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15章 新たな胎動 (1) アジアの流儀と、西欧文化の狭間で(2024.2改)

米国で20日に開かれた大統領就任式典に出席していた首相一行が帰国した。
空港内の一室で、記者会見に応じる。
新大統領との会談を含めて式典に参加した各国首脳と首相、外相、厚労相の3人で手分けして会合を持っていた。ワシントン滞在中、記者会見する時間も無く、また、アメリカ大陸とアジア間の国際線が飛んでいないのもあり、米国で取材をする記者にも制限が生じたので、帰国後の会見となった。
アメリカ側の過剰なまでの歓待に驚いたと首相が応じながらも、記者たちの質問は北朝鮮の政変と今後について、米国とどのような話をしたのかに集中していった。

北朝鮮・寧辺の核施設での爆破は、放射能を始め人的被害を及ぼす事態には至らなかった。また、爆破は自称・金正照一派による牽制・陽動だとされていた。
寧辺の核施設周辺には国連安保理での決議に基づいて、中国人民解放軍が越境して布陣し、核施設はIAEA(国際原子力機関)の管理下に置かれている。
平壌、ソウル等の寧辺の南部に位置する都市で生じた放射能汚染回避の避難活動も収束した。放射能漏れは確認されず、爆発は牽制だったと判断されて都市に戻った人々は今まで通りの生活を取り戻しつつあった。

金正思殺害を金正照一派の投稿動画によって世界中に公にされ、隠蔽は不可能と判断した北朝鮮は、正思の実妹の金余正を「委員会代理」として国のトップに据えると北朝鮮のメディアが報じた。しかし、男性の継承者が少なくとも2人は存在する事が確認された今となっては、金正日の娘である余生に、中国文化的な弊害「朝鮮儒教と、白頭山血統主義・男子継承」の壁が現れ、現行のキム体制に揺らぎが生じている。
朝鮮人民軍の幹部の中でも、金正照の取った総書記殺害は父殺しの正当な報復と見做す者も少なくなく、次男坊だった正思より、長男の正男の子である男子2人の方が好ましいと思うのが朝鮮半島、韓民族の一般的な解釈だった。
本来ならば、金余生が妹として表舞台に立つのも異例だった。余生が担ぎ出された背景には正思の子供に女子しかおらず、女帝誕生を睨んだ布石だったとする見方が有力視されている。
軍と国内の世論が金余生に対して懐疑的になるのも痛手だが、唯一の我を張る材料だった核カードを失った状況も痛手となる。
北朝鮮暫定政府と金余正委員会代理は北京政府に対して、国家主席、新委員長代理就任の挨拶に訪問したいと要請している。
金正思は北京政府と一線を置き、親露の姿勢を打ち出していたが、金余生政権は隣国を後ろ盾として打ち出さねば土台が崩れるとして、中国の庇護を得ようとする姿勢を明確にした。
儒教文化の元となった中国が、男子継承を反故にして女帝誕生を容認すれば、自分達の存在意義が確立されるからだ。

また、北朝鮮の体制変更を4月の大統領選挙の与党劣勢挽回のチャンスと見た韓国政権と、「高麗連邦制」を掲げて連邦制統一の模索をしてきた韓国国内の親北勢力は、再び「1国家2体制」を唱えて北朝鮮に対してラブコールのような発言を韓国メディアで繰り返していた。
北の後継者が余生になろうが、正男の男子2人になろうが、「連邦制統一」という原則論を認めて対話の姿勢を打ち出した方と組むといった雰囲気を掲げて、金余生を牽制し始める。男子継承と核ロストのダブルパンチで痛手を被っている余生は対南協議に応じるしか道は残されていない、と韓国与党は判断したのだ。 

一方でもう一つの当事者で主役に躍り出た米国は、金正照一派が捏造の産物だと知りながら、金正照の体制や勢力の全貌が不明瞭だが、総書記と将軍殺害と、核施設への侵入、施設の一部を破壊する能力を示したのは明らかな脅威となると言及し、北朝鮮新体制と中国に対して最大級の警戒を取るよう要請していた。
また、朝鮮半島の非核化が実現するなら、在韓米軍撤退もあり得るとも発言して、中国、ロシア、韓国に対して、朝鮮戦争の当事者である旨、朝鮮半島における米国のプレゼンスを改めて誇示していた。
ペンタ大統領は最もアドバンテージを持ったまま多国間協議に臨めるとマスコミ各社が報じていた。

CIAとモリが描いた通りの状況になりつつあった。

ーーー

バンコクへ戻る便待ちで、平泉里子サザンクロス航空会長と、妹の理子、同社社長の杜 亮磨の3人はチェンマイ空港のラウンジに居た。
亮磨と理子がイチャつきながら料理を選んでいるのを遠目で見て、ライバルの少ない息子の方に舵を切った妹の選択を、至極懸命な判断だと里子は捉えていた。
亮磨も父親に似て 近寄る相手を拒まない様で、里子の部下の元CAだけでも数名と関係を持っているのを部下の自己申告で知っている。恐らく申告していない者も居るだろうとは察していた。

お腹に3ヶ月の子がいるのでオレンジジュースを飲みながら、妹達の行く末よりも、モリと翔子、そして翔子に請われて付いていった由真の身を案じていた。
亮磨と理子と由真の4人でコーラートにあるタイ空軍の基地で2人を出迎えた時に、新婚旅行から帰ってきたかの様な2人の睦まじさに、呆気となった。
氷点下の朝鮮半島で穴の中に潜む日々を過ごし、2つの施設を爆破して独裁者を亡き者としてきた凄みは全く感じなかった。抱かれた際に若干荒々しさを感じたが、逆にその荒々しさに喜んでいる自分が居た。由真も同様に感じたようだ。「凄かったですね」と言いながら、目は何処かに飛んでいたのは昨夜の話だ。
理子は亮磨の部屋へ行っていたので分からない。父親との比較を楽しんでいたのかもしれない。それも彼に「女」にして貰ったからこそ、男性に奥手だった理子が「なし得た」とも言える。

夜の睦言での変化はさて置くとして、彼が立案したプランが実行されて、朝鮮半島情勢は大きく変化した。
拉致被害者奪還で終わらず、暫定的であっても朝鮮半島非核化を成功させてしまったのだから驚きだ。北朝鮮の核弾頭はIAEAの管理下に置かれ、ICBM発射施設は国連軍に接収された。
架空の人物、金正照の登場と、正照による「仇討ち」による金正思の殺害は世間では肯定的に受け止められている。
「2017年のマレーシア・クアラルンプールの空港での金正男殺害は、明らかに総書記就任を睨んだものだった」と北朝鮮の複数の軍人が報復殺害後に発言しており、故・正思の妹である金余生が発言した軍人達を拘束したとも伝えられている。北朝鮮内部もまだ揺れているのだ・・

「お待たせしました」料理の数々を並べたトレイを手にした亮磨が、父譲りの笑顔を魅せる。

「お姉ちゃん、またまたゴメンネ」
理子に至っては缶ビールのプルタブを開けると飲み出す。隣のイイ人に嫌われなきゃいいけど、と思いながら笑みを浮かべる。

「それはカレーうどん?」亮磨が食べている麺を里子が尋ねる。

「はい。タイ語ではカオソーイと言います。カレーうどんのカレーがレッドカレーになっています。小さな皿も有りましたから、持ってきましょうか?」と言われて首を振った。
「あ、そうか。すみません香辛料はお腹の子に良くないですよね・・」

「東北部のイサーン料理だと辛すぎるけど、ラウンジで出されてる料理なら辛さも控えめでしょうから、大丈夫よ」
元CAであるのをさり気なく伝える。
チェンマイには無かった料理だ。チェンマイ料理は優しい味付けが多かったのだが、時代とともに変わったのだろう。

「元々はミャンマーが発祥なんですよね?」理子が嬉しそうに言う。
「そうなんだ。知らなかったよ・・」

すっかり、2人の空間になってしまっているので、里子は果物を取ってこようと立ち上がる。
15日に開催されたランタン祭りに重ならなかったのが残念だ。カオソーイの名店にも行けなかったから、来年また来ようと2人で盛り上がり始めている。
バンコクで待っている山下智恵副社長と志木佑香達と一緒になれば、ハブんちょになった気分も軽減するだろうと思いながら、里子はノンアルコールのビールを手に取った。

***

全員でコーラートから第二の都市チェンマイへ移動して、厳冬期の朝鮮半島から開放された日々をモリと翔子は過ごしていた。
来たるミャンマー入りに備えて、南国の気候に体調やコンディションを整える必要もあった。

従妹である由真を、翔子は手元に残した。2人体制の方が、より盤石だと判断したらしい。
韓国から一足先に日本へ帰ったサミュエル・アッガスに白人に化けた由真の写真データを送り、追加パスポートの作成を要請した。
3人でチェンマイの美容院を訪れて、髪と眉毛を染めた。白髪染めして短髪と伸ばした顎ヒゲ姿になったモリと、道中姉妹役を演ずるショートボブの2人、翔子は明るい茶髪に染めて、由真は金髪に染めて、カラーコンタクトをそれぞれ装着して偽装する。ロシア系の血が混じった中央アジア諸国のモンゴロイドという設定だ。
3人だけの時は日本語だが、人の居る街中では英語で会話する。

里子と理子の姉妹と亮磨が仕事の為に空港へ向かった後で、その体のまま 明るい時間から交ぐわう。由真は下の毛まで剃っていたので、完全に別人を抱いている感覚に捉われていた。
2人の肌が白いので全く違和感を感じない、新鮮な気分がして一人で盛り上がっていたのだろう。それ故に満足に歩けそうもないと2人からクレームを頂き、夜は外に出ずにホテルで夕食とする。
明日はミャンマー国境の街メーホーンソンにバスで移動し、ビルマ料理に慣れてから国境沿いのバーンラックタイの裏山からミャンマーに不法入国する予定でいるのだが、チェンマイで暫く延泊するのも悪くないと思っていた。

「理子と亮磨さんは、何時からああ言う関係になったの?」

「3人で農地で作業していた2日目だったかな?朝起きたら、部屋に居なかった」

弾んでいた息も落ち着き、会話出来るようになった翔子が従姉妹の由真に尋ねている。
亮磨と理子と由真は、投稿動画用の元映像作成のためにアユタヤ入りして農作業を3日間していた、と言う。
そんな話をカラーコンタクトをしたままの2人が流暢な日本語で話しているので、浮気しているような違和感を感じていた。多分に乱れた性生活なので何が浮気で、何処から不倫となるのかさっぱり分からなくなっているのだが・・

「へぇ〜、そうなんだ・・由真はそれでいいの?亮磨さんの方が歳も近いじゃないの」

「ちょっとお姉ちゃん、どうしてそうなるのよ、そういう選択肢は最初っからありません!」

翔子が由真を誂っているのを見ていると、従姉妹というより姉妹だ。突然握られて上下に擦られてビクッとしたが、どっちが握っているのか布団の中なので分からない。
亮磨と理子の仲が良いのは、コーラートで再会した際に気づいていた。負担が減るという観点が先行し、内心ホッとしていたのは誰にも言えなかった。また、親子で「負担」を分かち合う邪な発想を考えて、慌てて打ち消す。それも胸に閉まって打ち明ける事もないだろうが・・

「ですって、良かったですね先生。このペアとこうして一緒に過ごす時間は、まだ暫く続きそうですよ〜」
すっかり夜伽に慣れてしまった翔子が妖艶な顔で笑みを浮かべる。握っているのはやはり翔子か?同じ様な手の平の感触なので、どちらの手なのか分からない。

「理子が居なくなった分は私と麻央、玲子の3人で補いますので、ご安心下さい!」
そう言うと由真が布団をバッと捲った。握っていたのは由真だった。コンタクトをした碧い目の由真がモリの性器を舐め始めたので、その気になってしまう。

モリの反応と、下腹部が暴力的な状態になったのを見た翔子が、グレーの瞳でモリを見据えて微笑むと、由真と同じ様に視線を合わせたまま、精巣を口に含み、反応を見ながら楽しんでいる。

2人に嬲られて、洋物のAVを見ている様な錯覚に囚われる。年齢を重ねて妖艶さを纏った杏と樹里の姉妹に迫られたら、こんな感じになるのかな?と近い将来に期待している自分に気付く。

流れでラウンド2が始まる。
遅い夕飯になったのは言うまでもない。

ーーーー

「チェンマイでモリ達が見つかった」
タイの中国大使館と韓国大使館がほぼ同タイミングで察知したが、旅行者のモリを追う意味を双方の外務省は失っていた。
朝鮮半島を巡る情勢が急に不確かなものとなり、日本とプルシアンブルー社に関わっている場合では無くなっている。
朝鮮戦争は休戦であって、未だ終わっていない。キム体制が終焉を迎えれば終戦となる公算が高くなるが、金正男の子息による新体制がどんな方針を打ち出すのか皆目分かっていないし、金余生を急遽擁立して体制を維持する姿勢を見せた北朝鮮をどう扱うべきかの判断が下せず、中国も韓国も先の見えない議論を重ねている最中だった。

当面の問題は、米国が求めている多国間協議だ。参加するのは吝かではないのだが、中国も韓国も多国間協議で主導権を握れない可能性が高い。

朝鮮の儒教では、長男が世襲するのが当然とされている。
金日成と金正日が何れも長男だった経緯から、長男・金正男も後継者候補であるとされてきた。しかし、金正日が他人の妻である成蕙琳を略奪して生まれた正男は、白頭山血統の直系でありながら、金正日は隠し続け、異母弟である金正思を後継者としてきた。
そこにアメリカが保護していると言う、正男の妻子、息子の金漢率と娘の金率熙と、動画で投稿した金正照という存在を、北朝鮮の国民と世界は知ってしまった。
報復暗殺された金正思の子供達が、娘しか居ないと知れば、どちらを正当化とするか明白だ。

創業者である金日成が絶対なモノとして掲げた「白頭山血統の直系」では、金正男の嫡子の方が正統と見做されてしまう。
金正思が白頭山血統に触れなかったのは、自らを否定し、自分の娘達を否定する内容となるからだ。次男である自身の存在と後継となる女系総書記を実現する為に、異母兄の正男を暗殺し、妹の金余生を表に出した理由や背景までも人々の知る話となった。    

中国、韓国の両国は米国と異なり、金正男の嫡子、男子継承者を手にしていない。
仮に金余生を頭首とする体制を中国と韓国が支持を表明すれば、自らの中華的な男尊女卑の思想を否定し、欧米的な男女平等を表明したことになる。北朝鮮の国民は情報閉鎖的な環境に置かれているので、朝鮮戦争時から続く儒教思想と、体制が押し付けた「白頭山血統」を鵜呑みにしている。
「先代金正日の長男、金正男の男子継承者」を「当然のもの」として受け入れ、女系政権を「南韓の退廃した西側の文化」と捉えて拒絶される可能性が高い。

今頃、米国は腹を抱えて笑っているに違いない。

(つづく)


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