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【短編】Stalactitesed

 今から少しだけ前に、毎日その中心を通った校門。隅にはちんまりと「文化祭」の看板が立てかけられていた。あぁ、変わんない。そっと一瞥した後、入り口で受付を済ました。卒業生です、と告げた時に受付をしてくれたのは、見知らぬ先生。そうか、来てくれてありがとう、とにこやかに応対してくれた。ありがとう、なんて言われる筋合いは私なんかに、ないのに。先生、というひとはどうも優しいらしい。少し歩いて、滅多に通らなかった大きい玄関から校内に入る。とたん、目に飛び込む色とりどりの装飾。ここぞとばかりに力のまま叫ぶ、呼び込みの声。どれもが私を異空間へと包み、日常の延長線上へと誘う。ふと、この賑やかさに何年も前は自分も加担していたのだ、ということを思い出した。キュウ、と痛みだす心の奥と、駆けていく華やかな少女たちの影に、心の底から思い出が融解しはじめた。ああ、そんな時の流れの速さを恐ろしくとも、悲しくとも思う。私はようやく、活気の根源、教室へと廊下を歩き始めた。

 ぶらりとあてもなく歩いているつもりなのに、やっぱり、どうしても、あの背中を探してしまっている自分に気が付いた。あの、授業中に飽きるほどに向けられたそれを。あの猫背がかった背中にかかった、シャツのしわを。あの人はシャツを着るというより、身に纏うといった表現の方がしっくりくるような着方だった。……今もなお、私はそんなことまで思い出せてしまう。とっくに過ぎた、昔のこと。そう思ってしまえばそれまでなのに、だけど、だったらどうして私は、こんなにも胸が苦しいんだろう。

 懐かしさと昔のほろ苦い思い出が、痛いほど胸を締め付ける。何ともいえないこの気持ちは羞恥心か、はたまた過去の愛情か。そこまで考えて、もう居ても立っても居られなくなった。廊下の中心でキッと方向を変えて、ダメもとで職員室への階段を昇った。

 一段、一段を踏みしめる足元は、もうあの時の上履きではない。揺らすスカートも、シャツも、あの時みたいなひとつに揃えさせられたものじゃない。だからだろうか、呼吸が震えてしまう。あの時みたいに、少しだけでも、だなんてと期待してしまう。

 顔を上げたときの、踊り場から見える風景。ほんのちょっぴり涙が出た。どうしても諦められなかったあの日と、全く変わってなくて。

 一歩ずつ、段々と近づく職員室前の廊下。そこを颯爽と通りがかった人物を一目みて立ち止まった。まさか、そんな。そんなことって。目から入ってくる事実と頭と心がちぐはぐで。それがひとつに繋がった一瞬、数秒の静止の後、全速力でその姿を追った。

 その姿は、あの時のまま。……忘れたかった。忘れられるわけ、無かった。どうしたって心に引っかかって、嫌でも辛くても諦められないから、溢れ出てしまった。

 だって、好きだったから。

上がった息のまま、私はその猫背に呼びかける。

「先生!」

その人は弾かれたように振り返る。表情を一瞬驚かせた後、すぐにいつものふにゃりとした笑みを浮かべて。

「よぉ、久しぶり。元気してたか?」

  ――差し出された左手には、きらりと光る指輪がついていた。


めっちゃ喜ぶのでよろしくお願します。すればするほど、図に乗ってきっといい文を書きます。未来への投資だと思って、何卒……!!