!里中の目に次々と涙が溢れてくる。

ーーーー

「180マイル前方に機影を確認。その数「5」、識別信号から米軍機と思われます!我々は既に捉えられていると推定します!」
機体のレーダーに反応が現れ、副操縦士が読み上げる。C2の内蔵レーダーが米軍の地上レーダーに適うはずがない。

「アンカレッジ管制から入電。護衛機5機を気にせず直進されたし、以上です!」

「我々のレーダーの性能を連中はご存知ってワケだ。後続機にも伝えてくれ、あれは護衛機だと」

「了解!」

何故、自国領内で護衛の必要があるのか?キャプテンには理由が分からなかった。


映像を止めて、助手席の座席をゆっくり倒して美帆の睡眠の姿勢を楽なものにした。
ディスクを取り出して、サブバッテリーの範囲でエアコンを起動させ、社内温度を15度に設定する。足の指先が冷たくなってきたので足元から暖気を送り始める。

高度5、6千メーター以上の上空で、空調なしの荷室はやはり寒い。

コンコンとガラスを叩く音がするので見ると由紀子さんだった。手にマグカップを持っている。
後部座席のロックを解除してパワースライドドアを開けると乗り込んで来た。

「寝ちゃったんですね。コーヒーとココア、どちらにします?」

「ちょっと前に寝たばかりです。じゃあココアを頂きます」と言って、由紀子からマグカップを受け取る。

「こんな広い空間でも2人が何処にいるのか分かるんです。探す手間が掛からないので助かります」 ・・確かにまだ熱くて、飲めなかった。

「先に伺っとくべきでした。ちょっと舌をヤケドしたようです」

「あ〜、申し訳ありません。コーヒーにされます?こちらの方が温いかもしれません」

「大丈夫です。ゆっくり飲みますので」

「あの、今はまだお飲みにならないで、話を聞いていただけないでしょうか?」

「ええ、どうぞお話し下さい」

確かに飲まずにいて良かった。
飲んでいたら思いっきり吹き出していただろう。

ーーーー

「ありがとう、よくやってくれたサミュエル。君は最高だ、福の神を共和党へと導いた勇者だ」

「私は何もしていません。礼なら彼に伝えて下さい。彼こそ救世主です。もう少し完成が早ければ選挙結果もどうなるか分からなかったのですが、それだけが心残りです」

「それでも彼がホワイトハウスで何を発するか、内容如何ではまだ変わると思うよ。勝てないにしてもね・・」

「おっしゃるとおりです」

「私は市民権を彼らに与え、彼ら企業の工場用地を提供したいと考えている」

「悪くないとは思いますが、日本の近場がいいと言ってグアムで良いと主張したのでハワイを出したら、それでもグアムを選ぶような男です。土地や建物ではなく、人里離れた自然環境は喜ばれるかもしれません」

「なんだ?ハックルベリー、もしくは・・トムソーヤーなのか?」

「ソローのような男です。その上、憎たらしいほどモテます。少なくとも寡婦3人は囲っていると私は見ています」
・・俺のカワイイ後輩を孕ませ、その妹まで囲っていやがる・・とサミュエルは少々憤っていた。

「寡婦とはまた酔狂だな・・つまり法の及ばぬ土地か、もしくは一夫多妻が容認される土地の方が良いと?」

「ええ、例えばですが、アーミィッシュの村ですとか、インディアン居住地みたいな土地でしょうか・・」

「後者はモンゴロイド同士でお互いに違和感はないかもしれないな・・。農業も得意分野だし、広い農場をプレゼントしてはどうだろう?」

「いいと思いますが、普通の物件ではグアムのコンドミニアムの方が高いと思います。とんでもなく広い農場がある場所にしないと、彼は靡かないと思います」

「なるほど・・。分かった。彼が来る前に早急に候補地を選んでおくとしよう」

大統領代行が立ち上がってヘネシーの年代物をラックから取り出してウィンクした。

待ってましたとばかりに手拍子を叩いて立ち上がり、サミュエル・アンガスCIA極東本部長はロックアイスとグラスを取りにいった。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?