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習作5

「この歳になってもさー、結婚しなくてよかったと思うわ、ぶっちゃけ〜。」 アイスコーヒーのSサイズのカップを紙製のストローでかき混ぜながら彼女は言う。 「えー、私はちょっとやばいのかなとか思っちゃうけど.…。」 「いやいや、周りで結婚した友達も、半分くらいは離婚してるし、子供なんていたらもう自由ないよね。」 「まぁ、確かに。正直子供持つなんて考えられない。そもそも他人と生活するのが無理かも。」 「周りからの目とか気にすることないって。まぁ子持ちが休みとか優先されてるの見るのはち

    • 君がここにいなくても

       はい、あなたの人生はもうおしまいです。って誰か言ってくれたらいっそ楽なのにと思う。人生が終わる、そう言うとまるで映画が感動的なラストシーンを迎えて、Endとか完とかって画面に表示されて、あとはスタッフロールが流れるあれを想像するが、実際は違う。受験に落ちた日は決定的な瞬間だったが、人生の終わりではなかった。大学で留年が決まった日も、決定的な瞬間ではあったが人生の終わりではなかった。就職が決まらないまま大学を卒業した日も、決定的な瞬間ではあったが、人生の終わりではなかった。で

      • 習作4

         梅雨が始まった。ジメジメして気持ち悪い。憂鬱な出勤がもっと憂鬱になる。お客さんの数は減るけれど、変わりに一回の会計が多くなる。しかも大雨で回線が時々不調になって、クレカ端末やQR決済がうまくいかない事がある。それのせいで会計が長引いてお客さんも苛立つ。それはちょっとした態度に現れる。表情、声のトーン、お金の出し方。私は悪くないのに、と思いながら何度も何度も 「申し訳ございません。」 と繰り返している。 「いつまで続くかな。」 「ねー、今週一週間くらいはずっと雨らしいね。洗濯

        • メンズコーチ☆

           男性は女性を「可愛い」で評価するのに対し、女性は男性を「かっこいい」で評価する。かっこいいとは、概ねヒエラルキーの上位に君臨する要素を指して言う。足が早いとか頭が良いとかコミュニケーション能力が高いとか収入が高いとか。ただこのことは裏返せば、女性からの評価を気にして行動することが、そのまま自身の社会的地位の向上につながると言うことも意味する。男は愚直に女からかっこいいと思われるように振る舞えば大抵のことがうまくいくようにできている。  ただ女性の場合はこうもいかない。女性の

          習作3

           翌朝目覚めて形態の画面を見ると、通知が一件。 「星名です。よろしくお願いします。」  SNSってイマイチ使い方がわからない。こういう時って丁寧に返事したほうがいいのか、それとも軽くよろしくって言うだけでいいのか。結局相手に合わせて 「佐々木です。よろしくお願いします。」 とだけ返した。  みーちゃんは起きて一階のリビングに降りたみたいだった。時計を見ると9時。出勤は13時だからまだまだ時間に余裕がある。写メで取っておいたシフト表を見ると、星名くんは今日はお休みだった。 「お

          習作2

          (フィクション)  他人と比較することをやめたい。自分には自分の幸せがあるって信じたい。でもこの年になると見ないようにしていたものが段々と見えてくる。それは昔は遠い未来だと思っていたもので、今は目の前に迫っているあらゆる現実だ。人はいずれ死ぬ。親も死ぬし、兄弟も死ぬ。そして私も死ぬ。でも死ぬってそんなに単純なことじゃない。その前にいろんなことが起きるんだ。しかもそれは一回起きておしまいというものでもない。だんだんと気付かないうちに私の身の回りが蝕まれて、終りへと向かって行く。

          習作

          もう二度と過去には戻れないと言う事実を無性に悲しく感じる時がある。美しい過去を思い出しても、まるで今の私とは全く違う人の記憶のように思えてしまう。もし仮に彼が今目の前に現れてもう一度やり直したいと言ってきたとしても、それはもう昔の彼ではない。もう今の彼とは膳所公園のベンチで琵琶湖を眺めながら1日中おしゃべりして休日を過ごすことも、深夜のコンビニで雪見だいふくを買ってはんぶんこして食べることも、親に隠れて深夜まで電話して翌朝二人で寝坊することも、永遠にできない。もし今もう一度出

          人間関係

           人間関係の親密度はある程度まで会話の内容で測ることができる。  会話は前提条件の共有に始まり、さらに新たな共通認識を確立していく行為である。挨拶によってまずお互いが同様の言語を話すことが共有される。これが不成立の場合言語でのコミュニケーションが不可能と判断される。その次に名前、出身地、趣味等の話題になる。これらの情報は、相手とどの程度前提条件を共有しているかを認識するのに役立つ。出身地の会話を例に取ってみよう。 「出身は、〇〇です。」 「え!地元〇〇なんですか!一緒です。っ

          人間関係

          家庭を持ちたいですか?

          この前兄貴の貯金額を知って驚いた。株式投資もやっていて、順当に資産を増やしている。何のために金を貯めているのかといえば、早期退職して隠遁生活を送るためらしい。まだ学生なのに、こんなんだから、就職すればもっとすごいことになるんだろう。  かくいう私自身も、同じような考えを持っていた時期はある。結婚も将来の夢もどうでもよく、ただ自分ひとりが衣食住満ち足りた最低限の暮らしができればそれでいいと考えていたのだ。今の日本にはこういう考えの人間が多いのかもしれない。  少子高齢化問題

          家庭を持ちたいですか?

          コミュ力と言語能力は違うんです

          コミュニケーション能力と言語能力は似ているようで異なる。言語能力というのは、言語を用いてなにか表現する能力である一方で、コミュニケーション能力は、その言語能力を他者との関わりの中で適切に運用する能力を言う。(もちろん非言語コミュニケーションも存在するが、ここでは言語を用いたものを指して言う。)  このことを理解するために「好きな食べ物はなんですか?」と聞かれた場合のことを考えてみよう。  適切な回答は当然好きな食べ物を答えることだから、「カレーです。」とか「ハンバーグです

          コミュ力と言語能力は違うんです

          団塊世代は悪、Z世代は将来の悪

           バイトの関係で、団塊世代と呼ばれる人らと関わりを持つ機会がある。それほど多くの言葉を交わさないものの、少し会話する程度でも世代の差を認識させられる。  ついこの前、私はある老夫婦の会話に違和感を覚えた。  発言だけを切り取れば 「女の運転は信用ならんから。」 という夫の何気ない一言である。その後に続く 「私が代わりに運転したのですよ。」 という発言の前置きという文脈で放たれた言葉だった。私はフェミニストではないから、この発言に特別な嫌悪感を抱いたわけではないが、

          団塊世代は悪、Z世代は将来の悪

          夜景を見て

          「僕は就職するが、君は昔のままの夢を追い求めていて羨ましいよ。」 「夢か。夢というのは、見ている間が一番幸せで、叶えてしまえば虚しいものなんだろうな。」 「どういうことだい?」 「僕はなにか、世界を変えたいとか、新しい発見をしたいとか、昔は漠然としたものを目的として頑張っていた。研究者になることがその手段だと思っていたし、そのために大学受験も頑張った。」 「でもまだ夢を叶えていないだろう?」 「そう、叶えていない。叶えていないが、大学へ行くという一つの過程を経て近づ

          夜景を見て

          2023年を振り返って

           2023年がいつ始まったかもはや覚えていない。たしか1年前に始まったはずだが、そうでない気もする。知る限り一番古い記憶は2月5日のことで、この日の夜遅くに電話がかかって来て、それで新しい1年が始まった。幸福な1年だったが、9月の末頃に終わって、その1週間後に新年を迎えた。ちょうど月が美しい季節だった。だから2023年がいつ始まったかなんてわかりようもない。  大晦日の明け方は街も駅も人はまばらで、労働に出かけるのはもしかしたら僕だけかもしれないと言う風な錯覚を起こしたが、世

          2023年を振り返って

          ロシアのプロパガンダ

          ロシアによるウクライナ侵攻から2年が経とうとしている。プーチンが停戦に前向きな姿勢を示しているとする情報もあるが、依然として先行きは不透明である。  開戦の2022年2月24日、SNSでまずその情報を知って衝撃を受けたことを覚えている。それからは授業もロシアによるウクライナ侵攻一色に変わって、侵攻の理由とかを色々議論したのを覚えている。このときすでにロシア側の主張はただのプロパガンダであるという風なところは前提として成り立っていた。もちろんNATOやウクライナ側に問題がない

          ロシアのプロパガンダ

          卒論お気持ち

           卒業を目前にして卒業論文という最後の課題に四苦八苦している。思うように筆が進まないから、ネットで「卒論 意味ない」とか「卒論 留年」とかいう単語で調べて、似たような境遇にある連中の体験談や同じようなことを考えている人間の不平不満に触れて、なんとか精神の平静を保っている。そんなことをする暇があれば卒論の執筆を進めろと、自分でもわかっているが、わかっていることと、できることとは異なる話なのだ。  卒業論文は論文称している以上は学術的に価値がある、すなわち、新規性と独創性があって

          卒論お気持ち

          Мой брат

          ドライブデート☆ 「今度彼女とドライブに行きたいんだけど、今日練習に付き合ってくれない?まだ人載せるの怖くてさ。」 「えー、めんどくさ。どこ行くの?」 「種差海岸。」  大学の夏休みで帰省して来た兄さんにそう言われた。受験勉強に気疲れしていた私にとって、この誘いは本当はちょっと嬉しかった。けれども気怠げにそう言ってしまったのは、彼女とのドライブの練習に付き合わされるのを喜ぶのが、なんだか惨めに思われたからだった。 「一人で行ってくればいいじゃない。別に大して変わらな

          Мой брат