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小さい頃はエジプト考古学者になりたいと思っていて、特にそれを意識して突き進んだわけでは…

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小さい頃はエジプト考古学者になりたいと思っていて、特にそれを意識して突き進んだわけではないけれど、ずーっと歴史学・民俗学関係の仕事をしています。人の歴史と健康を絡めて、いろいろ考える今日この頃。そして小型犬を飼っていますが、実は大型犬が好き。

最近の記事

見えない過去

こんな記事をみて、我が家のワンコの昔を思い出しました。 人が妊娠すると、戌の日を選んで腹帯を巻く風習は、たくさんの地域でおこなわれています。 一般的には「犬は安産だから、それにあやかって戌の日に腹帯を巻く」と言われますが、犬だって、そう簡単には産めません。とても必死で赤ちゃんを産みます。 我が家にいた秋田犬は1度出産をしています。 交配は、ブリーダーさんのもとでおこない、妊娠中、産むとき、産んだあとしばらくの子育ては、すべて我が家で過ごしました。 後にも先にも、犬の

    • 「いただきます」論争

      パックのお刺身を、パックのまま食卓に出したら夫が不機嫌になって、「いただきます」なんて言う必要無い、といった。なんて話をテレビでとりあげていた。 パックそのままだから 妻が作ってないから 手間をかけてないから その人なりにいろんな理由があるのかもしれないけど、「いただきます」って、「ありがとう」って気持ちも含まれていると思う。 歴史的には「いただきます」は昭和に入ってから普及した言葉らしいが、歴史は浅くとも、そういう習慣と言葉が日本語にあるってだけでもすばらしい。

      • ペットにかかるお金の話

        コロナによる緊急事態宣言で、ステイホームやテレワークが増えて、ペット需要が高まっているというのは、よくきく話。 そして、いざ飼ってみたものの飼えないとわかり、手放したいという人が増えているというのも、まぁまぁよくきく話。 ウチのワンコはこれくらいお金がかかります、というのをちょっとご紹介しようと思います。 人それぞれ生活スタイルや出費が異なるのと同様、たとえペットを飼っても人と同じようにはなりません。でも、近い出費は避けられないと思います。 お金や時間を考えても、一生

        • 消えゆく玄関と風習

          実家は古い家でした。 玄関をあけたら、土間の通り庭があって裏まで抜けられます。 通り庭の左側(本来は右側)に昔は土間の台所があって、井戸もあって、牛も飼っていたそうです。私が生まれたころには、そこは板間の台所に造り替えられていました。 反対側は、居間。ふすまで仕切られた畳間が4つありました。 という、いかにも日本家屋らしい造りでした。 もちろん玄関の戸は、引き戸で、鍵も中からネジで閉めるタイプ。外からは閉められません笑 隣近所、みんなこんな玄関でした。 そして、

        見えない過去

          300年先を見据えて

          “荘子や韓非ら賢者たちは「長いタイムスパンの中でものごとの適否を判断できること」を未開からのテイクオフの条件として人々に教えようとした。” 一見ややこしい文章にもみえますが、先のことをどれだけ考えられるか、ということですね。 その“先のこと”とは、10年20年ではなく、自分たちの子孫だと、私は思います。 インディアンは、物事を決める時に7代先の子孫のことを考えて決めるそうです。 7代といえば、300年ほど先です。 その頃まで、食べ物を残してやれるか。 つまり、自然

          300年先を見据えて

          大型犬と小型犬、外飼と部屋飼

          実家周辺は今では、町化しましたが もともとけっこう田舎で 前も後ろも田んぼ 両隣も裏も親戚という The田舎でした。 田舎ではみんな番犬として犬を飼っていました。 実家も昔からずっと前から犬がいたそうです。 私が小さい時に飼っていた犬は雑種で、中型くらいの大きさでした。 その犬のあとが、秋田犬でした。 この子も番犬として飼ってはいましたが、我が家で初めてドッグフードを与えて飼った犬です。 大型犬としては大往生の14年の犬生で 年末の我が家での恒例行事の餅

          大型犬と小型犬、外飼と部屋飼

          産む女性が悪者?

          悪いのは母親 いつもいつも母親。 産めるのは女性だけです。 何がどうあっても、産むのは、お腹に身ごもったその女性だけです。 どうやっても、例え自分が何らかの被害を受けていても、悪いのは産んだ母親ただひとりとして罪を科せられます。 なぜ母親? 種を付けた男はなぜ罪にならない? 男がいなければ、女性に赤ちゃんはできない。 こういう事件があれば、捕まるのは産んだ母親ではなく、必ず男であったとしたら。 女性は、出産で身体にリスクを負い、多大な体力を消耗します。理由は

          産む女性が悪者?

          毒ウィンナーを大切な人へ

          ウィンナー 子どももおとなも好きな人が多い いろんなメニューに使えるし 便利でおいしい。 写真の下段はシャウエッセンの原材料です。 スーパーですぐ買えるシャウエッセン。 歯ごたえも良いシャウエッセン。 何かいっぱい原材料を混ぜて作ってくれてるシャウエッセン。 一方、上段の写真は、私が買ってるウィンナーの原材料です。 豚肉 食塩 砂糖 香辛料 これらの原材料、ひとつひとつをどういうものか説明できる人がほとんどです。 じゃあ、シャウエッセンの原材料

          毒ウィンナーを大切な人へ

          1000年先まで残すなら和紙

          東日本大震災から9年目の 3月11日も過ぎ去り コロナの勢いも増すばかりです。 人は“忘れる生き物”です。 いつか、大震災のことも コロナのことも 新しい出来事に塗り替えられ 忘れていきます。 これまでの人間の歴史の中で 何度となく 自然災害や疫病は流行ってきました。 でもやっぱり私たちは その歴史があっても また新たな災害による被害を 大なり小なり被ってしまうんです。 それは、“忘れる”からです。 世代が変わり、時代が変わり、環境が変わり、

          1000年先まで残すなら和紙

          洗剤ももっとシンプルに

          洗濯洗剤がぜんそくの一因に この記事を読んで あるだろうな~と思いました。 今の洗濯機は水だけでも 汚れがより落ちるように、いろいろ改良されているので 強力な洗剤なしでも、十分日常の汚れは落ちます。 ウィルスも水と一緒に流れ落ちるそうです。 昔は石けんで、手洗いで、 数日に一度のお洗濯。 もちろん、着物だったということもありますが 河辺で洗濯する。 水はすべて川に流れる。 自然と循環。 自然に返らない成分で洗って 身体に影響がでる、というのは当然か

          洗剤ももっとシンプルに

          そこを節約するか!?

          「食費を節約して貯金○○円!」 という記事はよく見かけます。 節約は良いことだと思います。 貯金だって増やしたい。 でも生活において削るべきところは 食べ物でしょうか? 家族が多ければ多いほど 食費がかさむので そこを削ってお金の流出を食い止める という流れは当然ですが 逆に言えば 生活費の中でなぜ食費が大きく占めるのか。 簡単ですね。 食べなきゃ人は死ぬからです。 つまり食が生きる基本です。 なのに、生活費においてそこを削ろうとする。 本末転

          そこを節約するか!?

          横断の怖さ

          先日、事故直後の現場を通りかかりました。 おそらく、ご老人が 道を横断する際に車にひかれたのではないかと推測しています。 片側1車線で、横断歩道のない場所です。 比較的車通りが多く、すぐそこにショピングモールがあります。 ショピングモールから最寄りの駅に行くには この道を渡る必要があります。 事故現場から100mほどの場所の交差点に信号付きの横断歩道があります。 でも、この信号まで行かずに 車の往来を見計らって 渡る人がたくさんいます。 若い子たちは、免

          横断の怖さ

          死脈と本能(続)

          前回↑の「死脈と本能」の続きです。 自然の異常を感じ取って 自分たち、そして子孫ができるだけ安全に住める場所を 見つけてきた我々のご先祖様。 もちろん、そうした場所でも長い歴史の中で自然災害は 起こってきました。 ただ、そのような歴史も言い伝え、書き伝えながら 住む場所を選んできました。 ところで、余談ですが 個人的には、 シャーマンであるとか 予言者であるとか、 何かしら一般的にはない力を持っているとされている人たちは こうした自然のわずかな異常を

          死脈と本能(続)

          死脈と本能

          大昔の都地 奈良・京都ですね。 都でなくとも 古くから村や町が作られた土地は 自然災害が少ない、とよく言われます。 なぜか? ところで、東洋医学では人の脈を診て 診断します。 脈で、体調の良し悪しがわかり 妊娠しているかどうかもわかります。 そして死脈というのもあるそうです。 死ぬ前の人に出る脈のことらしいです。 ある昔のこと。 漁村で診察した医師(東洋医学)。 ある人に死脈が出ていました。 すると別の村人にも。 なんと、たくさんの村人に死脈が

          死脈と本能

          昔は捨てて当たり前?

          前回、ポイ捨てのお話をしましたが いつの時代だって 捨てる人はいるんです。 むしろ、昔の人のほうが捨てています。 川にポイ 空き地にポイ どんどんポイしていました。 でも汚れなかった。 仕事柄、お年寄りにお話を聞くことが多いのですが、 みんなよく言うのが あそこの川はキレイで 子供の頃よく遊んだ。 山はどこも美しかった。 昔もどんどん捨てていたのに。 なぜか? ひとつは捨てる物の違いです。 今は何か買えば、必ず ビニールなどで包装されています

          昔は捨てて当たり前?

          ポイしたゴミは自分の口に入ってる

          ゴミのポイ捨て よく見かけますよね。 道にポイ 田んぼにポイ 川にポイ 植え込みにポイ 自分の家の前に全人類がゴミを置き去りにしても あんたはいいの? とよく思いますが 捨てる人は「自分は関係ない」「めんどくさい」とか思うんでしょうか? 捨てる人の気持ちは全く知りませんが 全部自分の口の中に入ってます。 突然ですが、米作りをしたことがありますか? 例えば川に捨てたゴミ そのゴミで汚れた川の水を引いて 米は作られます。 「オレはそんな米食べねぇ」

          ポイしたゴミは自分の口に入ってる