習作4

 梅雨が始まった。ジメジメして気持ち悪い。憂鬱な出勤がもっと憂鬱になる。お客さんの数は減るけれど、変わりに一回の会計が多くなる。しかも大雨で回線が時々不調になって、クレカ端末やQR決済がうまくいかない事がある。それのせいで会計が長引いてお客さんも苛立つ。それはちょっとした態度に現れる。表情、声のトーン、お金の出し方。私は悪くないのに、と思いながら何度も何度も
「申し訳ございません。」
と繰り返している。
「いつまで続くかな。」
「ねー、今週一週間くらいはずっと雨らしいね。洗濯物溜まっちゃう。」
私の独り言に、後ろでレジ打ちをしていた西村さんが答える。ザーザーと大きな雨音が閑散とした店内に響いている。西村さんは溜まったカゴを回収しながら
「ところで今年の新卒の子ら、全然カゴ回収やってくれないね。こまめにやってくれてるの、星名くんくらいじゃない?」
「そうですね〜、なんかみんなお客さんいなくなるとすぐレジ抜けていっちゃいますね。」
3つあるレジのうち常に人がいるのは一つだけで、残りはお客さんが並び始めたら店内放送でレジ応援を呼ぶ事になっている。レジ応援で呼ばれた人はお客さんがいなくなって抜ける時、溜まったカゴを回収したり、次のレジ袋を用意したりしてから抜けるのがちょっとした決まりになっている。
「星名くんは、挨拶もいっつもしてくれるし、話しやすい感じするよね。」
「そうですね。この前話してみて思いました。」
話しかけてるのは私だけじゃないんだと思ってちょっとがっかりした。まぁそりゃそうだよね。
 西村さんは私よりすこし年上のパートさんで、二児の母だ。もうお子さんも高校生くらいらしく、時々他のママさん達と子供の話をしている。パートさんは大体みんな結婚して家庭を持っているから、私はまだ「若い子」扱いだ。でも実際それはすごく感じることで、出産育児を経験した人とそうでない私との間には、決定的に差があるように思う。彼女らは、一言で言えば「お母さん」なのだ。「西村加代子」という一個人であることより、西村家の母である自覚のほうがきっと強い。一人称が「お母さん」なのだ。私には想像もつかない。自分のことを「お母さん」と呼ぶなんて。私はずっと私のままだ。きっと西村さんから見たら星名くん含め新入社員の子たちは全員子供みたいに見えるんだろう。歳の差は私だって20年近く離れているけど、それでも彼らを「子供」だとは思わない。ものの見方が違うから、歳が近くても結婚して子供を持っている「ママさん」達とは正直仲良くなれない。嫌いではないし、寧ろ好きな人も多いけれど、でも絶対に友達にはなれない。
 勤務が終って携帯を見ると、LINEが一件。友達の朝子からだ。
「明日休みだったよね?ちょっとお茶しない?いきなりシフト変わって暇になっちゃった。」
「いいよ。何時からにする?」
「16時くらい。今日夜勤だから」
「わかった。」
「ありがとう。じゃあ16時に」
 朝子は幼馴染で、今は介護施設に勤務する看護師だ。もともとは病棟で勤務していたが、職場環境が悪かったせいで精神的に病んでしまい、何年か休職して結局今の介護施設に落ち着いた。そんな経歴だから私と同様まだ独身で、本人はもう一生結婚なんてしないと言っている。私が友達と呼べるのはもう朝子だけかもしれない。



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