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【短編】falling

「今年もまた、来ちゃったよ」

そんな私を、君が笑ったような気がした。 いつもみたいに、私とは正反対だった長い髪を垂らした、君が。

 今は文化祭の中夜祭真っ最中。装飾の残った、薄暗がりの校舎の中はがらんどうとしていて、ほとんど誰もいない。それでもそっと目を閉じると、ついさっきまでの喧騒が頭の中で強く投射されて、生徒達の残した微かな高ぶりを感じることができる。

  私は、この虚空に浮かんだ時間が好きだ。世界からまるまる、人間という存在が消え去ったみたいで。
 無論、そんなことはありえないのだけれど。


 ……屋上のフェンス。いつもは閉ざされているけれど、今日だけ開くその場所。そしてその隅っこで錆びた、一枚だけ外せるフェンス。みんなみんな、教えてくれたのは君で。


「まったくほんと、どうしてあんなのを」
呆れ顔で呟いて、その言葉を吹く風に溶かす。講堂の方向から、何やら賑やかな声が聞こえていた。きっと、軽音部か何かが舞台でパフォーマンスをしているのだろう。普段なら近くに感じるはずの音も、今の私には幕を何枚も隔てた、向こう側の世界の出来事みたいだった。そうこうしているうちに、あっけなく外れたフェンスの場所へ、そうっと腰掛けてみる。それから、両の目に広がる、夕日に滲む町並みを見るともなしに眺めていた。視線を下に落とすと、はためくスカートの裏側からまるで虫みたいに、赤、黄色、水色、蛍光ピンク、黄緑といったカラフルなTシャツを着た人達が群がって、かと思えば散っていくのが見えた。
 ビュンビュン吹く強い風に煽られて、バサバサと髪が乱れる。あれから切らずにいた髪はもうあの時の彼女ぐらいに伸びてしまった。耳元でゴワゴワ鳴り続ける、黒に細切れされた視界の狭間で、過去を少し、思い出す。


 『人が目の前で消えたら、面白いと思わないかい?』

 ……最初は冗談だと思った。なのに、その目はありありと現実を見据えていて。その目は本当に最期、君が私に笑みを向けながらここから飛び降りた……いや、消えた時までそうだった。あの笑みを、私は一年経た今でも忘れられずにいる。あの時の表情がビタリと脳みそに焼き付いて。それこそ、忘れることなんて許さない、と彼女に言われているような気がしていた。既に彼女は、塵すら散らさずに消えてしまったというのに。……この感情に、名前を付けることは出来なかった。だけど、たった一つ、今、彼女に言えることがあるとするならば。


「ねえ、会いたいよ、」


 刹那。

 嵐のような風が吹いて、身体はよろめき、頭から地面に引っ張られた。 今までに体験したことのない力が身体にかかるのを感じる。

 不思議と、心は凪のようだった。


 ──あぁ、これが走馬灯なのだろうか。だって、あの時の笑みで、カサついた指先で、私の頬に触れるのは。


「っ、あのさ」

「うん」

「私、一つだけ後悔してたんだ。あの時に、君も一緒だったら良かったのにってさ」

「……そっか」



それはお互い様だという風に、どちらともなく身体を寄せ。


 また一人、少女は余興に消えていく。

めっちゃ喜ぶのでよろしくお願します。すればするほど、図に乗ってきっといい文を書きます。未来への投資だと思って、何卒……!!