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森羅万象・万物万象・南無阿弥陀仏

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大院海の短編小説まとめです。
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#小説

【短編】しろいつばさ

【短編】しろいつばさ

「だめだよ、こちらに来たら」

今日も見つけてしまった。ああやっぱり、この世はほんとうにつらいことばかりなんだね。何時になってもこの世は変わらない。私が此処を眺め続けて、もういくつの生命が巡り続けたのだろう。眼前に広がるパノラマには、今にも思いつめた顔をして、わっかの形をしたロープを手にしている好青年。対して私は、ゆらゆらとあの世からこの世を漂うユーレイ。もうどれだけ、こんな人間を目にしてきたこと

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【短編】冬の春はまだ来ない-2020ver.

【短編】冬の春はまだ来ない-2020ver.

 建物から外に出たときに、その温度差に身を竦めた。首に巻いたマフラーの隙間にふと、流れ込んだ冷たい風が肌を刺す。一瞬にして外気に晒され、触れた鼻がツンと赤く染まる。少々暖房の効きすぎた商業施設の中は、どこもかしこも人だらけで。そして、皆々が誰かに寄り添い、温かな表情をしていた。自動ドアの前で立ち尽くす自分に、今しがた怪訝な目線を送ってきたあの女。その右腕に男のそれを絡めて、蕩けた顔をして追い越して

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【短編】かくしてこころ

【短編】かくしてこころ

 ラブレターを書こうと思う。
拝啓、愛してはいけなかった人へ。

 貴方は今も元気でいますか。同じ空の下で呼吸が出来ていますか、その生活は、豊かなものでありますか。そうであることを強く祈っています。私には、それしかできないから。きっと、これが正しい選択であったのだと、心から思えるようになる為に。

 拝啓、愛しい人へ。貴方の隣には誰かがいるのでしょうか。私の周りには大好きな人がたくさんいますが、隣

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【短編】あたしのちっちゃな宇宙

【短編】あたしのちっちゃな宇宙

 あたしのおなかには、「ウチュウ」がすんでいる。いつからあたしのおなかにいるのか、それは思いだせない。ずいぶん前だった気もするし、本当にさいきんだったような気もちもする。でも、ふと気がついたら、ウチュウはあたしのおなかにいたんだ。

 あたしはママがつくるハンバーグが大すきだけど、ウチュウはナスとかやさいがいっぱいのやきそばが大すき。だから、いつもやきそばの日はウチュウがはりきって、ほんとうにおな

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【短編】ふかい

【短編】ふかい

 春だか夏だか秋だか冬だか知らないけど、天気は暑く成ったり寒く成ったり鬱陶しい。私にはすべてを包み込む丸く温かい日差しも、焦がし尽くそうと刺す日差しも、頭上から絶え間なく落ち続けるあの水滴たちも、何がしたいのか理解出来ない。理解したくもない。どうしてずっと同じ場所に在り続けているのに、そこまで変化するのか?何故この世界には、変わらないもの、というものが存在しないのだろうか?

 はっ、と届きもしな

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【短編】Stalactitesed

【短編】Stalactitesed

 今から少しだけ前に、毎日その中心を通った校門。隅にはちんまりと「文化祭」の看板が立てかけられていた。あぁ、変わんない。そっと一瞥した後、入り口で受付を済ました。卒業生です、と告げた時に受付をしてくれたのは、見知らぬ先生。そうか、来てくれてありがとう、とにこやかに応対してくれた。ありがとう、なんて言われる筋合いは私なんかに、ないのに。先生、というひとはどうも優しいらしい。少し歩いて、滅多に通らなか

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【短編】falling

【短編】falling

「今年もまた、来ちゃったよ」

そんな私を、君が笑ったような気がした。 いつもみたいに、私とは正反対だった長い髪を垂らした、君が。

 今は文化祭の中夜祭真っ最中。装飾の残った、薄暗がりの校舎の中はがらんどうとしていて、ほとんど誰もいない。それでもそっと目を閉じると、ついさっきまでの喧騒が頭の中で強く投射されて、生徒達の残した微かな高ぶりを感じることができる。

  私は、この虚空に浮かんだ時間

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【短編】まどろみには届かない

【短編】まどろみには届かない

 ありきたりな人生だった。

 年を重ねるなんて本当は大それたことでもなんでもなくて、ただのうのうと息をしていればいいだけだった。それなのに、そんなことすら、できなくなっていたのだ。彼は。わたしは。これからどう生きていけばいい。屍のように踊り続ければいいのか、死人のように口なしでいればいいのか。そう、まどろんだ思考をしているこの瞬間にも着々と今は過去になって、未来が今へと差し迫る。今はいくらでもや

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