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#落語家
【落語歳時期1】崇徳院
大好きな春の落語に『崇徳院』という噺があります。大店の若旦那の恋患いの噺です。
この噺をはじめて聴いたのは三代目の桂三木助師匠の音源でした。中学生の時だったと思います。ですから、数少ない諳んじられる百人一首は『瀬をはやみ岩にせかるる瀧川の割れても末に逢はむとそ思ふ』です。それから、千早ふる、ね。
春の噺と言いましたが、この噺、どこにも「桜が咲いている」とはふれていないんですね。で、わたしのは少
1.10 きょうおもったこと
昨日は今年最初の日本橋つかさの会でした。日本橋つかさの会は、日本橋の蕎麦屋、薮伊豆総本店さんでの、大切な月例の独演会です。
緊急事態宣言下にありながら、10名さまお越しいただきました。ありがたいことです。
何年か前からか、酒の抜けが悪くなり、もともと独演会の前日は用もないのに飲み歩くということはないんですが、会の前日は飲まないようになりました。ひょっとして、これが悪いのかな?って思って、ほおっ
令和3年 1.1 きょうおもったこと
はつ春のお慶を申しあげます
あけましておめでとうございます
令和2年から3年へと、あらたまの年こそあけましたが、一番あけてほしいコロナ禍は、まだまだそのあける気配すらみせません。
なので、正直「おめでとう」なのかどうか悩みました。悩みましたが、縁起商売ですし、この令和2年をなんとかやり過ごしたってだけでも、愛でたきことなのでしょう。
令和2年は、新型コロナウィルスとの戦いにあけくれました。
12.9 きょうおもったこと
期せずして…というよりも、しらないうちにとても感謝されていた。ということがあった。こちらが恥ずかしくなるほど、神や仏のように感謝されーそのひとには、精神科医と言われたがーだけど、そんなことを自慢気に話そうと思ったわけでもなんでもない。
こちらのあずかりしらないところで、そんなことがあるということは、やはり、しらないうちにひどく傷つけていたり、忌み嫌われたりしていることも、おなじだけあるんだろうな
12.2 きょうおもったこと
ここでも何度かおはなししているように、この一年、特に4月、5月の緊急事態宣言下、ここに言葉を紡いでいくことは、わたしにとって大切な表現の場となりました。
表現の場、ということはー安易な絆や繋がりといった言葉は、あまり使いたくはないのですがー高座と客席で会えなくなったみなさんとの、つながりの場所となりました
なので、この最後の月は、お礼の意味でも毎日こちらでおはなししてみようかな、と、一昨日うた
12.1 きょうおもったこと
最後の1ヶ月がはじまりました。
最後の31日間です。
思い返すと、今年は色の無い一年でした。
色の無い一年というよりは、色の無い一年になるところでした。
わたしたちの毎日は、実に様々なもので色づけされていて、彩られていて、もちろん、自分で塗れる色もあれば、自分では持っていない色、自分の背の届かない、手の届かないところの色と、実に様々です。
今年の桜の色って覚えていますか?
わたしはあまり覚え
11.5 きょうおもったこと
ピアノを演奏する友人と話していて、言葉の持つ説得力のはなしになりました。
ことあるごとに、言葉を生業とするわたしと話すのは緊張するなんていうけれど、どうやらふたりともよく喋るようで、いつも気がつけば「電車ぎりぎりだよ」と店を出ている気がします。
そんななかで、「音楽は言葉ほど伝わらない」というはなしになったのですが、言葉を生業としてはいるものの、んん、どうだろう?とわたしは聴いていました。
伝わる
10.25 きょうおもったこと
朝5時半過ぎ。まだ夜明け前か、と窓に目をやり、また目を閉じて、もう一度寝ようかなって。この、夜明け前の時間が好きで、いっそのこと窓を開けて空を見ながら、寝るでもなく起きるでもなく。
小一時間で明るくなるも。まだ、雲がかかっています。
枕元にある日記に手を伸ばす。そういえば、あれだけ毎日詳細につけていた日記も全然書いていない。開けば、8月9日日曜日の頁に、散文詩の言葉が並んでいるのが最後。
8
9.21 きょうおもったこと
いつものことをいつものように
そろそろ一歩一歩と歩みをすすめよう。と、アタマでは考えてみても、こころが追いつかず、酒や嗜好品(言わずもがなの合法)で埋めた穴は、それが切れれば、やはり、穴は大きくなるばかりで。
ところが、『深川ひるま寄席』『柳亭市寿 落語勉強会』と二日つづけて仲間と仕事をして、久しぶりに長野東京と運転したり、買い物したり、きのうはきのうで、ひと月以上ぶりに台所に立ち、自炊したり