Erika

日々勉強。

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最近の記事

キリスト教について考えてみようかな。

社会学者の橋爪大三郎さんが出演されていたあるポッドキャストでの言葉は、今の自分の思考に新たなスポットライトをあてた。 哲学とは、 理性と言葉を使って思考を戦わせる。 それは、キリスト教の二次創作(スピンオフ)。キリスト教が分からないと哲学が分からない。 ルターの宗教改革から啓蒙思想への説明の際に言われたコメントであるが、現代の哲学は、キリスト教的な理性的なものをよりアカデミックな場で行ったものがその始まりと、ここでは語られていた。 これは、神を崇拝する行為、と、理性によ

    • 浦島太郎

      私たちは昔話を読む時、つい、そこで描かれている教訓とは何なのかということについて考えたくなる。そのように身構えて話を聞いた時、浦島太郎というのは、一体この話で何がいいたいのだろうか、と思う人は多いのではないか。また更に不思議な点も多い。私が思っていた一番不可解な点としては、おとひめさまは、開けてはいけない箱を何故お土産と言って浦島太郎に渡したのか、ということだ。 さて、浦島太郎は、万葉集にも出てくることから、既にその頃には語られていたものとされる。 また、語り継がれる地域は

      • ダイアロジックリーディング、そしてアウトプット

        「思考力・読解力・伝える力が伸びる ハーバードで学んだ最高の読み聞かせ」加藤映子著、を読んでのメモ。 ダイアロジックリーディングという言葉を初めて知る。「幼少期のお子さんには、絵本の読み聞かせが大事です」「読み聞かせをたくさんしましょう」という呼びかけは、子どもが生まれてからたびたび行く児童館や保健所でたびたび言われ、図書館などによく置いてある、絵本の紹介パンフレットなどの読み物の中にも見かける。だが、その理由を明確に知らなく(調べようともせず)ただ、なんとなく、親子の密着

        • 沖縄から貧困がなくならない本当の理由を読んで

          沖縄から貧困がなくならない本当の理由 樋口耕太郎著 を読んだメモ。 沖縄の社会問題とその構造を考えることが、日本を考えること、延いては自分自身、また自分の家族、コミュニティ、職場環境について考えることにつながる論考になっている。 沖縄と本土社会の関係が、そのまま日本と海外との関係に類似しており、本土から見た沖縄の社会問題は、海外から見た日本の社会問題そのものだという筆者の観点が興味深い。 沖縄は日本の問題が濃縮された場所と見ることができる。 沖縄県は、基地関連収入は、

        キリスト教について考えてみようかな。

          日本語の構造

          「これだけは知っておきたい日本語の基本」原沢伊都夫 著 を読んでのメモ。 言語は、それが使われている国や地域の文化や特徴、そこに暮らす人々の思考が深く反映されているという考えが、自分に一番身近な日本語を通じて体感できる本だ。 言語の構造について: 「サピア・ウォーフの仮説」という有名な言語理論があります。言語の構造はその言語の話し手の認識や思考様式を条件づけるというものです。言い換えれば、世界の人びとはそれぞれの言語の窓を持ち、そこから世界を見ていることになります。英

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          現代思想入門を読んで

          「現代思想入門」 千葉雅也を読んだメモです。 「現代思想とは、差異の哲学である。」 差異はdifference。 同一性identityと対立している。 それは、物事を「これはこういうものである」と固定的に定義すること、に対して、ズレや変化を重視する思考とのこと。 この世の中には、二項対立(生/死、健康/不健康、秩序/混乱、パロール/エクリチュールなど)として物事が存在しているが、そのどちらかをとるのではなく、常にグレーゾーンが問題である、というのが、デリダの「脱構築

          現代思想入門を読んで

          はい、こんにちは

          チンポムのエリイ筆 はい、こんにちはを読んで。 私がいつも好きで読む社会学、哲学の分野の著書とはジャンルが違うが、現代美術の先端にいる作家の言葉は強く、リアリティに溢れ、物事を見る視点がかなり面白い。また、出産の体験を綴っているところは、母親として共感できると同時に、冷静に物事を見つめる視点は見習いたい。 下記の言葉が印象的。 社会現象の中に身を置き、様々な事象をリンクさせ、新しい考えや、人を驚かせるアクションを生み出す活動をしている方の言葉であり、とても説得力がある。

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          シニフィアンの集合体

          前回からの続きで、流れの中で。(ボリス・グロイス)を読んでのメモ。 ベンヤミンによれば、オリジナルの芸術作品は、いま、ここ、という一回性の性質をもつ。それを真正たらしめるものや、その行為が伝統的なオリジナリティの証明である。 だが、インスタレーション、パフォーマンス、映像作品などで表現される現代アートは、物質的ではなく、流動的な形態へと変化している。 もはや、インターネットの中では、芸術作品と非芸術作品を区別する基準が判然としない。芸術家と鑑賞者の区別もつかず。余暇に楽

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          詩、修辞の点での美

          前回からの続きで「流れの中で」を読み進める上でのメモ: 今や誰もがインターネットを媒体として、セルフプレゼンテーションのできる時代である。 コンセプチュアルアート、インスタレーションアート、を考える時、現在は、誰もが自身の考えをその場(ウェブ上)を使って表現するという意味で、このインターネットの世界は、インスタレーションを行うアーティストで溢れていると言えるのかもしれないが、それでも、「芸術」について語られる理由は。 という問いだ。 グリーンバーグの「アヴァンギャルド

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          マレヴィッチの抽象画

          前回からの続き、「流れの中で」では、いかに、マレヴィッチの「黒の方形」が革命的で芸術実践的であるかが説かれている。 還元、構成主義、唯物論、破壊、というキーワードと共に。 マレビッチの作品は抽象絵画や還元主義など様々な要素で議論されうるものだが、ここでは、いかに物質的なものが、過去、未来、現在のなどの時間にとらわれているかについて、その流れの中から物質だけを取り出す作業を持って、破壊的、かつ革命的なものとして、とらえられている。とくに、「黒の方形」が例としてとりあげられて

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          流れの中で In the Flow

          「流れの中で インターネット時代のアート」ボリス・グロイス著(河村彩=訳) 永遠に残ろうとする、残そうとされる芸術作品は、物質的であり伝統的。 美術、美術館そのものが流動的になっている。                  美術館は、パーマネント・コレクションのための場というより、現代においては、キュレーションされたプロジェクトや、ガイドツアー、上映、講演、パフォーマンスの舞台となっている。  この書籍では、「芸術の流体力学を問う試み」がなされている。 現代アートは、芸術

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          ランダムドット!

          エキソニモ Art week tokyoがきっかけで見に行ったエキソニモのConnect the random dots という作品、予想以上に面白かった。 https://connect-the-random-dots.ooo/#ja 正直何も知らないまま見に行ったので、点と点が線で繋がれた絵が30点ほど展示されている、という状況が呑み込めなかったが、コンセプトを知って、深く入り込めた。 これは、1冊の本から始まったプロジェクト。 その本は、ドッドがランダムに打って

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          ティンカー・トイ

          2019年にMIT から出版された、 AIの先駆的な研究者マービン・ミンスキー博士の子どもの教育についての論考が、日本語訳されている。 https://www.oreilly.co.jp/books/9784873119007/ 下記はメモ。 子どもが自分自身についての理論を作り出せるようにするためのアイディアを提供しうる機会を作ること。 目標という概念を設定すること、その目標に進んでいくための機械的な仕組みをデザインすることが、人工知能、そしてその前触れとなったサイ

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          アート+・・・

          ギャラリストの山本豊津さんと金融の分野を専門にする方との対談を読んでいる。 「教養としてのお金とアート」「コレクションと資本主義」・・・ アートが資本主義と深く関わってきたことが分かり、目から鱗である。アートが、一般的に捉えられがちな崇高なもの、感性でしか語ることのできないもの、作家は独自の世界観を持って社会とはかけ離れている、というような考え方とは全く別の見方であり、アートは確実に社会の動きとともにあり、資本主義の発展の中から成り立っていることが分かる。 キリスト教が

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          非ユークリット幾何学

          テアトロン(高山明)を読んで面白かったところが、ベンヤミンがブレヒトの演劇をリーマンの非ユークリット幾何学(平行線の公理を取り払うこと)ととらえていた、というところだ。それは、線的なストーリーに没入させる演出ではなく、観客が面を読み解く演劇である。演劇における観客と客席のオーガナイズの方法を問う演劇が魅力であり、その方法論を持って現代の社会問題にアプローチし、その舞台を都市空間とするところに高山さんの演劇(芸術)の面白さを実感した。 迂回路のアプローチ。それは政治的対立を超

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          廃墟という考え

          戦後の都市経済の発展の中では、「成長」は明るく、前へ前へとユートピアを目指して前進し、生物のように新陳代謝を繰り返し、動的に進歩していくものと捉えられ、「メタボリズム」と称して都市開発が行われた。 その動的な進歩の過程の中に、破壊や廃墟という要素が含まれていないことに、疑問を持ったのが、建築家の磯崎新である。 一つの言葉の中にその言葉に対して相反する意味を含ませて考えること。陰陽は表裏一体と考えること。そのような視点で物事を捉えている。「成長」には、停滞、衰退、停止、破壊

          廃墟という考え