海へ還る|ショートショート
「あのー、ちょっと、そこのお若い人」
「はい?」
商店街の端っこでいきなり声をかけられた。人懐っこい笑顔の、年配のおじさんだ。
「もしかして、海の近くにお住まいでは?」
「ええ、まぁ」
「やっぱり。いや、海の香りがしたものですから」
思わず服の袖の匂いをくんくんと嗅いでいると、おじさんは「ちょっと待っててください」と言い、店の奥へと入って行った。一瞬「何かの勧誘かな?」と疑ったが、おとなしく待つ。
店の中を覗くと、石ころや木の切れ端、割れたガラスのコップなどが棚に並んでいる。雑貨屋に見えないこともないが、どれも商品に見えないような、言っちゃ悪いがガラクタのようなものばかりだ。
――こんなところに雑貨屋なんてあったかな……。
不思議に思っていると、おじさんが戻って来た。
「実は、ちょっとお願いしたいことがありましてねぇ」
おじさんは卵と同じくらいの、丸い透明なプラスチックケースを差し出した。中には小さな貝殻が入っている。
「これを海に返してほしいんです」
「返す? 海に?」
「夕暮れ時、砂浜に置くだけで良いんです。そしたら本来の姿に戻りますから」
僕が「はぁ」と、ため息とも返事とも取れない声を出すと、おじさんはそれを気にする様子もなく、「じゃ、よろしく」と言って、また店の中に入って行った。
ケースの中の貝殻をまじまじと見る。
――本来の姿ねぇ。
意味が分からないが、預かってしまったものは仕方ない。夕暮れ時、僕はケースから貝殻を取り出し、砂の上に置いた。すると、貝殻は見る見るうちに大きな帆掛け船になった。
唖然としている僕に「おーい! もうすぐ出港だぞ!」と船から声がした。
「今行くよ!」
僕はためらうことなく、船に乗り込んだ。
胸が躍っていた。
(了)
ネットラジオ「大原さやか朗読ラジオ 月の音色~radio for your pleasure tomorrow~」の「月の文学館」に応募し、採用された掌編です。
テーマは「カプセルトイ」でした。
こちらもどうぞ。
ありがとうございます!(・∀・) 大切に使わせて頂きます!