君がここにいなくても

 はい、あなたの人生はもうおしまいです。って誰か言ってくれたらいっそ楽なのにと思う。人生が終わる、そう言うとまるで映画が感動的なラストシーンを迎えて、Endとか完とかって画面に表示されて、あとはスタッフロールが流れるあれを想像するが、実際は違う。受験に落ちた日は決定的な瞬間だったが、人生の終わりではなかった。大学で留年が決まった日も、決定的な瞬間ではあったが人生の終わりではなかった。就職が決まらないまま大学を卒業した日も、決定的な瞬間ではあったが、人生の終わりではなかった。でも、気付いたら俺の人生は終わっていた。不思議だ。いつEndと表示されたんだろう。いつスタッフロールが流れたんだろう。もしかして上演中に寝ていたせいで気づかなかったんだろうか。だとしたら今目の前で見ているこれは一体なんなんだ?夢か?まぁ俺が今こうして寝ぼけたような人生を送っているのはどうでも良いが、ぼんやり気持ちよく座っていたせいで、映画は終わっているのになかなか立ち上がれない。係員さんが起こしに来るまではまだいいや、と思ってこのままふかふかなベッドの上に寝ていたい。だから「おしまいです!」と言ってほしい。そうでないと覚悟を決められない。
 ん?自殺するつもりか?だって?まさか、そんなわけ無いだろ。そんなことをするくらいならもっとマシな覚悟の使い道ってものがある。まぁ多分別にマシでもないが、最後にやりたいことをやって、そしてから死ぬほうがいいに決まっているじゃないか。好きなだけ暴れたい。まず、とりあえず大金を奪って、その金で豪遊して、でもどうやって、どこから金を奪う?で、豪遊って何するんだ?金を使ってでもやりたいことがあるんなら、俺はそのために意欲を持って頑張れた。それがないから今こんな状態になっている。え?どんな状態かって?恥ずかしくていいたくもない。俺がどんな状態でもいいだろう。というか想像くらいつくだろう。勝手に想像しとけ。あ、でもニートとかではない。一応味気ないながらも自分の力では生きている。その程度のことはしている。あまり誇らしく語れるような生活じゃないというだけ。ただそれだけだから。でも俺にとっては終わりみたいなものだ。もう終わっている。もう終わっているから決断すべきなのだ。捨てるべきプライドも誇りもない。俺は周りからどういうふうに見られたって構わないのさ!例えば俺が今から全裸になって公園で歩いて逮捕されてネットで笑いものになっても良い。もう誰からどんなふうに見られたって同じこと。俺の人生は誰の目から見ても惨めで蔑むべきものだ。だから、いいんだ。なにか、俺を奮い立たせる何かさえあれば。 
 きっかけというのは、案外唐突にやってくるものだ。別にそれは、他人から見てきっかけと呼ぶほどのものでもないかもしれない。でも俺にとってはきっかけなんだからそれでいい。母が亡くなった。それがきっかけだった。
 葬式が終わって、しばらく放心状態で過ごした。こんなきっかけ望んでなかった。でも、仕方ない。確かにそうだ。考えてなかった。俺は母さんを悲しませたくなかった。でももう、母さんはいない。母さんは俺の醜態を見なくて済む。俺はダメな息子だったけど、それでも人様には迷惑かけずに慎ましく生きてたって、そう思って逝ってくれた。もう大丈夫だ。もうあとは何も考えなくて良い。
 部屋を片付けた。片付けたというより、生活に使うものを全部捨てた。もう使わないから、持っていても意味がない。仕事はやめた。色々言いたかった事を全部吐き出してからやめようとも思ったけど、もうどうせ関わらないからどうでも良いやと思って、辞めるとだけ伝えた。もう俺は本当に全てを失った。もうあとには引けない。
 佐々木さんって人がいるんだ。高校時代に好きだった。今でも夢に出てくる。その人を今から誘拐しに行く。家は知ってる。大体の生活パターンも把握してる。攫ったらどうするかはまだ考えてない。とりあえず好きだって伝えたい。ずっと好きだった事を伝えたい。それから、なにかしてほしいことがないか聞く。あんまりお金がかかることはできないけど、一応この日のためにいくらかは貯めておいた。1000万円くらい。流石に力負けはしないと思うけど一応体も少し鍛えた。車を停めて、家の前で待機する。あ、来た。佐々木さんだ。
「あの、すみません。」
「はい、なんですか?」
「あの、ちょっと、あーえと」
あれ、どうすればいいの?なんで話しかけちゃったんだ?
「道ですか?」
「え、あ、そうじゃなくて。」
「ごめんなさい、失礼ですけどもしかして外国の方ですか?」
「あ、え、はは、いえ。僕です。」
「はい?」
「あはは、僕ですよ、僕、忘れたんですか?」
「ごめんなさい、ちょっと急いでるんで。」
「え、待ってよー」
「ちょっと、離してください!」
 少し手間取ったが、とりあえずうまく行った。なかなかイメージ通りにいかないことのほうが多い。急がなければ、もうあまり時間も残されていない。
「ごめんなさい。乱暴してしまって。ちょっと久しぶりだったから緊張しちゃって。」
「.…」
「ていうか、敬語で話す必要ないか、同級生だし。あの、ほら席となりだったの、覚えてない?」
「…」
「そっか。覚えてないか。まぁでもいいや、はじめましてでも。」
「…」
「なんか緊張しちゃうな。あ、えと、あの、
ずっと好きでした!僕と結婚を前提に付き合ってください。」
「…」
「やっと言えたー!ここまで長かったよ本当に。」
「.…」
「で、ちょっと見てほしいんだけどこれ見て!僕の通帳!1000万円あるの!すごいでしょ!なにか欲しいものとかない?あ、なかったらこれそのままあげるけど。」
「.…」
「遠慮しないでよー。これぜんぶ佐々木さんのために貯めたお金だよ?」
「….」
「ま、今日は遅いからもう寝ようか。ゆっくり考えてくれればいいから。それに、別にダメならダメって言ってれたらそれでも構わないよ。もし今はダメでも、僕、佐々木さんに認めてもらえるようにこれから頑張るからさ!じゃ、もう電気消すね。お休み!」
 佐々木さんと同じ部屋で寝る日が来るなんてまるで夢みたいだ。でも俺には理性ってものがある。佐々木さんに嫌われるくらいなら死んだほうが良い。もちろん佐々木さんに触れたい、抱きしめたいと思ってはいるが、それで嫌われてしまうくらいなら、俺は我慢する。でも、もし彼女が心の奥底ではそれを望んでいるとしたら?俺に触れられることを喜ぶとしたら?いかんいかん、そんなことはあり得ない。でも、たまたま偶然触れ合うことはあり得る。隣の席だった時も、肘がぶつかったりしていた。今は隣同士で寝ているから、寝返りを打って少し触れてしまうことはあり得る。あ、ほら、今みたいに。あれ?触れてるのに避けない?避けないってことは?嫌じゃない?嫌じゃないってことは…あーもう!一か八かだ!えい!
佐々木さんの手は、柔らかくて、冷たかった。でも、握った瞬間に俺の心の炎が燃え上がるのを感じた。そうして思った。そうか、今だったんだ。ラストシーンは、今だったんだ。今までの退屈な導入は、この瞬間を盛り上げるためにあったんだ!
「さ、佐々木さん!」
俺の体は燃え上り、佐々木さんと一つになった。

はい、俺の人生はもうおしまいです。

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