「いただきます」論争

パックのお刺身を、パックのまま食卓に出したら夫が不機嫌になって、「いただきます」なんて言う必要無い、といった。なんて話をテレビでとりあげていた。

パックそのままだから

妻が作ってないから

手間をかけてないから

その人なりにいろんな理由があるのかもしれないけど、「いただきます」って、「ありがとう」って気持ちも含まれていると思う。

歴史的には「いただきます」は昭和に入ってから普及した言葉らしいが、歴史は浅くとも、そういう習慣と言葉が日本語にあるってだけでもすばらしい。

普段、家族になかなか素直に「ありがとう」って言えなかったり、命をくれた動植物に「ありがとう」って言う機会はない。

でも「いただきます」を言えば、一言でいろんな人、いろんなモノに感謝できる。

パックだから、「いただきます」を言う、言わないの別じゃなく、それを食べることで、自分の命が生きながらえていることに感謝しての言葉じゃないかな。

それに、強いて言えば

毎日の献立を決めて、家事育児仕事、いろんな時間に追われて、その合間に趣味の時間も割いて、スーパーへ行って、今日は美味しそうなお刺身が売ってたからこれにしようって、冷蔵庫の中身や財布の中身も考えて、いろんなことをめまぐるしくこなして、考えて、食卓に出してるのに

「いただきます」を言う必要がないって

妻や周りの人やモノに対する思いやりが全くないんだな、と悲しくなる。

一言

「いただきます」「ごちそうさま」

を言うだけで

いろんなものに感謝できる。

その一言に人柄さえも出るのかもしれない。





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