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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その41


41.    成功の秘訣 〜Sakumaナンバー072〜



さて、
今日は毎月恒例の集金が始まる25日の
二日前。



毎月23日に集金に来るよう指定がある
佐久間さんの家に行く日だ。


長くなりそうなので、
早めに行くことにしよう。


お店で夕食を済ませてすぐに集金カバンを求めた。
優子さんがカバンを持ってきてくれた。


「はい!お釣り確認してね。
今日は佐久間さんのウチに行く日だねぇ。
また遅くならないでね。」


「はい。でも色々と出てくるんですよねー、あの家。
お茶にカレー、ピアノの演奏、ワイン、、、」



「知ってる。断るの大変だよねー。
でもあんまり付き合うと時間がいくらあっても足りないよ。」



「そうですね。早く自分の部屋に戻って
ギターの猛練習をしないと。」



「そうそう!その調子!」


「では、いってきまーす!」


「いってらっしゃーい!」



相棒の自転車に乗り込んで
集金カバンをたすき掛けにして軽やかに出発した。
すっかり集金カバン姿が板に付いた。



佐久間さんの家は自転車なら、
お店からは近いほうである。



薄暗くなって来た街に明かりが灯り始める。
いろんな美味しそうな食べ物の匂いが押し寄せる。
こちらはもうお腹いっぱいなので平気だ。


ビールはまだ飲まずに居る。
佐久間さんがまた、あの美味しいワインを
出してくれるかもしれないことへの期待が
私を少しだけ紳士にする。




玄関に着いた。
シャルマンさんのカレーを思い出す。
すると、さっき食べた夕飯のゲップが出た。
ゲップの音ではさすがの佐久間さんも
私に気付いて出て来てはくれなかった。



ドアの呼び鈴を押した。
ビビーッ!!



出てこない。
もう一度押した。ビビーッ!!
あれっ?
まだ出てこない。
出てくる気配も無い。



ありえない!
今日23日は私が来るとわかっているはずである。
家には居るような感じで明かりが各所に点いてはいる。
玄関も庭にも煌々と。



そっと玄関を開けた。
ガチャ。
開いた!



まさか!
私の脳裏に一瞬、不安がよぎった。


歳も歳だし、
倒れてたりしないだろうか?



心配になって私は大きな声を出した。


「佐久間さーん!居ますかー?来ましたー!
真田でーす!大丈夫ですかー?」



美声が響き渡ったが何の返事もない。
洗面台にも風呂場にも電気が点いている。


風呂で溺れてないか?
そっと風呂場を覗く。
居ない。
ヒノキの香りで鼻がいっぱいになった。



廊下にも電気が点いている。
台所とリビングとピアノを照らすライトも点いている。
しかしどこにも居ない。
返事もない。



後は、この奥だ。


一番奥の寝室と上の階だ。
上の階には行ったことはない。



一人では上の階には怖くて行けない。
何が出てくるか分かったもんじゃない。
何が出てきても不思議じゃないほどに。



しかし緊急だ。
きっとこの状況は緊急だ。


まずはこの一階の一番奥の部屋まで行こう!
そっと、その寝室を覗いた。
ドアは開いていた。


入り口からベッドを隠すように
クラシックのいっぱい詰まったこげ茶色の家具のように
立派で大きなCDラックが見えた。



居た!
CDラックの向こうの佐久間さんが
ベッドの上でテレビを見ている。
熱心に見ている。夢中である。


良かった!無事そうだ。
ちゃんと上半身を起こしてテレビを見ている。



呼び出す音や声が聞こえないくらい大切なニュースでも
やっているのだろうか?


それとも、とうとう・・・


私を見て「誰だ?」と言われるかも知れない事に
覚悟して、唾を飲み込んだ。



しかし夢中な佐久間さん。
今の私の姿にも気気付ないほどテレビを見ている。
見入っている。



テレビはこちら側からは
何が写っているのか、大きなCDラックで見えない。



CDラックの隙間から
口を半分開けてテレビを見ている佐久間さんの顔だけが見える。
とうとうボケてしまったのかな?
残念だ。
もっと色んな事を教えてもらっておくべきだった。


なんていったって成功者だ。
これだけの屋敷を東京のど真ん中にぶっ立てて
一人で住んでいるなんて。
クラシック少年が建築士として、
この東京で成功して家族を持ち
子供も育てて、孫も居る。
引退しても、体の芯から滲み出る少年のような素直さと好奇心で
楽しく遊んでいるような毎日を過ごす70歳。


こんな楽しそうに生きている大人を
私は初めて見たのだ。
変態だとしても。



おや?
庭が見える窓ガラスに佐久間さんの後ろ姿と
テレビの画面が反射して映って見えた。



なんと!
エロビデオではないか!
何してるんだ!まったく!


名残り惜しんで褒め称えた先ほどの事は全面撤回する!


そして撤収の合図を自分で自分に出し、足を動かした所で
ようやく佐久間さんが声を発した。


「ん?おう、真田か?そうか、もうそんな時間か。」


「いや、失礼しました。今日は帰ります。また今度に・・・」


「いや、気にするな!入れ!ちょっとこっちに来て
これを見てみろ!」


恥ずること無く堂々と声を出す佐久間さん。
臆することなど決してなく、
悪びれることももちろん無い。


そうだった。悪いことではなかった。
でも私は他人とエロビデオを見ることに慣れていない。
高校生の時に少しだけ学校の友達の家で見たくらいだ。


三段になっている豪華なCDラックの一番下は
アダルトビデオだということは知っていた。
前に貸してくれようとしていたからだ。



あまりにも堂々としているので
別の話をするのかも知れないと思って
私はそっと佐久間さんのほうに近付いた。


近付いて来た私に佐久間さんは言った。


「確かお前は、家にビデオを見る機械が無いと言っていたな。
ここで見ていくか?」


そして上映はそのまま続いた。


テレビ画面を見た。
裸の女の人が一人いて、
その周りに裸の男が3、4人居た。


何をしているのかはもちろん分かるし、
興味もある。


しかし、この状況では見る気にならない。
私は帰りたくなった。


何も私が来ると分かっている集金の日に
スイッチを入れなくてもいいではないか。


それとも私を興奮させるためなのか?


「どうだ?興奮するだろう?」


まるで心を読まれたかのように言って来た。


しばらく、どうしていいか分からずに
テレビ画面を見ていると、
隣でガサゴソと布が擦れる音がしたので
横を見た。


佐久間さんが自分の逸物を引っ張り出して、
おっぱじめたのだ!


いやいや。
もう帰ろう。


いや、ちょっと待てよ!
帰りたいけどまだ集金が終わってないぞ!
私は心の中で叫んだ。



しかし私は思い直した。
これは何かの勉強なのかも知れない。



まず、
第一に70歳になっても性欲がある事を知った。
第二に70歳になっても勃起する事を知った。
第三に70歳になっても完全に勃起する事を目撃した。
第四に70歳になってもオナニーをする。
精子は出るのだろうか。
いや、やっぱり知りたくない。
帰ろう。



私はオナニーはまだ無知で未熟な若者がするものだと思っていた。
もっと大人になればしなくなるものだと・・・思っていたのだ!


佐久間さんが黙ったままで突っ立っている
大人しい私に声を掛けた。



「なんだ。興奮しないのか?
よく見ろ。女の裸だけを見るな。全体を見るんだ!
女がただ一人で居るだけではつまらん。
色んな関係性があるから興奮するんだ。
男の方も見ろ。男がいるから女も興奮するんだ。
見ろ、男の立派なモノを。
あれがあるからこのビデオが成り立っているんだ。興奮するだろう。」


何を言ってるんだ!この人は!
でもやはり芸術家や建築家として現実に成功を収めた人達は、
これくらいは普通なのかも知れない。


常軌を逸するのが普通。
これぐらいの常識からは簡単にイカれないと成功しないのだな、きっと。
私はまだ間に合うかな?



ダメだ!やっぱり帰りたい。
コタツとビールと漫画とギターがある部屋に。
なんで私はこんな空間に居るんだ?



もう、まともに画面を見れない。
かと言って佐久間さんの方も見たくない。


いや、見てしまう。


私は自分が70歳になった時のことを考えた。
さっきの4つの項目を全て満たせる体で居られるのだろうか考えた。



私は出来れば女性にお世話をしてもらいたい。
そういえば佐久間さんに女性の影がない。
奥さんも10年ほど前に亡くなったと言っていた。



「見ろ!男を見るんだ!立派だろう!」


なんだ?さっきから男、男って。
私が何も知らないだけなのか?
確かに女性が一人で裸で映っているよりは
男性とセックスしている方が興奮する。


もしかしたら、それが成功の秘訣なのか?



そう思って私は
もう一度、テレビ画面に映る男性の性器を見た。
モザイクで隠されていない映像。
立派だ。



立派なのは分かった。
でも興奮なんてしない。
これが成功の秘訣なのか。
ただの性交にしか見えない。
私には成功者になる素質がないのだろうか。



そして横を見てみた。
そこには映像と同じくらい立派なモノを握りしめて
画面を食い入るように見ている70歳の成功者が居た。



ここから私は何を学べばいいのだ?
困っていたら佐久間さんが言った。



「お前も我慢できなかったら抜いていっていいんだぞ。」



自分のモノを、出す?
いやいや、無理に決まっている。
さすがに帰りたくなった。
もう帰ろう。
絶対に帰ろう。



私は夢中になっている佐久間さんからそっと
少しずつ離れて行った。



気付かない佐久間さん。



私はそのままベランダ側の窓から庭に出て、
いつもお茶を飲んでるテーブルがあるリビングに
靴下のまま移動した。


寝室のほうを見た。



庭から見える佐久間さんの上半身は
なんか悲しかった。
下半身は、、、、
思い出したくもなかった。



お金も集金も成功も、もう、
どうでも良くなった。



どうせ毎日、新聞を配達しにくるんだし、
いつでももらいに来れるだろう。
さようなら佐久間さん。
なんか急に心が離れた。


すっかり暗くなった道を自転車で走った。
行きしの自分はもうこの世界には居なかった。
知ってしまった自分が帰り道に居る。
まだまだ自分の知らない世界がこの夜の街に
無数に広がっているんだろうな。



お店に戻った。
そうだ。
集金カバンは帰ったらお店に返さないといけない。



私は自分の財布から新聞代を引っ張り出して
集金カバンの中に入れて、お釣りの分のお金を自分の財布に入れた。
そして佐久間さんの分の領収書をちぎって、それも自分の財布に入れた。
そして、この事は誰にも言わなかった。


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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