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最後のウイルス ⑦ 「連載小説」

感染8日目

昨日研究所で聞いてきたことは両親には言わなかった。ただ研究用血液の提供を依頼されたとだけ話した。父と母はリビングで食事をしている。
レトルトのカレーを食べながら、二人とも味が薄く感じると言っている。味覚を失い始めていると幸太郎は思った。
本当に時間がないのを自覚するとどうしても残りの時間は優子と過ごしたいと思った。
幸太郎は両親に今日は優子の家に泊まることを告げて昼からで出かけた。

「幸太郎君、どうだった?治療法とかありそうだった?この後どうなるのかな?」
心配そうに聞く優子に
「ワクチンを作りたいらしくてとりあえず血液の提供を依頼されたよ。まだ時間はかかるらしい。」幸太郎はぶつかる男のことを思い出した。優子もああいう風になって行くのかと思うと苦しかった。
「優子、ちょっと外出しようか?ずっと部屋の中じゃ気が滅入るよ。」
「でもうまく歩けないと思うよ」
「自転車二人乗りすればいいよ。後ろで座ってれば大丈夫だよ」

優子のマンションを出るとすぐに下りの坂道になっている。そこを自転車で走った。
頬に当たる冬の風は心地よかった。優子は幸太郎の背中にしがみついている。
「大学に行ってみようか」二人の時間が始まった場所に行きたかった。
「うん」
誰もいない街を二人だけで進む。貴重な時間が流れているのがわかった。世界に二人だけしかいない感覚になった。それはとても贅沢で絶望的なものだった。幸太郎には自分がどういう心境なのかもうわからなかった。ただただ一緒にいたいということだけだった。
できるだけ永く。
大学には誰もいない。食堂内は施錠されていて入れなかったがテラス席には座ることができた。
優子は家から紅茶を水筒に入れて持ってきていた。少しでもカフェでデートしている雰囲気を作りたいらしい。二人で飲みながら話す。
「そういえばごめんね」優子が言う。
「何のこと?」
「この症状が出始めた最初の日に電話かけてくれたでしょ?あの時わざと出なかったんだ。私の声が幸太郎君には男の人の声に聞こえると思うと何だか嫌で、、」
「そうだったんだ。でも俺は症状出ていないし全然大丈夫だよ。優子のままだし。逆に俺の声が優子には女の人の声に聞こえてるわけだから、何というか不安な気持ちになる。」幸太郎は自分は男として見られているのかどうか気になっていた。
「目も見えないし聞こえる声も話し方も全然違うから正直なところ幸太郎君と話してるっていうよりも知らない女の人といるように思ってしまうときもあるよ。でも幸太郎君だっていうことは確信してるから昔の事を思い出したりして、自分に言い聞かせてる。」
もし自分自身が目が見えなくなって優子の声が図太い男の声に聞こえたら恋愛感情は保てるだろうか?幸太郎には自信がなかった。
「やっぱり前みたいに俺と一緒にいるっていう感じはしないの?」
「うーん。話してる内容で幸太郎君だってかろうじて分かる感じかな。これまでみたいにとはいかないけど。この病気が治ったらたくさんの人が人を見た目じゃなくて中身で考えるようになったりしてね。」幸太郎はそうなればいいと思ったが、この症状が元に戻れば、人間は今までどおり、見た目にとらわれるとも思った。しかしそれでもいいと思う。人は目に見えるもので判断もするが、同時に目に見えないものでも判断しているのかもしれない。それは出会った瞬間もその後も。

「もし、人がこのままの状態で生きていくとしたら、これから初めて恋愛する人は恋人をどうやって選ぶのかな?」幸太郎は言う。
「私の想像だと男性の声も女性に聞こえるわけだからなかなか難しいかもしれない。見た目もわからないし、声も同じだから話す内容で人を判断するっていっても、ちょっと無理かも。何だか全ての人が個性がないみたいに思うかも。」

「もし二人ともこの状態で出会っていたらどうだったんだろうね?」
「幸太郎君の方こそどう?私の声が男性に聞こえているとしたら私のこと好きになった?」
幸太郎は答えるのに少し戸惑って
「いい友達から始められたのは間違いないよ」と答えるのが精一杯だった。
仮に見た目も関係なく、声も同じで人類が完全な無個性になり、話している内容のみで個人の人間性が評価される世界が実現したとしたら、それはどんな世界だろうか?人は人を求めるのだろうか?公平な世界なんだろうか?人は争いを止めるんだろうか?ヒエラルキーは無くなるんだろうか?本当の意味でいい世界なんだろうか?
幸太郎は答えの出せない多くの問題が頭をよぎったが、考えないようにした。今は優子との時間を大切にしたい。そろそろ帰ることにした。

                 続



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