習作3

 翌朝目覚めて形態の画面を見ると、通知が一件。
「星名です。よろしくお願いします。」
 SNSってイマイチ使い方がわからない。こういう時って丁寧に返事したほうがいいのか、それとも軽くよろしくって言うだけでいいのか。結局相手に合わせて
「佐々木です。よろしくお願いします。」
とだけ返した。
 みーちゃんは起きて一階のリビングに降りたみたいだった。時計を見ると9時。出勤は13時だからまだまだ時間に余裕がある。写メで取っておいたシフト表を見ると、星名くんは今日はお休みだった。
「おはよう。」
 階段を降りてリビングに行くと、お父さんは椅子に座って新聞を広げて読んでいる。お母さんはソファに座って、膝の上にみーちゃんを乗せて撫でている。私以外は朝食を終えたみたいだった。
「おはよう。朝ご飯向こうに置いてあるからチンして食べといて、お米と味噌汁は自分でやってちょうだい。」
「はーい。」
 朝ご飯を食べながらぼんやりとニュースを眺める。新年度、新学期、新入生、新卒社員…新しいと言う字が並んでいる。私にはもう遠い過去の話だ。
「今年も新卒の子入ってきたの?」
お母さんに聞かれた。
「うん。今年は4人も入ってきたんだよ。男の子二人と女の子二人。みんな真面目で良い子そう。」
「ちゃんと色々教えてあげてる?あんたもう10年になるんでしょ?」
「もうそんなに経つのか!」
お父さんが横槍を入れてくる。
「本当、あっという間だよね。新人教育は全部店長と社員さんがやるから、私らは殆ど話もしないよ。」
「そうなの?でも将来偉くなるかもしれない人たちなんだから、ちょっとは仲良くしなさいよ。」
「はいはい。あ、でも一人すごい話しかけてくれた子いたんだよ。連絡先も交換したの。」
「え!連絡先交換って、あんたそれ、もしかして気があるのかもしれないよ。どんな子なの??写真とかないの?」
「そんなんじゃないって…。話しやすいし優しそうな子だよ。あ、てか昨日シャワー浴びれてないから今から浴びてくる。ごちそうさま。」
 色々聞かれて面倒な事になりそうだったので、私は食器を下げてそのままシャワーを浴びた。変な期待しないでほしい。そんなことあるわけないんだから。
 通勤は車だ。お父さんが前使ってた車をそのままお下がりでもらった。家から5分で着く。出勤したら白衣に着替える。登録販売者は白衣で勤務する。でも医薬品のことは試験が終ってだいたい全部忘れたから、正直聞かれても困る。今日はほぼずっとレジ。平日だからそんなにお客さん多くないけど、立ちっぱなしで疲れるんだよね。手が空いたら床掃除とか、レジの近くの品出しとかをしてこまめに動いていないと、ほんとに足が棒になる。でもそのおかげか、体型は細いまま維持されている。うちのお店のパートさんはみんなスタイルがいい。ここだけはこの仕事に感謝かもしれない。
「お疲れ様でーす。」
突然お客さんからそう言われたので驚いて顔をあげると、そのお客さんは星名くんだった。
「あれ、今日はおやすみじゃなかったですか?」
手を動かしながらそう尋ねる。
「そうですね。ちょっと買い物に…あ、あと佐々木さんに会いに…」
「何言ってるんですか…。偉いですねしっかり売り上げに貢献して。」
「そりゃそうですよ。最終的には給料になって返ってきますから!」
「お会計1742円です。」
金額なんて別に丁寧に言う必要もないんだろうが、体に染み付いているから動作と連動して勝手に喋ってしまう。
「あ、クレジットで。まぁ、もちろん家近いってのもありますけどね。」
「あ、お家このへんなんですか?カードお返しします。」
「そうですね。車で10分くらい。」
「結構遠いじゃないですか!こちらレシートです。」
「そうですか?」
「遠いですよ。ありがとうございます、またお越しくださいませ。」
「はーいお疲れ様です。」
次のお客さんが待っていたから中途半端なところで会話が終わってしまった。
「お待たせいたしました。お預かりいたしま
す。」
商品をスキャンしながら、私が手渡したレシートを大事そうに財布にしまいながら出口へ歩いていく星名くんの後ろ姿を視界の隅っこにぼんやりと捉えていた。





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