習作5

「この歳になってもさー、結婚しなくてよかったと思うわ、ぶっちゃけ〜。」
アイスコーヒーのSサイズのカップを紙製のストローでかき混ぜながら彼女は言う。
「えー、私はちょっとやばいのかなとか思っちゃうけど.…。」
「いやいや、周りで結婚した友達も、半分くらいは離婚してるし、子供なんていたらもう自由ないよね。」
「まぁ、確かに。正直子供持つなんて考えられない。そもそも他人と生活するのが無理かも。」
「周りからの目とか気にすることないって。まぁ子持ちが休みとか優先されてるの見るのはちょー腹立つけど。せめて緊急勤務手当てもっと増やしてほしい。」
「子供いないからって、都合よく扱われてる節はあるよね。」
まぁ私は年中特にやることもないので、いつシフト変更が入ろうが問題はない。だからこれは気持ちの問題である。
「まぁ一番思うのは、共働きだったら結婚するメリットなくない?ってことなんだよね。扶養控除受けるならどっちか収入減らさないといけないじゃん?こっちからしたらデメリットでしかない。」
「朝子は収入高いもんね〜。私はパートだから全然だけど。朝子みたいにバリバリ働いてたら大して意味ないよね。」
「そうそう、じゃあヒモ男養いたいか?って言われたら、想像もしたくないわ〜、そんなの。よっぽどイケメンじゃなきゃ。いや、イケメンでも嫌かも。」
「頼りない人は嫌だよね。」
「まぁ、独身で生きてて楽しいし、幸せだからもうそれで満足!こんないい友達ともいつでも会えるしね!」
 私の肩をポンと軽く押しながら朝子はそう言って笑ってくれた。
「うふふ、ありがとう。私も朝子にはいっつも勇気づけられてるよ。」
 世間の人から見れば傷の舐め合いに見えるのだろうか。でも朝子は本当に幸せそうなのだ。私と違って一人で生活して、お金も時間も自由に好きなことに使って、それでもしっかり貯める分は貯めて将来に備えている。孤独でも自由であることを望んでいる、と言うよりそもそも彼女にとって結婚していないことと孤独はイコールでもなんでもないのだ。私にとっては朝子はほぼ唯一の友達だが、朝子にはたくさん友達がいる。性別年齢問わず、多様な人と多様な関わり方ができる。いつもエネルギッシュで実際よりずっと若々しく見えるし、結婚だってしようと思えば今すぐにでもできるんだろう。できないから消極的に現状を肯定するために結婚の悪い面ばかり見ている私とは違う。
「でもさ、朝子はその気になれば今からでも結婚できそうじゃない?」
「んー、まぁ全然周りには40代で結婚とかもいるからあり得なくはないんだろうけど、する気がないからね。」
でも、と付け加えて言う。
「もしそれがトータルで自分のメリットになるって判断して、かつできる場合はするかもね。そもそも結婚しないという選択をしているのは、そっちの方がメリットが大きいからってだけだからね。まぁほぼありえないけどね〜。」
 朝子の言葉には救われているところがあるが、でも完全に信じ切るのはいけないな、とも思う。明日にはふと気が変わってやっぱり結婚する、とか言い出すかもしれない。彼女から独身を取ってしまえば、私と一致するところはなにもない。その一点のみに於いて私と彼女は繋がっているのだ。彼女が私の前で「独身論」を語るのは、結局それしか私との話題がないからである。そして相手に対して大いに依存しているのは、彼女ではなく私のほうだ。独身でなくなったら彼女はもう私とは会わないだろう。でもそれ以外の繋がりも、彼女はたくさん持っている。独身をアイデンティティとして彼女と接しているのは多分私だけなんだ。そう思うと、少し寂しい気持ちになる。
「あ、てかこの前さ〜」
 彼女は意気揚々と趣味の釣りの話を始めた。ルアーがどうとか、リールがどうとか、私にはさっぱりなのだが、写真を見せながら得意げにその話をする朝子の姿は好きだ。朝子は多趣味の部類なのだが、大体おっさんっぽい。何度か誘われたりもしたがイマイチ魅力がわからず、今は話を聞くだけになっている。それにちょっとは知識が増えるから役に立つこともある。

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