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秋鮭デリバリー|掌編小説

 ――ピンポーン

 私は「はぁ……」と大げさに溜息を吐く。仕事の〆切間近で集中している時の「ピンポーン」ほどイラつくものはない。作業が強制中断される。
 郵便屋さんや宅配便の人はいいのだ。まぁもっとも、出来るだけ「ピンポーン」を聞きたくないので、営業所で受け取ることがほとんどだが。

「はいはい……」

 ドタドタと玄関へ行き、ガラッと乱暴に引き戸を開けると、2メートルを超えるであろう、ヒグマが立っていた。クマは「ん」と、手に持っている秋鮭アキサケを差し出す。

「もうそんな時期か」
斜里しゃり網走あばしりも、海岸沿いは車で一杯や」

 クマが迷惑そうに言う。

 9月から10月にかけて、産卵のために戻って来る秋鮭を狙い、オホーツク海には釣り人達が殺到する。違法駐車のオンパレードで、アイドリングストップなんて言葉は一切通用しない。私にとってはこの時期の風物詩で何とも思わないが、野生動物達にとっては迷惑極まりないだろう。

「あとでゴミ拾い、手伝ってな?」
「ああ、任せろ」

 釣り人達の置き土産は、大量のゴミ。野生動物達がそのゴミをせっせと拾っていることを、人間達は知らない。
 私はたまにゴミ拾いを手伝う。最初、動物達は私のことを警戒して近寄って来なかったが、声をかけてくれたのはこのヒグマだ。てっきり「人間ってやつは」とか、文句を言われるものだと覚悟したが、「風邪引くなや」と、まるで近所のおっさんみたいなことを言うもんだから、あやうく笑いそうになった。

 それからは、そのクマは毎年私の家に秋鮭を届けに来てくれる。動物達の間で、「オホーツクの山の中に住んでる変わり者がいる」と、私のことは有名なようでらしく、家はすぐに分かったらしい。

 初めて来た時、力任せに玄関のドアを開けようとするので、「ここのボタンを押して、30秒くらい待って」と教えたら、「めんどいわ。勝手に入ってええやろ」と言うので、「いきなり家の中にクマが入って来たらビックリするから、それだけは頼むよ」とお願いし、クマは渋々承諾した。

「〆切の方はどうや?」
「相変わらず」
「そんな生活、楽しくないやろ」

 そう言うと、クマはくるりと背中を向け、のっしのっしと歩いて行った。まるで岩のような背中だ。

 今日も聞き忘れた。

 どうして大阪弁なのかを。

(了)


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体調戻らず……でも、〆切は迫ってくるのよ。


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