(5) 不都合な真実を晒して廻る(2024.1)
岐阜は北部を富山県と接し、北部の飛騨高山や白川郷は五箇山集落のある富山県南砺市と文化的にも似通っている。
ユニークなケースだが、合掌造りで知られる岐阜・白川郷周辺の公立中学に通う生徒達が、富山県にある中学校に越境して通っている。児童数が限られているので統廃合が進んだのだが、これも同じような文化圏であるが故と言える。
富山岐阜の生徒たちが混在する中学校に、4人の転校生がやって来た。正式には年明けからだが、早く環境に慣れるのが目的だった。
4人とも横浜の学校の制服だったが、中2の2人は春になったら制服を改めることになった。中3の2人は2ヶ月も在籍せずに卒業するのでそのままとなる。
中3の一人が南国の王女様だったので、学校はパニックのようになっていた。戦後の進駐軍に接する日本人に近いものがある。
それでも、カニア嬢は訪日前から日本語を学んでいたそうで、AI翻訳機を極力使わず話しているらしい。
高校生の3人は冬休みで、長兄は受験前なので家で学習しているが、下の2人は県庁に祖母と同行し、購買と食堂で超短期のバイトを始めた。知事の孫が厨房と購買に居ると聞いた地元のメディアが取材に来たようだ。
県庁のある富山市内は、コロナ用製剤の開発、県内半導体工場群・IT機器製造工場群の活況を受けて駅前通り、商店街の再開発が進んでおり、モリの子供たちが夏に滞在していた頃とは様変わりしていた。
市内のマンションに住まうカンボジア王族の2人も富山市内の国立大学に通い、護衛も連れずにカフェ巡りをし、夜な夜な店舗をハシゴして富山湾の幸を味わっているらしい。国を出れば誰も王族だとは気づかないので喜んでいるようだ。
元がフランス人なので、富山県民から見ても市内在住の異国人という扱いになるのだろう。
モリの子供たちが富山に到着した土日は、姉妹のマンションに泊まってブルネイの王女を引きずり回し、市内の店舗をハシゴしていたようだ。
金森知事は「富山メディカルサイエンスパーク構想」と「富山シリコンバレー構想」を打ち出し、富山大学薬学部・医学部とプルシアンブルー社共同で研究所を、同大学工学部と理学部と共同して研究所を立ち上げ、2つの研究所の建設費用で富山県が300億円、プルシアンブルー社が200億円捻出するとぶち上げた。
富山大薬学部在学中のカンボジアの王女2人がイメージキャラクターのようになり、2つの構想を世界に向けて発信するようになる。自ずと富山大理系学部への受験生も増え、国大の中でも中堅に位置していた同大学の偏差値も上昇に転じた。
富山はコロナの影響を殆ど受けておらず、挙げ句に特効薬を開発したのだから、世界一早い「コロナ明け」を実現した地域とも言える。
知事が構想を打ち出したので、世界中の製薬会社、半導体、IT企業が「TOYAMA」への進出を構想し始めている。誰もがプルシアンブルー社の技術を盗みたいのか、富山県庁の産業振興課に英語での問い合わせが殺到している。
富山県観光振興課は富山市内に支社を出している国交省、厚労省と協力して、富山空港への国際線増便を想定してターミナルの改良を進めている。ホテルや旅館には海外企業関係者、観光客の増加に向けてAI翻訳機の貸出しとキングサイズのベッドや布団の購入や内装の改良工事で、県として低額融資を用意していた。
早速、ASEAN各国のフラッグキャリアが富山空港との直行便を新設し、来年より国際線を順次再開すると発表する。プルシアンブルー社が東南アジアで展開しやすい環境が整いつつある。
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岡山県庁、栃木県庁、青森市役所、宇都宮市役所、鹿児島市役所に新知事、新市長となってはや1ヶ月で5つの役所が「ノー残業デー更新2ヶ月目」に突入していた。
富山県庁、富山市役所でトレーニングした副知事、副市長と共にプルシアンブルー社の非正規雇用のスタッフ約30名が県庁・市役所の各部門に平均2名づつ配属して、作業を始めるようになった。富山県庁での実績の横展開で、各人には上司にもマネージャー代わりにもなる「県政AI」「市政AI」の設定されたPCと共に配属され、元から居る職員を上廻る作業をこなしてゆくようになる。
役所から見ると非正規雇用者に該当するが、彼らはプルシアンブルー社の社員なので、給与を中抜きされることはない。富山県庁では人材派遣会社から派遣されていた非正規雇用者を優遇し雇用したが、岡山、栃木には政令市・県庁所在地以外の市役所、町役場があるのでそちらにスライド頂くことにした。県庁・政令市で職務についた経験は必ずや役に立つだろう。当然ながら周辺県と周辺の市区町村でAIと即戦力職員が欲しいと言われるが、必要な額面を提示すると黙ってしまう。今は12月で予算も残っていないからだ。
11月までの5つの役所に人材を派遣した富山県庁と市役所では、1/24の岐阜知事選、3/21の千葉知事選、千葉市長選、4/4の秋田県知事選、4/21の名古屋市長選の5役所に派遣予定の全国から集った150名の社員と、各選挙に立候補する知事と市長候補のトレーニングが始まっている。
岐阜知事選に立候補する村井幸乃富山県副知事は、妹の志乃を知事輔佐、事実上の副知事として個別トレーニングを週明けから始めていた。夏前に出産を予定しているので、産休中の代打として杜 蛍知事輔佐と夫のモリ顧問の3体制で来夏の県政をカバーする計画でいる。
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山形駅で由真と真麻の姉妹を下ろすと、モリは由紀子と共に200キロ離れた気仙沼市に移動を始める。到着予定時刻は2時間後の13時前となる。
昨夜、我が専属秘書さまが方方に連絡を取っていたので、それなりのメニューが用意されているようだ。都内にいる平泉家の皆さんも動いたようで、明日の月曜日は気仙沼に市長と石巻市長、東松島市長の3市長との懇親会までセットされた。
源家と平泉家の方々には、侮れない影響力があるのかもしれない。
「折角優位な状況なのに、製薬や半導体の研究所を作ったら、技術が漏洩するのではありませんか?」
日々若返っているように見える秘書様と、最近の富山について話していたら、その手の話になった。
「情報には、漏洩していいものとあまり広まるのは好ましくないものと、2つあります。
好ましくないものはお分かりでしょうが、情報漏洩した方がいいものって、どんなものか分かりますか?」
AIを立ち上げて、説明を間違えぬよう準備をする。自分の場合、技術的な話は多分に誤認してしまいがちだからだ。
「情報漏洩した方が良いもの・・ごめんなさい。分かりません」
「サミア達が富山に注目したのは富山湾の幸が最大の理由ですけど、工場建設するとなると豊富な水資源が必要となります。政府が主導して熊本や北海道に半導体の工場を建設しようとしてますけど、どっちも水資源が豊富です。さて、気仙沼も水資源が豊富ですが、何故気仙沼では工場建設の話が持ち上がらないと思います?」
「あ!水質汚染ですか?」
「そうなんです。製薬も様々な薬品やら原料を使いますけど、半導体は様々な化学物質を使います。台湾や韓国企業が製造する半導体は、利用した大量の水の再生に取り組んでいるようですが、7割は除去できていますが、3割は取り除けないのでそんなものを破棄されたら、公害問題になります。残念ながら熊本も北海道の人々は現実を知らされていないのです」
「え?では、富山に半導体工場を作ったのは環境問題を克服しているのですか?」
「そうです。完全に真水の状態にして富山湾に流さなければなりません。サミアにしたら必死です。死活問題ですよ、富山の魚は彼女の大好物ですからね」
由紀子の顔が明るくなった。「汚染しない工場なら、気仙沼でも良いのでは?」と思ったのだろう。富山県とプルシアンブルー社の急成長を傍から見ていた源家と平泉家が、「地元宮城にも恩恵を与えて欲しい」と考えているのは薄々、感じてはいた。
半導体を製造するには数多くの化学物質を使用し、当然ながら有害な化学物質も利用する。半導体製造工程は極めて複雑で難解なものとなる。製造工程ごとに利用する化合物も異なるため、全ての工程で利用する化合物の総数は数百種類にも及ぶ。
製造する半導体を洗浄・エッチングするために使用される溶液や化学物質は、非常に有毒なので特に管理・運用面では注意する必要がある。
残念ながら、従来の半導体業界は技術保護を建前に掲げて、製造工程で使用する有害化合物を情報開示していない。韓国半導体企業11社の場合、210品目の化合物を製造工程で使用しているが、使用化合物の29〜33%は情報公開していない。
台湾半導体企業に至っては全て秘匿し、情報公開に応じていない。
台湾の法律では人体に有害なものは原則的に開示せねばならないが、競合企業との関係を盾に情報公開を不都合がある場合は免除されてしまう。
仮に、台湾職業安全衛生署で企業側の隠蔽行為が発覚しても、数万台湾ドルの罰金で済んでしまう。
学生の頃のモリは、マレーシア・イポー市に進出した半導体の前工程を請け負う日本企業を、当時参加していたNGOと共に取材、視察したことがある。
同社の従業員が出産した子供に、障害と奇形が多発し、国際問題になったが当時はルックイースト政策推進のマハティール政権なので因果関係は確認出来なかったとして闇に葬られた。
その後も、世界中の様々な半導体工場に勤務する女性労働者が、グリコールエーテル類(エチレングリコール、プロピレングリコールを含む)の環境に長期間暴露されていると、月経異常が生じたり、妊娠に至っても異常分娩となるケースが増えるのが確認されている。
また、非発がん性の有害物質が誘発する症例として、女性の不妊症、流産、催奇形性の生殖および発生毒性が上げられる。
従来の半導体製造とは、このように人的被害をある程度伴うのが前提になっているのだが、台湾政府は追跡調査などしていないし、経済は財閥頼みの韓国政府に至っては、何もしていない。
半導体製造に特徴的な重金属として、インジウムとガリウムの2つが挙げられる。
清華大学分析環境科学研究所のヤン教授のチームが、台湾企業がある新竹サイエンスパークから排出した汚染水中の重金属の値を調査したところ、2007年には、ガリウム、インジウムが10mg/kg前後だった値が、2020年時点ではガリウムが60〜120mg/kg、インジウムも20〜60mg/kgに増加していたという。アメリカ地質学会のレポートでは地球上の平均値はガリウム19mg/L、インジウム0.1mg/Lとなっている。新竹サイエンスパークの排水は非常に高い値であるのが分かる。
新竹における重金属汚染が恒常的なものとなっている可能性が高く。インジウムとガリウムの値が上昇していることから、半導体工場からの重金属汚染が今も尚継続していると考えられる。
2004年には、新竹市で重度に重金属に汚染された緑色の牡蠣が見つかり、牡蠣業者は廃業に追い込まれている。
台湾企業を誘致するのは結構ですが、工場排水が流れ込む熊本の有明海は大丈夫ですか?日本政府や経済産業省はちゃんと確認してるのか?という話だ。
AIの補足説明を受けて、由紀子が言う。
「半導体工場を誘致しようものなら、宮城の牡蠣の養殖に影響が出るって学者が騒ぎ出したでしょうね・・」
「恐らくそうでしょうね。半導体は未来の技術の要でもありますが、今まではITブームや先端技術にフォーカスが集まり、都合の悪い話は隠蔽されて来ました。アメリカのCPUを製造している大手半導体会社の製造工場がアジアに集中しているのも看過できません。台湾や中国で組み立てるから、製造しているからといってアジアに半導体工場を集約してきました。アメリカ本国では研究と開発に特化して、公害物質をタレ流す工場をアジアに置いたのです。原爆投下、枯葉剤散布と同じです。ですので、米国、台湾、韓国の半導体企業の息の根を止める必要性を強く抱いた我々は、プルシアンブルー社を立ち上げたのです。
富山の研究所では「公害を決して起こしてはならない」その為の技術を愚直に研究して貰います。本来なら日本政府や経産省がやるべき話ですが、既に熊本と北海道という、東京から離れた場所で公害まで誘致しようとしているので・・何も期待していませんがね」
「私の世代は熊本と言ったら、水俣病です」
「そういうセンスなんですよ、今の政府の連中が持っているのは。
第三次、第四次水俣病の扱いにして国庫から永久に賠償し続けてゆくつもりなんでしょう。
有明海の漁師には賠償金を払って、阿蘇の地下水を汲み上げて地盤沈下させた上に、土壌汚染と水質汚染で農業もダメになるまで半導体を作り続けて、いよいよ人が住めなくなったら土地を放棄するんでしょうか・・熊本県民はもっと怒るべきだと思うんです。俺たちはモルモットじゃないぞって。
因みにですが、県知事の野郎は今年の3月で4選となった与党の犬です。北海道知事、宮城県知事と纏めて血祭りにします」
「血祭りですか・・」
「ええ。血祭りでは生温いかもしれません。磔獄門の上で県民全員で槍で刺すぐらいしないと怒りは収まらないんじゃないですかね?
経済成長を掲げるのは結構なのですが、県民の命と健康を損ねるのを承知で推進するのは到底許容できません。東京から離れた場所に住まう人に犠牲を強いる国家というのは、更に許しがたいものがあります」
ハンドルを強く握ったモリの手を見る。手に血管が浮立ち、男の手だと惚れ惚れとしてしまう。
気仙沼まで5kmの表示が出た。
「旦那様にとって、気仙沼が竜宮城になりますように・・」
由紀子はそう願いながら、男の横顔を見た。
(つづく)