8章 脳ある鷹 (1) 誤算 (2023.11改)
都議会最終日10月8日以降のスケジュールが決まった。都議会終了後の10月は海外。11月は栃木と鹿児島で選挙の陣頭指揮を摂る。
10月10日からボルネオ/カリマンタン島とタイ東部/カンボジア西部視察で1週間滞在。次の2週間は北米で野豚の掃討作戦の指揮を摂る。
10月25日投票の岡山県知事選、11月1日青森市長選は金森知事が前半の選挙をサポート。11月15日栃木知事選、宇都宮市長選、11月29日鹿児島市長選をモリがバックアップすることになった。
9月最後の土曜日、鹿児島・八重山山地でのシカ・イノシシ駆除活動の初日(Day1)、前半戦・シカの群れの襲撃ではタイミングを合わせられなかった自衛官達も、後半戦・斜面地炙り出し作戦ではシカの動きに対応出来るようになり、獲物の数が飛躍的に増えた。
明日の出水山地(Day2)は、より習熟できるだろうと期待している。来週末のDay3,Day4は狩猟ポイントを変えて、北米の野ブタ狩猟を想定した、イノシシ猟に取り組む。
「休みなし、忙しいですね・・」年内の予定が確定したのを受けてパウンさんに言われ、笑うしかなかった。しかし知事2名、市長3名が誕生すると来年は楽になる、再来年はもっと楽になるはず・・と今は信じている。
シカ駆除の初日を終えて、昨日と同じ薩摩鶏の店で自衛官達と猟友会の皆さんと懇親会をしていた。モリはさつま揚げと魚料理にシフトして、芋焼酎のロックを愉しんでいた。
会が始まり30分程経った頃、店内でどよめくような歓声が上がり、自衛官もタイ王族SPの2人も警戒モードに転じた。自衛官の数名は酒を飲まず、SPの2人も例の如く一滴も飲んでいない。
二人の老人が店内に現れたと直に分かった。一人が与党との連立政権時の社会党首相・斑山富ー氏だった。存命だったとは知らずに驚いていると、こちらのテーブルに一人が向かってくるので、身構える。
「宴の最中に突然伺い、申し訳ありません。30分程お時間を頂けないでしょうか。この店の個室を抑えています」と年配の男性なので断わる訳にも行かず「分かりました」と即座に答え、立ち上がる。SPの2人にはこの場に残るように伝える。この時点で斑山氏が九州のどこの出身か思い出せず、後に続いてゆく。後ろを歩きながら、スマホで調べると大分出身で96歳だった。祖父は96で死んだ。何かの知らせか?とつい考えてしまう。
店の個室には3膳の用意と、モリの席には飲んでいた焼酎のハーフボトルが置いてある。店と相談したのだろう。
元首相が脱いだ靴を男が並べる。座席へ上がった元首相はあぐらをかいて座った。その向かいに坐るとテレビで聞き慣れた声を初めて耳にした。
「突然伺って申し訳ない。あなたに会いたくて鹿児島へやって来ました。彼は与党の議員秘書をしている宮崎さんと言います。亡くなった元首相の秘書から始まり、今は孫の秘書をしています」というと頭を下げたので、下げ返す。
島根の世襲議員秘書と野党OBの組合せがモリには分からなかった。
「あなた方の射撃を午後から2人で拝見しておりました。あなた達だけ、他の方とは違う世界にいた。あなたの隣にいた女性もです、明らかに空気が違う。同じような雰囲気を醸す人物を陸軍で見た事があります、私は戦地には行かずに終戦となりましたがね。彼女はあなたのお弟子さんなのでしょうか?」
「まぁ、そのようなものです。彼女は今回が初めての狩りなのですが、私も目を疑いました」
「この師有りて、あの弟子有り。実に羨ましい。あれだけ波長が合うのなら睦事もさぞ楽しかろうと2人で想像しておりました。・・いや失敬、申し訳ない。初対面の御仁にする話ではなかった」
そう言って湯気の出ている茶を飲んだ。こちらは無反応を押し通す。
「あなたの時間を奪ってはいけない。本題に入らせて頂きますか。
さて、選挙は近いと私達は考えています。大分一区は30年間私の選挙区でしたが、そこをあなたに継いでいただけないでしょうか。更に党を継いでくれたなら望外の喜びですが、そこまでは求めません」凄みのある目で見据えて言い放って来た。
「女性党首がいらっしゃいますが、ご相談された上でのお話ですか?」
「はい。彼女も長く党を率いてきました、もはや潮時でしょう。党は解体するか、刷新する必要がある。あなたに何らかのメリットを党が提示できるのは、廃れた党ですが全国に支部と組織がある点でしょう。この資産をあなたは自由に使えます。政党を起こすとなれば一から揃えねばなりません。コストもかさみ、負担はバカになりません」
「既存の政党に参画する想定もしておりました。貴党に関心を持っていたのも事実です。しかし、大分、九州を拠点とするのは全く考えていませんでした」
「勝手な想像ですが、山口補選を想定していたのではないですか?」
「候補の一つに過ぎません。それにおっしゃるような選挙となれば選択肢も増えます」
「ソコですぞ。あなたは当選確実な状況でなければならない。ご自分の選挙区は放置して、別の方の支援に回らねばなりません。大分一区であれば私が実際に活動し、あなたを当選させます」
モリは天井を見上げる。今決める話ではないと確認した。
「幾つか確認させて下さい。再度の面会は可能でしょうか?何も用意していない中で伺う話です。九州の経済状況も、各県の動向も、議員が誰なのかもよく分かっていないので、質問が思い浮かびません。
それから、お二人でお見えになった目的が分かっておりません。斑山さんの話は分かりましたが、宮崎さんがお見えになった理由を教えて下さい」
「はい。私共の本位としては金森知事やモリさんと共に協力し合って、日本の再建を実現したいと考えております。しかしながら、あなたに刃を向けた政権与党に、あなたが加わる可能性はゼロに近いと認識しています。
そこでモリさんに与党の対抗軸となりうる政党を築き上げて頂き、組むべき箇所では一致して事に当たりたいと考えております。既存の政党を分析した上で、社会党が最もあなた方に適した政党だろうと熟考した上で判断致しました。
その上で斑山先生にご相談申し上げ、快諾いただけたという話です。梅下も何れお会いしたいと申しております。
本人は総裁選で伺えませんが、今回の決起における梅下の言動に、注目頂けると幸いです」
宮崎氏はそう言って頭を下げた。
「日本社会党」選択肢の一つとしてモリが考えていたプランが先方から提示された。
同党は議員勢力として国政、県政への影響力は皆無だが、長年に渡り市民運動と連携して来た政党で、思考心情として最も似通っている。
斑山氏が言うように、主要都市に拠点があるのでここを利用できる。プルシアンブルー社の支社の中に政党拠点を構える寄生虫プランを取る必要がなくなるので、プルシアンブルー社の支社は各都道府県別ではなく、地方ごとに置けば良くなる。今の岡山支店を中国支社、宇都宮支店を北関東支社に格上げすればいい。
中古車、中古品好きなモリには最も適した政党であるのは間違いない。
ーーー
「元首相と、別の元首相の孫で与党の若手のホープと目されている政治家がモリと接触した」という情報は政界で即座に広まる。与党の梅下議員の推薦人たちが率先して情報をバラ撒いたからでもある。
「モリとパイプがある」「モリと協議している」と党内に広まると、党内に対する牽制にも繋がる。更に連立政権時に与党が担ぎ上げた元首相も絡んでいるので、国を率いたノウハウと経験を持っている組合せとも言える。
民主党の首相、閣僚経験者と斑山元首相の違いでもある。
「仮に梅下が党の総裁になった場合、相談役に元首相を据えて、政策顧問もしくは大臣として金森知事とモリを使うかもしれない」そんな噂を合わせて流すだけで、総裁選で「誰を担いで成り上がろう」と虎視眈々と企んでいる各議員に、新たな選択肢が与えられた。
変革を実現している母子と組むだけで、国民の支持率は得られると誰もが考える。
梅下 温と秘書の宮崎は策士だった。
僅かなモリとのコンタクトだけで、総裁選の流れを変える事に成功する。
次は選挙戦直前の博多駅前の演説会の前に大分入りして斑山元首相を表敬訪問し、「国の長としての心構えやモチベーション管理など具体的な助言を受けた」と集まった記者の前で言えばいい。憶測や期待が思わぬ効果を生み出すかもしれない。
梅下は福井県の漁協を、地元の島根県漁協と共に訪問して、プルシアンブルー社の魚群探知機の説明を受けて、導入後の変化のレクチャーを受けて「島根漁協も導入します!」と答えた。
岡山県に島根農協と共に訪れてプルシアンブルー社のバギーが稲刈りする様を見て「島根農協も導入します!」と発言してから、「日本中で採用して、一次産業に従事されている方々の収入が改善できる支援策を打ち出します」と首相を担ったかの様な物言いをする。
岡山市内のPB Mart提携スーパーを視察して、店長や顧客から話を聞き、新岡山港でPBロジスティクス社の自動倉庫とドローン搬送に加えて、ネットスーパー用の新型ワンボックスカーで埠頭内を自らドライブし、AI naviの性能と新型エンジンの燃費に驚いている映像を動画投稿する。
「なぜ、このテクノロジーの数々が日本国内で販売されていないのでしょう?私が国政に関与するようになったら、即時普及するよう働き掛けて参ります」と発言し、自身の英語でのナレーションも加えられた動画が世界中に拡散する。
いつの間にか日本の政治家「Yutaka Umeshita 」の名前はプルシアンブルー社の広報担当のように浸透してしまう。
梅下を「格下」と呼んで、対立候補として見做していなかった各陣営は慌てる。
各陣営がモリと金森に接触しようとして断られたのも、梅下を除く全員が「前首相の内閣経験者」なので仕方がないと即座に諦めて、「絵に書いた餅」「大風呂敷」「夢物語」の数々を並べて、「私が総理総裁になった暁には〜」という動画を収録して流していたが、梅下の動画はプルシアンブルー社の効果が出ている実例なので、他の候補の動画より説得力があった。
直接、富山には行かずに、福井県と岡山県という与党県連の了解を得て撮影しており、プルシアンブルー社の了解を得ていた訳ではなかったが、
プルシアンブルー社の配送車両や物流倉庫まで見学すれば「同社の取材協力を得ている」と考えてしまう。
実際、各県のスタッフにはマスコミの取材は受けるように伝えていた。選挙のPR材料になるからだが、与党の総裁選に使われるとまでは流石に想定していなかった。
マスコミの梅下の評価も上がる。梅下政権に対する淡い期待に金森母子による政権への何らかの支援が含まれるような報道をするようになる。
梅下が伝えた福井県漁連と岡山県農協、スーパーと新岡山港の倉庫、ネットスーパー用の車両の取材要請が集中する。政治家以上のモノの見方・解釈が記者たちには出来ると思ったからだ。
金森富山県知事は官僚の言いなりになる年輩のロートル議員が総理総裁になるより、頭が柔らかい分まだマシだろうと、梅下総裁候補を評価していた。しかし「与党の総裁選に影響が及び兼ねないので、質問にはお答えできません」とノーコメントを貫いた。
この総理総裁選の煽りを受けて、岡山県と栃木・宇都宮に取材した記事や映像が流れて、現職の両県知事、と宇都宮市長の再選の確率は1割未満に落ち込んでいた。
お膝元の知事が落選すると影響が出兼ねない国会議員・県会議員が与党に直訴するが、総裁選の最中で、一人の候補者が支援を表明した内容でもあるので10月頭の総裁選後まで待てと言うしかなかった。
栃木県は更に複雑で、首相の座に近いとされる議員が総裁選に立候補していた。
しかし下馬評の低かった梅下議員にいつの間にか逆転され、プルシアンブルー社に批判的と見做されて、県知事、市長と共に落選確実な泡沫候補に変わっていた。
総裁選に立候補した議員にとって、同社を批判しなければ今まで支援してきた県知事と市長を裏切った事になってしまう。結果的に3者とも早々に落選し、議員に至っては表に出なくなってゆく。
ーー
鹿屋飛行場を飛び立ったP3Cは厚木基地へ向かい、C2輸送機3機はシカ5千頭とプルシアンブルー社員を載せて小松空港に向かった。
勿論、自分用の鹿肉と猪肉をモリはクーラーバッグに詰めて横浜へ持ち帰る。食い盛りの子供たちの腹を満たす為だ。
P3C哨戒機はC2輸送機とは異なり哨戒用途だけあって、民間機のような窓がある。それ故に退屈しないのだが、小松基地に向かった面々は窓の無い機内で過ごさざるを得ない。
アメリカ・カナダに向かうのも同じ輸送機なので長い時間の過ごし方を考えておく必要がある。
射撃手としてタイ陸軍の2人の予想以上のメドが立ち、自衛官達も2人に劣らぬレベルになったのと、富山のエンジニア達のレベルも確認出来たので、北米遠征の憂いは殆ど無くなった。
来週末の鹿児島・北薩森林管理区内でのイノシシ討伐では、北米での演習を想定した実践練習を重ねて現地に乗り込める。
隣席の志乃は娘の美帆の保育園があるので同行できず、サチも学校の授業があるので帯同できない。自身の貞操の心配な点が若干残るのだが・・
「玲子ちゃんと杏ちゃんが猟銃資格を取るそうですよ」
出発前に志乃が報告して来た内容にも引っ掛かっていた。志乃がライセンスを取ったのも先月の襲撃事件があって、猟銃がいつでも手元にある環境作りを五箇山の村長が提言したからだった。志乃が30代前半で姉達よりも体力的にあるので立候補した。40になれば姉達と同様に体力低下したら、女子大生にバトンを託すという趣旨だったが、「組織」から支給された潤沢な数の銃がある今、彼女達に銃を保たせる必要が薄れていた。
「失礼します。警察本部より連絡が入っています。操縦席までお越しいただきたいのですが」
海自の副操縦士に言われて立ち上がる。到着2時間後まで待てない内容なのだろうかと思いながら後についてゆく。都議が哨戒機に乗れるとは思わなかったと半ば高揚しながら、操縦席に入って、受話器を取るように機長が手を向ける。馴染みの警視庁公安部からの電話だった。
「篠山です。本日与党の総裁選の演説会が博多駅前であったのですが、候補者の梅下議員が銃のようなもので撃たれました。病院に搬送され命に別状はありませんが、念の為モリさんのご家族、富山知事周辺の警戒レベルを上げます。機内のWifi装置を起動するので、モリさんから知事と横浜、大森の家にメールを送って頂きたいのです。警戒レベルを上げるのと暫く外出を控えて頂きたいのです。横浜と富山の家はネットスーパーのようなサービスは受けていますか? 無いようでしたら担当の者に買い物メモを渡していただければ代わりに参ります」
「買い物は大丈夫です。それより、犯・・」
「その場で頭を撃ち抜いて自殺しました。手足の指を塩酸のようなもので溶かしているのでまだ特定できませんが、恐らく指紋を取られたことのある元犯罪者でしょう」
質問の途中で被せてきた。操縦士達には聞かれたくないのだろう。
「了解しました。では事前に連絡しておきます」
「ご理解いただけたようですね。色々制約がありまして申し訳ありません。今から5分後から10分の間でメールの送信をして下さい。宜しくお願いいたします」
「分かりました」腕時計を見ながら言って電話を切り、謝意を告げて操縦席を出た。
演説会の議員が襲われる・・おかしな国になってしまったなと憂いながら席に戻った。
(つづく)
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