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香菜さんの男子禁制酒場(6)「性被害告白をポルノとして消費する男たち」

「地方にある山間の町。そこにある古民家を改造したお洒落な居酒屋「円」キリッとした美人だが、口の少々悪い女将、香菜さんが一人で切り盛りしている料理とお酒の美味しい居酒屋だ。 
そこにはいつも訳ありの女性の一人客がやってくる。
香菜の美味しい料理とお酒が彼女達の心を癒してくれる、グルメなフェミ小説。

               (本日のお品書き)
○空豆の冷製スープ 豆乳仕立て
○チクワの千切りワサビの梅和え詰め  
                (本日のゲスト)
○遥香 20代前半  職業 村役場の地域振興課

                (本日のテーマ)
○セカンドレイプ 性被害の二次被害

(前回のお話はこちら↓)

居酒屋『円』のある、山間の町にあいつがやってきた。そう、梅雨だ。
ただでさえこの地域は湿度が高い。
雨が降っていない時も、身体中をまるで生ぬるい霧のようなものをまとっているような感覚になる。

この時期『円』の店内は除湿機がフル稼働だ。

この店は女将の香菜さんが五年前に古い物件をリノベーションしてオープン
させた。
あまり予算がないので自分で見つけてきた廃材を使用しているが、店内は趣のある古民家風に仕上がっている。
しかしキッチンと冷暖房と除湿機には予算をかけた。それはお客様はもちろん、東京から移住してきた香菜さん自身も店内では快適に過ごしたいからである。

「あージメジメして嫌だなあ。でもよ、この店に来ると汗がひく代わりに ビールばっか飲んじゃうよな」
 
 カウンターの端っこに座るタクさんが赤ら顔で隣の祐介に声をかける。
「確かに。俺もこのシーズン自分の部屋、帰りたくないですもん」
「なんで?祐介君の部屋、クーラーないの?」
 カウンターでこめかみに筋をたてながらイカの皮を剥いていた香菜さんが
聞いた。
「在るこた在るんですけど、電気代を節約したいから使わないですね」
「すげえな、修行僧みたいだな」
「ああ、確かに。なんか祐介君て、仏顔だし僧侶っぽい」
「なんですかそれ。まったく嬉しくない例えですよね」
 祐介は眉間にしわを寄せてカボスサワーを飲む。
 その瞬間だった。
「おい、ちょっと!」
と、いう声と共に、勢いよく扉が開いて真っ青な顔をした若い女性が入ってきた。足元がふらついている。そのすぐ後ろから若い男性が困ったような
表情をしながらついてくる。
「家まで送るよ」 
男性の言葉を無視して、女性はそのままカウンターに座り硬直している。
「雨がやむまでここにいる」
 女性が消えそうな小さな声で言った。
「やまないだろ。今夜は。行こう」
 女性は黙ったまま首を必死に横に振る。 
 男性はため息と共にその隣に座った。
 

カップルの痴話喧嘩だろうか。祐介とタクさんは怪訝な表情で二人の会話に
聞き耳を立てている。すると香菜さんがカウンターに座る女性の顔を見て 言った。
「あれ?遥香ちゃん?」
「え?」
「役場の移住促進課でお世話になった岡本です。三年前、このお店を始めるときに色々手続きで」
 力なく無表情だった遥香さんの瞳が俄かに光った。
「あー香菜さん?ですよね。お店ってここだったんですか?」
「そう!その節は本当にお世話になりましたー」
 香菜さんは遥香さんに頭を下げる。
 遥香さんも戸惑いの表情で弱々しく頭を下げた。
「あ、こちら同じ村役場の先輩で、三宅さんです」
「初めまして。地域振興課の三宅です」
 紹介された三宅は真面目な顔で香菜さんにしっかりと頭を下げる。
祐介から見たらその角度は直角で「硬そうな人だな」という印象を持った。
「今夜はサービスしちゃうから、好きなものを頼んでゆっくりしていってね」
 香菜さんはそう言うと、いつも立っているカウンター中央より、奥まった祐介やタクさんが座っている向かいで作業を始めた。
 

 遥香さんと三宅さんが入ってきた時のただならぬ雰囲気から、きっと何か二人の間であったのだろう。だから自分が話しかけたり、近くで作業していたらきっと話しずらいだろうと判断したのだ。

「今夜はアルコールはちょっと」と言う遥香さんの言葉を受けて香菜さんはあえて冷たいお茶ではなく、温かい番茶を入れて遥香さんに出したのだ。
この山の町で採れた茶葉で焙煎されたものである。
 カップを両手で包むように持ち、一口、お茶を口にして遥香さんはホっと息をついた。
 その隣で三宅さんが手酌でカップにビールを注いで一口飲んで、お通しの
ピーナツ味噌を箸でつつく。
「どう?ちょっとは落ち着いた?」
 遥香さんは小さく頷いた。
「ところでさ。今日の遠田課長へ遥香の態度、あれはちょっとないぞ。社会人として」
 三宅さんはちょっと怖い表情で遥香さんに切り出す。
 離れているとはいえ、香菜さんも遼介もタクさんもしっかりと聞き耳をたてている。
 どうやら仕事の先輩が後輩に説教する、そんな口調だった。

「明日、謝った方がいい」
「どうしてよ!?」
 急に遥香さんが声を荒げたので三人は驚いて二人の方を見た。しかし遥香さんも三宅さんもそんな事に気付かないようだった。
「どうして私が謝らなきゃならないのよ。私、何も悪いことなんてしてない!」
「上司の指示を思いっきり無視して、話を聞かないなんて子供だろ。社会人失格だよ」
 三宅さんはたしなめるように言う。
「透君は何も知らないから」
 透君。
それは三宅さんの下の名前のようだった。              
どうやらこの二人、ただの先輩後輩ではなく、付き合っているようだった。
「知らないって、何が?」
「私、遠田課長にセクハラされてるのよ!」
 思わず声を荒げた遥香さんに一同、反射的に視線を向ける。
 

自分が発した声の大きさに気付いて遥香さんは俯いてカップを口元に   運び、まるで口を塞ぐようにお茶を流し込む。
「…セクハラってどんな?」
 三宅さんは眉間に皺を寄せて遥香さんの顔を覗き込み、次の言葉を待つ。
「どんな事されたんだよ?
 遥香さんは両手でカップを持ち、黙ってお茶の水面を眺めている。
「だから、何をされたんだって?遠田課長に」
 遥香さんは下唇をキュッと噛みしめる。
「そんな、セクハラなんて。遥香の勘違いなんじゃないか?」
「勘違いなんかじゃない!」
 再び遥香さんは声を荒げた。
 二人に視線を向ける香菜さん、遼介、タクさんの方を向いて遥香さんは「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝る。


「気にしないで。あ、これ、どうぞ」
 香菜さんは、店内に張り詰めた空気を緩めようと、二人の前に赤いガラス製のお猪口を出した。グラスの表面が美しい文様を描くようにカットされた江戸切子である。
 その中には鮮やかな薄緑色のスープが入っていて、表面を黄金色に輝くような オリーブオイルが「の」の字を描いている。
「空豆の冷製スープなの。そのままお猪口に口をつけて飲んでね」
「綺麗…」
 遥香さんはお猪口を手にとってマジマジと見つめる。そして一口、二口とゆっくりと味わうようにうちに口に含み、鼻で長く息を吐いた。
「すごい清涼感だよな!汗が引くわー」
 遥香が思った事を代わりに口にしたのは、カウンターの端で同じスープを飲んでいたタクさんだった。
「喉越しもすごいサラッとしてますね」
 祐介の感想に「生クリームじゃなくて、豆乳で伸ばしたの」と香菜さんは得意気に答える。
「昨日、お客さんに沢山空豆貰ったから、俺もこれ作ってみようかな」
「あ、レシピ教えるね。フードプロセッサーあれば一発で作れるから」
「あー俺、持ってないです」
「男の一人暮らしでフードプロセッサーある方がおかしいだろ」
 がっかりする祐介にタクさんが突っ込む。
「誰から貰ったんだよ?空豆」
「村上さんです。家の前に楓号を停めさせてもらってる。いつも何かしら畑で採れたものをくれるんですよね」
「あー、あの金歯の下ネタ爺さんね」
 タクさんが笑う。
「そんな言い方。確かに毎回下ネタは言ってきますけど」
「遼介の乳首くらいの空豆ができたとか何とか言われろ?」
「あー、微妙に違いますけど、いつも野菜をそういう卑猥な形状に例えて 俺に差し入れてきますね」
「ちょっと。そういう話を聞こえるように言うのは環境型セクハラですからね」
 香菜さんが、眉をひそめて言った。
「すいません。まあ、味は美味しいんですよ。村上さんの作った野菜」
 遼介はさりげなくフォローを入れる。

「『どんなセックスするんだろう』って言われたの。遠田課長に」 

 遥香さんは唐突に言った。
 店内の空気が凍りついた。
 祐介とタクさんは会話をやめて、遥香さんの次の言葉を待つ。人の会話を盗み聞くのは悪趣味だと思いつつ、祐介とタクさんは己の耳に全神経を集中させる。

「なんだそれ。その話、本当かよ?」
 三宅さんは語気を強めた。
「嘘でこんな事言えるわけないでしょ?」
「遥香の幻聴なんじゃないの?」
「はあ?ふざけないでよ!幻聴でそんな気持ち悪い事聞こえるわけないじゃない!」
 遥香さんは尖った声を出した。「絶対に視線を向けてはいけない」と思いながらも、祐介とタクさんは全身を聴覚にして話の続きを待つ。
「どういう会話の流れでそんな事言うんだよ」
「去年の飲み会の時よ。『彼氏いないの?』から『どんな男が好きなの?』って聞いてきて、透君との事を知られたくないし面倒だから『ティモシー・シャラメ』って答えたの。そしたら『何そのおまじないみたいな名前の人』って画像検索し出して『へーこんな男に抱かれたいんだー』とか言い出して、それで『君はどんなセックスするんだろう』って言われたのよ」
 淀みなく説明する遥香さんの言葉を三宅さんは黙って聞いている。   いや、どうやら言葉が出ないようだった。

「『何言ってんですか!』って笑って流したら、それ以来、ちょくちょく メールが着てスルーするわけにもいかないから挨拶程度の返信すると『休日に隣の町でご飯食べに行こうよ』って」「そんな、まさか。だって遠田さん、家族想いの良いパパじゃないか。Facebookだってよく家族の写真をアップしてるし」
「何それ。気持ち悪いからフォロー外してて知らない」
「この間だって、奥さんの微笑ましい変顔写真をアップしてるし」
「何それ!馬鹿じゃないの。セクハラを知られないように保険でそういう事を載せてるんだよ。ほんと最低」
 

三宅さんはしばしの沈黙の後、絞り出すように言う。
「ていうかさあ、遥香、何でそれ今まで俺に黙ってたんだよ」
「だって…透君を心配させたくなかったから」
「だいたい、そんな事言われて笑って流すって、本当は遠田課長の誘い、 満更でもなかったんじゃないか?」
「はあ?」
「もしかして、一回くらい一緒に遊びに行ったんじゃないのか?」
「ふざけないでよ!」
 遥香さんは目を見開いて叫んだ。                  見ないようにしていた祐介とタクさんも思わず視線を向けたその瞬間だった。


「ちょっと、出て行ってくれる?」

 香菜さんが落ち着いた低い声で言った。
 カウンターに座る四人は驚いて顔を上げた。
 香菜さんがその言葉を向けた相手は祐介とタクさんだった。
「え?俺?」
 タクさんが思わず口に出す。
「あんたと祐介君」
 香菜さんがタクさんと遼介を真顔で見下ろしながら言った。
「ちょっと表のオープンテラスで飲んでてくれる?」
 オープンテラスなんてこの居酒屋にあっただろうか?と祐介が怪訝に思っていると「はい、出た出た」とあっという間に香菜さんに追い立てられて、
タクさんと共に店の外に追い出される。
「え、オープンテラスってどこ?」
 レモンサワーの入ったグラスを持ったまま、タクさんが香菜さんに聞く。
「ここ」
「え?『ここ』ってどこ?」
「どこに目えつけてんのよ。今、あなた達二人が立ってるここよ。」
「は?何がオープンテラスだよ。ただの入り口じゃねえかよ」
「ちゃんと屋根もあるじゃないのよ」
 香菜さんは入り口の扉の上部についた二十センチほどの庇を指差す。
「これ、屋根じゃねえだろ」
「うるさい。ちょっとつまみ持ってくるから、中の二人の話が落ち着くまでここで飲んでて」
 香菜さんはそう言って一旦、店内に戻る。

「チッ。何でこんなムシムシした日に、外で立ち飲みしなきゃならねえだよ。なあ?」
 タクさんは苛立ちながらグラスをあおってレモンサワーを流し込む。
「だいたい、出て行くのは声を荒げて喧嘩しているあのカップルじゃねえかよ。なあ?」
タクさんさんは更に遼介に同意を求めた。しかし、祐介は「はあ」と気の無い返事。

「何だよお前。またいい人ぶって」
「別にいい人ぶってる訳じゃないですよ。あの彼女、大変だなと思って」
「確かになあ…」
 ガラッと扉が乱暴に開き、香菜さんが再び顔を出した。
「はい、これでもつまみにしてちょっと飲んで待ってて」
 香菜さんがタクさんと祐介に渡したのは、二センチほどの長さに切って 四つ並べて串に刺したチクワだった。
「何だよ、人を追い出してチクワなんかで済ますのかよ」
「チクワなんかって何よ。中に入ってるのが結構、お高いのよ。食べてみて」
 タクさんと祐介が一つチクワをバクついて串から引っぱる。
「うわ!辛っ!」
 タクさんと祐介は目をぱちくりさせる。辛味が二人の鼻を突き抜けた  あと、酸味が口の中を包み込む。
チクワの穴に詰められたのはワサビの千切りを梅干しの果肉で和えたもの あった。
 「これはアルコールが進みますね」
 祐介がグラスについた水滴を取って、一口、二口と飲んで酸味を流す。 「うまいけど、罰ゲームみたいにピリピリくるな」
香菜さんが二人を強い視線で睨む。
「これ食べて目を覚ましてよね。あんた達、さっきの遥香ちゃんのセクハラ話、興奮して聞いてたから」
 香菜さんはそう吐き捨てるように言って店内に入りぴしゃりと扉を閉める。

「ちょ、何だよ!あの女、人聞きの悪いこと言って!」
 タクさんは目をひん剥き鼻に皺を寄せて、チクワに噛みつきグイッと串 から抜き取り咀嚼する。 
「『興奮』って何だよ、『興奮』ってよ!人を変態みたいに言いやがって、うわ!かっらー!かー!」
 ワサビの辛味で頭を振りながら叫ぶ。
「あんな生々しい事聞かされて、あのカップルがどうなるか気になるじゃねえか よ。なあ?」
 タクさんが祐介に同意を求める。
「それ、じゃないですか?」
「あ?」
「興奮するから気になるんじゃないですか?」
 祐介がチビチビとレモンサワーを飲みながら言う。
「何だよ、お前。また聖人君子気取りかよ。お前だって興奮したんじゃねえか?」

 祐介はその質問に答えず、夜空を眺める。白い雲がモヤのように空を覆っている。

「最初は彼女の話を聞いて驚きました。どこにでも遠田のような男っているよなと聞いて不快でした。そして彼女を気の毒に思って聞いてました」
「俺だってそうだよ」
「それで、香菜さんに『出て行って』と言われた時、俺はこう思ったんです。
『せっかく今、いいところだったのに』って」

 祐介はレモンサワーをグッとあおるように飲み込む。

「最低ですよね、俺。彼女を心配する気持ちは嘘じゃない。でも彼女があの後、遠田とどうなったのか、他にどんなセクハラをされたのか、心の奥底で気になってたんですよ。って事はですよ、俺は香菜さんが言う通り確かに 興奮してたんですよ。彼女がセクハラされた事に」
「そんな…それは俺だって同じだよ。っていうかよ、あんな話を聞かされたら、男だったら皆、そう思うだろうよ」

 
 タクさんは鼻息を荒くして言う。
「レイプの二次被害ってあるじゃないですか」
「ああ?何だそれ?」
「レイプされた女性がその被害届を警察に出す。その時、捜査官に根掘り 葉掘り聞かれてフラッシュバックするって奴ですよ」
「ああ。でも仕方ねえよなあ、聞かねえ事には被害の実態は分からねえからよ」

「でもその時、捜査官の男がさっきの俺みたいに被害の話を聞いて興奮したら、その被害女性はどう思うんだろう。味方だと思っていた警察が自分のレイプされた話を面白がって興奮して聞く。これはこれで大変なセクハラですよね」

「そんな事言ったって、しょうがねえじゃねえかよ。男の体の構造上よお。そんな真面目な事言ってないで、チクワ食え、チクワ」
 祐介はチクワを一口で串から抜いてゆっくりと咀嚼する。ワサビが脳天を刺激する。興奮した自分をまるで怒っているような辛味だった。
 

 涙目でレモンサワーを祐介は飲みながら言った。
「でも、もしも遥香さんがタクさんの奥さんだったらどうします?」
「ああん?」

「結奈ちゃんや美由ちゃんだったらどうします?」
 結奈ちゃんと美由ちゃんはタクさんの愛娘だ。まだ八歳と五歳で可愛さと生意気さ全開だ。
「お前、フッざけんなよ!遠田ぶっ殺すだろ?」
 タクさんは唾を飛ばしながら怒る。
「結奈ちゃんと美由ちゃんがタクさんに言うと心配されるから、この店でクラス メイトの男の子にセクハラの相談をしてて、飲みながら聞いてた俺が興奮したら どうします?」
「お前、ふざけんな!」
 タクさんがいきなり祐介に頭突きする。
「うわ!」
 祐介はふらついた瞬間、レモンサワーが飛び散った。

「いってえ。もうー。例え話ですよ」
「例え話でもすんな!そんな下品な妄想をよ」
「下品な妄想じゃないですよ。あの遥香さんも三宅さんの彼女だし、誰かの娘さんなんですよ」
「あ…」
 タクさんが雷に打たれたようにその場に立ちすくんでしまった。
「…確かにそうだよな」
「はい」
「最低だな、俺たち」
「はい」
 タクさんと祐介は残ったチクワを頬張る。
「うわ、かっれえ!」
「星がチラついて見えます!」
 
二人で身悶えしているとガラリと扉が開いた。出てきたのは三宅さんと遥香さんだった。
「お騒がせしちゃってごめんなさい」
 見送る香菜さんに遥香さんが言う。
「気にしないで。落ち着いたらまた遊びにきてね」
「はい」
 三宅さんと遥香さんは遼介とタクさんを見て黙礼して歩いていった。
 手を繋いでいた。
 
 二人の後ろ姿を見てタクさんが聞く。
「どうなったの?」
「三宅さん、彼女に謝って明日、役所の上の人に二人で相談するって」
「へえ」
「セクハラされて相談した彼氏に『隙がある』怒られるってあるあるすぎて、彼に怒っちゃったわよ」
 

ため息交じりに香菜さんは言って店内に戻っていく。タクさんと祐介も香菜さんの後に続いた。

 「ごめんね、外で飲ませちゃって。お詫びに今夜はお代は頂かないわ」
「いーよ別に。ちゃんとお勘定お願いしますよ」
 タクさんが拗ねたような口調で言う。
「あの…ああいう時って、周りの男はどうしたらいいんでしょうね」
 祐介が香菜さんにシリアスな表情で聞く。
「…そうね。何も言わないでその場から離れる事ね、それで聞いてあげる他の女性に任せるしかないんじゃない」
「そんな、じゃあ、俺達、何もできないって事?」
 タクさんがムキになって言う。
「あるわよ。遠田みたいな事をしない。遠田みたいな事する奴を見かけたら
上司だろうがなんだろうが注意する。以上」

 祐介とタクさんはぐうの音もでなかった。

セクハラはする人間がいなければ傷つく人間もいないのだ。     
犯罪者がいなければ被害者も生まれないし、監視する必要もない。

 こんな簡単な事、どうして今まで気付かなかったのだろう。
 タクさんの頭突きよりも、ワサビの辛味よりも、強い強い衝撃を祐介は
食らった。

 

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