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風雷の門と氷炎の扉⑩

「ゼータを殺すと言ったのか?ウリュよ。」

「ウリュ様…こ、殺すとは…」

フウマとヒョウエは驚きで目を丸くした。

「ゼータを殺す。そして時間が無いの、私には。」

「り、理由は…?なぜ殺す必要があるのだ?」

「後で…後で話します…。今は話せません…。」

ウリュは言い終えた後、はらはらと涙を流した。
フウマはウリュの涙に考えを奪われる事無くウリュを問い詰めた。

「ウリュ、私は、後で…とか、今度…とかが嫌いだと昔言わなかったか?後回しにして命をも脅かす事態になったらどうするのだ?」

『そんなもの全てが当てはまる訳じゃない…』

ウリュは反論を叫びそうになったがぐっと堪えた。
この協力者無しではここまで辿り着けなかった。
そしてこれからもこの協力者は必要だ、そう考えると不要な争いは避けるべきだと判断したのだ。
赤い目のまま、やや興奮状態であるウリュだが、思考は比較的正常な状態だ。
呼吸の乱れも治まっている。

「今言うべき事じゃないのです。分かって下さい。」

「人一人を殺そうとしているのだぞ?訳を聞かされずに私がそれを手助けしようと思うか?」

フウマの言葉にウリュの苛つきが加速していく。

「ウリュよ、どう思うのだ?質問に答えるのだ。」

『フウマ様の協力が必要…なの…?私は…戦える。ゼータの居場所なんか村人に聞けばすぐにわかる…協力…必要?』

「ウリュ!!人を殺すと言ったのだぞ!?お前は!!」

沈黙し、取捨選択を考えていたウリュにフウマは遂に声を荒らげた。
ヒョウエは慌ててウリュの元へ駆け寄り庇うような体勢を取った。

『必要…?必要…?今の私に必要…?私は今…私の今…』

「き、協力を…」

『イラナイ…』

「き、協力をしないならば…」

「何だ!?何が言いたい!」

フウマがウリュに顔を近付けた瞬間、ウリュの口調ががらりと変わった。

「私は一人で歩む。」

「!?」

「な…!?」

ウリュはすくっと立ち上がり、固まるフウマとヒョウエを見下ろした。

「私は成すべき事がある。その為には今フウマ様に話すべき事じゃないと私は思った。ここまで私を導き、私を助けてくれた事は感謝しています。ですが…見えたのです…全てが…。それを今、フウマ様に言う事は出来ない。ここでお別れです。これで多分、もう二度と会う事はないでしょう。今回、こうして会えて…本当に嬉しかったです…。」

「ウ、ウリュ…。」

「そして…フウマ様…ゼータを庇う、守ろうと言うならば…」

「ウリュ様!!お止め下さい!!」

ウリュは腰に挿した刃物を抜いた。
ヒョウエは慌ててウリュへ駆け寄り両手を横に開いた。

「相手になります、フウマ様。」

「…ぬぅ…。」

「ゼータとフウマ様は母親は違えど兄弟ですから…気持ちは分かります。さぁ、ゼータを守るというのであれば私は相手になります。」

「ウリュ…この未熟者が…。」

フウマは木刀をぎりっと強く握り、ウリュを鋭く睨み付けた。

『しかし…この自信は何だ…?今のウリュでは私には遠く及ばないはずだが…』

フウマは考えた。
ウリュの自分へのありえない態度と自信の根拠がどう考えても分からない。
いつもと違う事は赤い天を見て、取り乱した事だけだ。
フウマは考えに考えた末、力無く首を横に振った。

「私を切り捨ててでも成し遂げたい事を私が止める訳にもいかないだろう。だが…訳も言わずに人を殺めようとする人間に協力はできん。」

「そうですか…」

『お別れですね。永遠に…』

ウリュはそう続ける事は出来なかった。
もう二度と会えないと思っていた師と再会出来た。
しかし、この言葉を言ってしまったら少しの希望が無くなってしまう気がするのだ。
ウリュは小さな期待と希望を胸にフウマの次の言葉を待った。
しかし、その期待は叶わなかった。

「ウリュよ、お前が何を垣間見たのかは分からないが人を殺めるのは賛成できぬ。ゼータも人であり、ゼータの暮らしがあり、ゼータの家族があり、ゼータを慕う者もいる。ゼータ一人を殺すという事はそれら全てを殺すのと同じ意味なのだぞ?」

「…。」

ウリュの沈黙はフウマの説得に屈した証ではない。
ウリュの目つき顔つきからそうではない事をフウマは察した。

「ウリュよ、お前が今話せないと言っている事はいずれ私は知る事になるのか?」

「…はい…。必ず…。」

「そうか…分かった。ならばここで…」

ウリュは悲しげな顔で下を向いた。
次のセリフが分かっているからだ。

『私が言うのを躊躇った言葉をあなたは簡単に言ってしまうのですね…だけど…もう…私は止まる事は出来ない』

「ここでお別れだな。」

「はい、後悔はありません。そしてその時…全てが分かります。」

「ウリュ様…。」

「ヒョウエも…」

ヒョウエもついて来なくていい、自由にしていい、ウリュはそう言おうとしたがヒョウエに遮られた。

「ついて行きます、どこまでも。私は戦神に仕える身。戦神が人を殺すという判断をするならば…喜んで手を汚します。ウリュ様が例え突き離そうとしても無駄な事。必ず後に続きます。」

「ありがとう、ヒョウエ。本当にありがとう…。」

ウリュはヒョウエに深々と頭を下げた。
そしてウリュはフウマへと視線を向けた。

「フウマ様、ありがとうございました。これで…本当に…」

ウリュは子供のような顔で泣き始めてしまった。
その顔は本当に子供ように純粋だ。
一切余計な感情が含まれていない悲しみの表情だ。

『人を殺めようとしている顔じゃないな…。気の迷い…?いや、違う…純粋故に…純粋に目的の為に人を殺めようというのか…?』

フウマの心は揺れた。
ここで教え子を野放しにして本当に良いのか、ゼータを殺そうとしたその時本当に自分がウリュを止める事ができるのか、なぜ目的を教えないのにも関わらずゼータを殺すとだけ自分に言ったのか、止めてほしい?いや違う、と考えは止まらないし、まとまらない。

「フウマ様…最後に…最後に…この未熟者を抱き締めて下さい…。穢れる前に…旅に出る前に…。」

「ウリュ…」

「ウ、ウリュ様…?」

フウマはヒョウエの複雑な表情を置き去りにしてウリュをそっと抱き締めた。
その大きな身体と腕で優しく抱き締めた。
ウリュは泣きながらその身をフウマの胸元に預けた。

「ウリュ、お前はもう二度と会えない、そう言ったな?」

「は、うぅ…はい…うっ…」

「それは死を意味しているのか?」

「言いません…うぅ…」

「ウリュ…」

「言えないの!言えないのよ!!分かって下さい!!うぅ…うっ…」

「分かった分かった…未熟者め…。」

フウマはフッと微笑んだ。
そして少し力を込めてウリュを抱き締めた。

「んぅンふ…」

ウリュの肺の底から何とも悩ましい吐息が溢れてくる。

「苦しいのか?」

「いえ、…もっと抱き締めて下さい…。」

ヒョウエは顔を背けた。

「ウリュ…」

フウマはウリュを抱き締めたまま赤い天を見仰いだ。

『私がウリュをここに導いた。今のウリュは私が作った。本当にこのままで良いのか…?どうする…?』

フウマの葛藤が続く中、ウリュはフウマの腕の中からフッと離れた。

『いつまでも教え子としておくのも失礼というものか…。そして何より…』

「ゼータは強い。」

「…?」

「ウリュ…お前ではゼータに勝てな…」

「ゼータは私に勝てません。」

「な、な…何?」

「私に勝つ事は出来ない。」

ウリュは確信を持った口調でフウマに言い放った。

「奴はヒール(治療の術)を使うのだぞ?一発で絶命させねば何度でも…」

「一発で終わりです。」

「腕っぷしもこの私よりも…」

「大丈夫です。」

フウマは数秒呆気にとられた後、ウリュの赤く光る目を見つめた。
そしてフンと鼻で笑うと、身体を赤い天の方へと向けた。
ウリュは真っ直ぐフウマの背中を見つめている。

「ヒョウエ、ウリュを頼むぞ?この未熟者の面倒を見るのは大変だろうがな。」

「当然です。そして私の主を私の前で未熟者呼ばわりするのはお止め下さい。失礼極まりない。」

「ハハッ、怒ったなヒョウエ。フフ…すまんすまん。そう怒るな。」

フウマとヒョウエは背中で語り合っている。
背中で語り合う2人に若干の嫉妬を覚えたウリュは踵を返した。

「行くわよ、ヒョウエ。フウマ様、それでは失礼します。」

「はい。」

ヒョウエはウリュの方へくるっと身体を返した。

「ウリュ、帰り道も遠いぞ?」

フウマはまだ背を向けたままだ。

「心配はいりません。大丈夫です。」

ウリュはすぅっと息を吸い込み、腹を思い切りへこませた。

「ウリュ様、な、何を…?」

「ああええええええええええ!!!」

ウリュは凄まじい奇声をあげた。
そのボリュームにヒョウエは身体をビクつかせ、さすがのフウマも背を向けたままであるが肩をすくめた。

『な、なんて声だ…ウリュ様の声じゃない!!』

ヒョウエが驚いていると森から共鳴するかのように叫び声が聞こえてきた。
その後雷のような地響きも聞こえてきた。
その地響きは段々とウリュ達に近付いてきている。

「ウリュ様!な、何を!?」

ヒョウエは慌ててウリュへ尋ねるが返事はない。
ヒョウエがあたふたしていると、森から数匹のブークが現れた。

「あぎゃあああえええええ!!」

「うわぁ!ブークだ!で、でかい!き、危険です!ウリュ様!」

ブークの鳴き声とその身体の大きさにヒョウエは恐れおののいた。
ブークの身体は、現世界で言うところの馬である。
足、尻尾の茶色い毛は非常に長く、ジプシーバナー(※1)のような神々しい出で立ちだ。
しかし顔は老人女性でボサボサの白髪を振り乱し、険しい表情で甲高い鳴き声を辺りに振り撒く様は凄まじく不気味だ。
神話に登場しそうな美しい身体にしわくちゃの老婆の人面という両極端なその姿は、牛の身体に老人男性の人面を持つバーよりも不気味さは際立つ。
ブークは何でも食べてしまう悪食で知られる。
人とて例外ではない。

「ぎゃああああ!!」

数匹のブークの中から一匹、身体の大きな個体が再度絶叫し、ウリュの元へゆっくりと近付いてきた。

「ウリュよ、お前がブークを呼んだのか?」

背中で問いかけるフウマを無視し、ウリュはそのブークへ右手を差し伸べた。

「フルルルル!ああええええ…ええ…ええ…」

ブークは落ち着いた様子でウリュの右手にしわくちゃの頬を擦り付けてきた。

「いい子ね。乗せて行ってくれる?」

「な…!ウ、ウリュ様…!?し、正気ですか?ブークに乗る…?」

「…!」

フウマも後ろを向いたまま驚いている。

「よし、いい子。じゃあ乗るわよ?いいわね?」

「ふー!ふー!」

ブークは顔は険しいままで表情が変わらないが、明らかにウリュの言葉を理解している様子だ。
ウリュは立髪を掴むと、ぐぃっと身体を上げて軽やかにブークの背に乗った。

「あ、ありえない…ブークに乗るなんて…」

ヒョウエはその光景に驚いた。
そしてブークに跨がる自分の主はまるで別人のように威厳に満ち溢れている。

「ヒョウエ、乗りなさい。行くわよ。」

「え?は?う、え、は、はい…?」

「変な返事しないの。乗りなさい。」

「で、でも…ブークですよ?」

「何度言わせるの?乗りなさい。」

「う…」

今まで見た事の無い大きさのブークに跨がらなければならない恐怖と、別人のようなウリュへの恐怖をヒョウエは短時間で比較した。
そして意を決したヒョウエはヨタヨタとしながらもブークに跨がり、ウリュの後方へと腰を降ろした。
ウリュへの恐怖が勝ったようである。

「フウマ様、お達者で…」

「…。」

無言のフウマの背中をウリュはチラッと見ると、ブークの首をトントンと軽く叩き、方向転換した。

「あぎゃええエエエ!!」

ウリュが絶叫すると、ブークは跳ね馬のように前足を立ち上げて絶叫した。

「おアアアエエエ!!」

そしてブークは前足を着地させると凄いスピードで森へと消えて行った。
そして数匹のブークも後を追うように森へと走っていく。
その場に残されたフウマはピクリとも動かない。
赤い天を真っ直ぐ見つめていた。

「ウリュ…ゼータには勝てぬ…。だから私と歩め…なぜ…それが言えなかったのだ…。」

消え入りそうな声でフウマは囁いた。

「フン、今更考えても仕方がない…。無い頭を振り絞ってみるのも…」

フウマはようやく身体を動かした。
そしてその場に座り、目を閉じた。

「残り少ないであろう命を燃やすのに丁度いい。こいつを振り回すのにも飽きてきたところだ。」

フウマは目を閉じたまま木刀を自分の脇に置き、再び仏像のようにピクリとも動かなくなった。


(※1)
ジプシーバナーホース

お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定は本日から7日後を予定しております。
最近長編連載の間にショートショートも投稿しております。
お読みいただけると幸いです。
尚、筆者は会社員として生計を立てておりますので更新に前後がございます。
尚更新はインスタグラムでお知らせしております。



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