なんでもレーダー。


 「よし、出来たぞ」
研究室。窓から空を眺めていると、背中からそう声が聞こえた。
「博士、完成ですか?」
この人は発明家で、自分は助手だ。自分の上司とも言うべき人だが、「鉄腕アトム」を読んで発明家になったこの人は、自分を「博士」と呼ばせる。
「おう、やっと出来たよ」
「今度は何をつくったんですか?」
「レーダーだ」
「レーダー?何を探せるんですか?」
そう聞くと、博士は自信満々な顔を向けた。
「なんでもだ」
「なんでも?」
「あぁ。どんなものでも、なんでも探せる。お前、何か探したいものあるか?」
博士がレーダーを渡す。手の平サイズで長方形の板の形。画面が大きく、丁度スマートフォンのような形状だった。
「そこのマイクに話してみろ」
「じゃあ…」と、マイクに口を近づける。
「さっき失くしたレンズ」
そう、マイクに向かって話す。博士は、「お前、もっと他にねぇのかよ」とぼやいていた。
「いや、困ってたんですよ」
そう返す間に、レーダーには矢印が示されていた。
「お?」
「そっちに行ってみろ」
そう言われるまま、レーダーの示す方向に広い研究室を進む。自分のデスクの周辺で画面がカメラに変わった。
「おぉ」
そして、カメラが床を映し、赤い丸印がつく。画面をさわり、そこをズームする。画面に、直径一センチほどの小さくて薄いレンズが見えた。
「あった!」
それを、ピンセットで丁寧に拾い上げた。
「良かったー。これ、探してたんですよ」
「これ、なんだよ?」
「いま開発中の双眼鏡のレンズです」
また失くしてしまわないように、すぐに製作途中の双眼鏡にレンズをはめる。
「こんなくだらねーもんに俺の新発明使うなよ!」
「くだらなくないですよ!これ、すごいんですから!」
「…どうすごいの?」
「…まず、小さいです」
双眼鏡は、丁度手の平におさまるサイズだった。
「そんなもん、よくあるだろ」
「それから、昼間でも星空が見えるんです」
「…ん?」
「今は昼間だから見えないですけど、星は空に存在してるじゃないですか」
「おう」
「その、星の放つかすかな光をキャッチして、昼間の明るい時間でも、星空が見えるんです」
「…へぇ」
あからさまに興味のなさそうなその反応に、「…もう、いいです」と諦めた。

 「でも、これがあればどんな小さいもの失くしても見つかりますね」
「小さいの限定じゃないけどね」
博士が不満そうに言う。
「それに、失くしものだけでもない」
「え?」
「貸してみ」
博士がレーダーを持つ。そして、マイクに口を近づけた。
「何か、甘いものが食べたい」
レーダーが矢印を示す。研究室の、薬品やサンプルが保存してある冷凍庫に向かっていた。
「あ、まずい」
そう声が漏れる。博士を止めようとするが、博士はもう冷凍庫の中を探っていた。
「あ、お前!」
そう声を出す。
「こんなもん隠してやがったのか!」
博士が冷凍庫の奥から高級アイスを取り出した。休憩室の冷蔵庫に入れるとバレるので、こっちに隠していたのだった。
「さっさと全部食っちまえば良かった」
そう嘆く間に、博士は高級アイスの箱を開けていた。

 「でも、便利ですね、それ」
高級アイスをかじりながら言う。「だろう」と博士も自信満々の顔でアイスをかじった。
「でも、なんでまたそんなものを?」
「決まってんだろ」
またアイスをかじった。
「もう、独身はイヤなんだよ」
「…あぁ」
そう、苦笑いする。博士は四十を越え、そろそろ五十の年齢が見えてくるのに独身だった。博士は以前、「愛情計」というものを開発しようとした事がある。それで相手の気持ちを測り、自分に好意のある女性を口説こうとしたのだ。
 しかし、愛情計の開発は難しく、頓挫した。博士が最後に言った、「そもそも、気持ちを測る相手がいないわ」という一言が忘れられない。

 「よーし、いざ」
博士が、マイクに口を近づける。
「未来の奥さん」
レーダーが、すぐに矢印を示す。「おい、意外と近いぞ!」と博士が喜ぶ。
「…これ、この建物内じゃないですか?」
「そうか!密かに俺に惚れてた子がいたんだな!」
博士が、すぐに研究室を飛び出した。その後に続く。
「む、近いぞ!」
レーダーは、このビルの入口へと導いていった。そして、画面がカメラに変わる。画面の端っこの矢印の方向にレーダーを向けた。
「…おいおい、まじか!」
博士が大喜びした。レーダーには、受付に座る美人と評判の女の子が映っている。
「おい、信じられないな!あの子、俺の事好きだったのか!」
博士は有頂天になっている。しかし、おかしい。あの子には、スマートな彼氏がいたはずだ。
「よし、行くぞ!」
「ちょっと待ってください」
はしゃいでいる博士を止める。
「…もしかして」
「なんだよ」
不満そうな博士をおいて受付に近づき、女の子に声をかける。
「すいません」
「はい?」
「…もしかしてですけど、最近、プロポーズされました?」
「なんで分かるんですか!?」
女の子が幸せを顔いっぱいに浮かべた。それに比例して、博士の顔が絶望に沈む。女の子には「いや、なんとなく、幸せな雰囲気が溢れてたので」とごまかした。

 受付の女の子に高級アイスをプレゼントし、研究室に戻った。
「博士、そういうことですよ」
「どういう?」
「別に、博士の未来の奥さんじゃないってことですよ」
「…なるほど」

 「どうすりゃいいんだ…」
博士が頭を抱える。
「いや、言い方を変えたらいいじゃないですか」
「ん?」
「例えば、『俺の未来の奥さん』とか」
「…なるほど!」
博士の顔が明るくなる。こんな発明を思いつくのに、なぜこんな簡単なことに気づかないのかと不思議になる。
「なら、改めて」
博士がマイクに向かう。
「俺の、未来の奥さん」
しかし、レーダーはうんともすんとも言わなくなった。
「なんでじゃ!」
博士が叫ぶ。しかし、受付の女の子はちゃんと表示されていた。故障などではない。
「…博士が誰かにプロポーズしてからじゃないと、成立しないんじゃないですか?」
「どうすりゃいいんだ…」
また頭を抱える。「貸してください」とレーダーを受け取った。
「うーん…」
少し考え、言葉を選ぶ。そして、口をマイクに近づける。
「博士の、未来の奥さんになり得る人」
そう言う。博士が、期待を込めた目をこっちに向ける。
「…おぉ!」
思わず、声が出る。レーダーには矢印がたくさん表示され、何がなんだか分からないぐらいだった。
「これ、すごい人数ですよ!」
「まじかー!」
博士が喜ぶ。
「隣の部屋にもたくさんいるぞ!」
隣の部屋には、十二個もの矢印が表示されている。
「よし、行くぞ!」
博士が隣の研究室に入る。勢いよく扉を開けたため、中にいる全員の注目を集めてしまった。
「おぉ、可愛い子がいっぱいいるじゃないか!」
博士が喜ぶ。
「…あ、ちょっと待ってください」
「またかよ、なんだよ」
その部屋にいる女性の人数を数えた。
「…やっぱり」
「なんだよ?」
「これ、女性はみんな表示されちゃってます」
「え?」
研究室にいる女性の人数は、ちょうど十二人だった。
「どういうことよ?」
「つまり、女性であれば、みんな可能性がゼロではないってことになっちゃうんですよ」
「それじゃあ、これあっても無くても変わんねーじゃねーか!」
博士がレーダーを投げる。空中を舞うレーダーが地面に落ちる前にキャッチした。
「なにしてんすか!」
そう言うが、博士はもうその場にいなかった。研究室の人たちに、「お騒がせしました」と謝り、自分の研究室に戻った。

 「急にいなくならないでくださいよ」
部屋に戻ると、博士はもうレーダーの改良に向け、パソコンに向かっていた。
「手伝いましょうか?」
「いらん。お前は信用ならん」
「なんでですか」
「お前には必要ないから、真面目にやらんだろ」
「そんな事ないですよ」
そう言うと、博士は「けっ」とわざとらしく不満そうな顔を作った。
「あんなに、背の低くて可愛らしい奥さんがいて、何が必要な事があるんだか」
「いや、嫁探しのためだけの道具じゃないでしょう」
そう言うが、博士の耳には届いていなかった。
 「…あ、そうだ。博士」
「なんだ、改良案か?」
「いえ、今度、彼女の誕生日なので、お休みください」
「勝手にしろっ!」
「それと」
「なんだよ」
「これ、少し借りてもいいですか?」
「勝手にしろっ!」
博士が投げやりに言う。確かに、博士の目的は果たせなかったが、レンズも高級アイスも見つかり、受付の女の子の結婚も判明した。このことが、このレーダーの正確さを物語っている。今の自分の悩みを解決するのに、役に立ちそうだった。

 「ただいま」
研究室を後にし、家に帰る。背の低くて可愛らしい奥さんが迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
そう言い、靴を脱いで家に上がる。
「…何か、いいことでもあったんですか?」
そう聞かれる。
「なんで?」
「顔が笑ってましたよ」
「いや、今日、博士がさぁ…」
そこまで言いかけて、やめた。レーダーの話はできない。
「どうしました?」
「博士がさぁ、隠してた俺のアイス見つけやがったんだよ」
「あら」と奥さんが可愛く笑う。
「だから今度、もっと高級なアイスおごってもらう」
「食べ過ぎて、太らないでくださいね」
そう、また笑った。「気を付けるよ」と頷く。

 風呂に入り、ご飯を食べた後、ベランダに出て星空を眺めた。最近、ずっとこうしている。空には、星空が浮かんでいる。この輝きが昼間も見えたら、こんなにステキな事はないなといつも思う。
「また空を見てるのですか?」
奥さんがガラス戸を開けた。「うん」と頷く。
「仕事で、ちょっとね」
「お風呂も入ったので、風邪ひかないでくださいね」
「ありがとう、もう入るよ」
そう言い、部屋の中に入った。

 次の日。その日は、外で双眼鏡のテストをするつもりだった。このテストをクリアすれば、ほぼ完成と言える。
「すいません、外に行ってきていいですか?」
博士にそう聞く。博士はレーダーの改良に夢中で、「あ?あぁ…」と適当な返事を返した。
「行ってきます」
そう言って、外に出た。

 研究所の外に出る。外に出た目的は、もう一つあった。博士から借りたレーダーを取り出す。そして、マイクに口を近づけた。

「彼女の、欲しいもの」

そう、マイクに向かって話す。そろそろ訪れる彼女の誕生日。そのプレゼントをここ最近ずっと悩んでいた。そこで、このレーダーに頼ることにした。
 レーダーを見る。矢印でなく、地図が表示され、そこい赤い印がついた。
「…公園?」
そこは、近所の少し大きい公園だった。遊園地になっているわけでも、お土産が売っている訳でもない。ただ何もなく、少し広くて自然が多いというだけだ。その自然の多さを好む人はいるが、特別な何かがあるわけでもなかった。
「…行ってみるか」
レーダーを信じ、その公園に向かう。

 「やっぱり、何もないな」
そう思う。空気は良く、景色も良い。緑が多く、風が吹くと心地よさを感じた。だが、何かめぼしいものがあるわけでは無かった。
 レーダーを見る。カメラに切り替わった画面に、上を示す矢印が表示されている。その方向にレーダーを向けた。
「…あれ?」
レーダーは、白い雲を浮かべる青い空を映したっきり、うんともすんとも言わなくなった。
「故障か?」
そう思い、レーダーを下げると、また矢印が上を示す。示すまま、その方向に向けると、また何も言わなくなるのだった。
「…なんなんだ?」
レーダーをカバンにしまった。結局は、失敗作なのだろうか。

 「…あ、そうだ」
この公園なら、丁度いい。双眼鏡のテストをすることにした。カバンから取り出してレンズを覗き、空を見上げる。
「…おぉ」
思わず、声が出た。テストの結果は、バッチリだった。
 双眼鏡を覗く自分の視界に、今まで見たことのない青い星空が広がっていた。雲に隠れた星ですら、その光をキャッチし、しっかりと輝いていた。
「よし、これはいいぞ」
そうつぶやき、双眼鏡をカバンにしまった。

 「ただいま」
家に帰る。背の低い、可愛らしい奥さんが「おかえりなさい」と迎えてくれた。

 晩御飯を終え、二人でコーヒーを飲む。その時、切り出した。
「…あのさ」
「はい?」
「こんなことを聞くのは、申し訳ないんだけど…」
「…なんですか?」
「そろそろ、誕生日だね」
「ですね」
「何か、欲しいものはある?」
彼女は、「ふふふ」と笑った。
「別に、謝らなくていいですよ」
「…うん」
「欲しいもの…。そうですねぇ」
彼女が、指を顎に当てて考える。その仕草がとても可愛かった。
「行きたいところでも、いいですか?」
「もちろん、いいよ。どこでも連れてってあげる」
彼女が、近所の公園の名前を出した。この間、レーダーが示した公園だ。
「いいけど…、あんな所でいいの?」
「えぇ、いいんです。ただ、夜遅くに行きたいんですけど、構いませんか?」
ますます分からなかった。あの公園の唯一のいい所と言えば、いい景色だ。夜になったら、その景色すら見えない。
「いいけど…、夜でいいの?」
「はい」
彼女の誕生日は家で食事をした後、公園に行く約束をした。

 そして、彼女の誕生日当日の夜。二人ででかけた。公園に辿り着き、車を降りる。
「…大丈夫?寒くない?」
「はい、大丈夫です」
彼女が頷く。そして、広場の中心に向かった。
「この辺がいいです」
「いいね」
丁度、公園の真ん中。そこに、レジャーシートを敷いた。そして、あたたかいコーヒーを淹れる。
「改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
そう言い、二人で乾杯した。
「この公園、空気が澄んでて気持ちいいね」
「ですね。コーヒーも一段と美味しい気がします」
そう言って、コーヒーをすすった。その仕草に愛おしさを感じる。
「…でも、本当はちょっと残念です」
「…え?」
「この公園。晴れてればすごくキレイな星空なんです。でも、今日はダメみたいです」
彼女が、空を見上げる。空には雲がかかっていて、星は見えなかった。彼女は顔に落胆を浮かべていた。
「星空が見たかったの?」
「そうなんです」
「これ、覗いてみて」
開発中の、双眼鏡を取り出す。
「双眼鏡ですか?」
「うん」
彼女が双眼鏡を覗く。
「わぁ、すごい」
そう、笑う。この笑顔が見たかったんだ。
「でも、どうして?」
「ん?」
「星空は見えてないのに、どうしてこれを覗くと星がたくさん見えるのですか?」
望遠鏡の仕組みを説明する。また、「ふふふ」と笑った。
「やっぱり、難しいです」
「そっか」

 「良かった」
「え?」
「いや、結局、欲しいものも聞いちゃう始末だし、なんか、自分の力で喜ばせてあげられてない気がして。でも、ちゃんと、自分の力で喜ばせてあげられたなって」
「そんなこと」と、微笑む。
「でも、ありがとうございます」
彼女が、小さくお辞儀をする。とても可愛かった。
「実は、もう一つお願いがあったんですけど、いいですか?」
「もちろん、いいよ。なに?」
「星の話、聞かせてほしいんです」
「星の?」
「はい。いま、星のどんなことを研究されてるのですか?」
「研究の話が聞きたいの?」
「はい。実は、お仕事の話を一度聞いてみたかったんです。あなたが、仕事でいつも何をがんばっているのか。でも、研究なんて私には難しくてわからないので、聞けずにいたんです。この望遠鏡の仕組みも、ちんぷんかんぷんですし。でも、最近は星空を研究されてるみたいだったので、それなら、少しは分かるかなって」
「…そうだったんだ」
「はい」
「…じゃあ、望遠鏡を覗いて、あっちの方角を見てみて」
「はい」
「一つ、大きく輝いてるの、見える?」
「はい、ちゃんと見えます。とてもキレイです」
「それが、北斗七星なんだ。で、その周りに…」
その後、星空の授業が続いた。他の誰にも見えない星空を二人だけで楽しみながら、澄んだ空気の中で、星に関する話と、小さな笑い声が響いていた。

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