Мой брат

ドライブデート☆


「今度彼女とドライブに行きたいんだけど、今日練習に付き合ってくれない?まだ人載せるの怖くてさ。」

「えー、めんどくさ。どこ行くの?」

「種差海岸。」

 大学の夏休みで帰省して来た兄さんにそう言われた。受験勉強に気疲れしていた私にとって、この誘いは本当はちょっと嬉しかった。けれども気怠げにそう言ってしまったのは、彼女とのドライブの練習に付き合わされるのを喜ぶのが、なんだか惨めに思われたからだった。

「一人で行ってくればいいじゃない。別に大して変わらないでしょ。」

「頼むよ〜〜。ほら、海の家のソフトクリーム奢るから!あれ、好きだったでしょ。」

 食べ物で釣ろうとしてくるのも、ずっと子供扱いされているみたいで嫌だった。小さい時みたいに、数百円のソフトクリームをありがたがったりはしない。でも本心では乗り気だったから、渋々了承するような態度で、首を縦に振った。


「どうぞ、お乗りください。」

 兄さんは助手席のドアを開いて手を差し伸べる。ドアくらい自分で開けれるのに、と思って鬱陶しかった。

「そんなのしなくていいでしょ。」

「わかってないな〜!こういうのは、されると嬉しいもんなの!」

 なんて言うけど、兄さんは何をわかっていると言うんだろう。

「ええと、ドライブに入れて、ハンドブレーキ解除して...」

 小声で操作方法を確認している、ぎこちなくて笑ってしまいそうだった。

「ねぇ、それ絶対喋んないほう良いよ。」

「あ!きこえてた?!ごめんごめん。教習所の時やってたクセでさ。えーと、次は、確認か......周囲よし!後方よし!」

「それもやめてってば!」

 指摘されたらもっと大きな声で言うものだから、たまらず笑ってしまった。兄さんは昔からこういうところがある。なんだか心配になったけど、運転は特に問題なく、走り出すと思ったより順調に目的地へ進んでいった。


「でも、なんだか感慨深いな。子供の頃は母さんに連れられてお前と後部座席に仲良く二人で並んでたのに、今は俺が運転席にいて、お前を助手席に載せて走っている。いやあまさかこんな日が来るなんてなぁ...」

「そうだねー」

 スマホをいじりながらそっけなく答える。後部座席にいる時はだいたい寝てばかりだったから、なにも覚えていない。

「ほら!海見えてきたよ!」

 兄さんに言われて顔を上げると、松林の隙間から深い青が見えている。空の青と海の青の境目がずっと真っ直ぐに続いている。海を見るのは随分久しぶりだ。行こうと思えばいつでも行けるけど、こんなに綺麗だったかな。車は海岸沿いの道をまっすぐ進んでいく。

「着いたー。」

 兄さんの駐車はちょっと曲がっていて不格好だった。それを指摘すると、

「いや、いつもはもうちょいまっすぐ何だけどね、なんか緊張しちゃって...それに、駐車場空いてるから大丈夫っしょ!」

 なんてことを言う。私のせいなの?とか思ってしまうけど、なんとなく可愛らしくも思えた。

「いつ見ても綺麗だなー!母さんとかっぱえびせん持ってここに来てさ、ウミネコに囲まれて大変なことになったの覚えてる?あの時お前泣いてたんだよ?」

「えーそうだっけ。」

 一応写真だけ撮っておく。種差海岸は芝生海岸で、なだらかな芝生のグリーンの先に真っ青な海が広がっている。

「あ、そうだソフトクリーム!買ってくるからちょっとまっててね!」

小走りに海の家に行き、兄さんはソフトクリームを2つ持って戻って来た。ちゃんと、私が好きなチョコソフトを買ってきてくれた。

「はい。」

「ん。」

 芝生に座って食べる。もう9月だから、少し肌寒かった。9月末まで兄さんは実家にいる予定だった。

 沈黙が続いた後で兄さんが口を開いた

「いやー、実はさ。」

「ん?」

「実は、彼女とは一ヶ月前に別れたんだよね。」

「そうなの?」

「こっちに帰ってくる前にさ。本当は帰省するタイミングで一緒にこっちに来て、色々案内する予定だったんだよね。」

「ふーん。」

別に驚きもしない。でも、代わりに妹を連れてドライブなんて、寂しいやつ。

「すごく素直な子でさ、綺麗な景色を見るとそれが夜景でも夕焼けでも朝焼けでも、海でも山でも川でも、まるで生まれて初めて見たのかって疑うくらいに目を輝かせて喜んでくれてたんだよ。」

「へー、私と大違いだね。」

「そうだな、食べ物もそう。だから綺麗な景色を見せたいと思ったし、美味しいものいっぱい食べてほしいと思った。あの子と一緒だと、どんなにつまらない事でも楽しかった。だからどうしてもここに連れてきたかったんだよ。もう見飽きるくらいに見たこの海だって、もう一度初めて見た時みたいな感動を味わえるかもしれないと思ってさ。」

「ハハ、私でごめんね。」

「いや、いいんだよ。だって十分綺麗だったから。」

 兄さんも馬鹿だなと思う。子供っぽくはしゃぐ人が好きなのか。でも、本気で喜んでいる人なんてそんなに多くないのに。ただの気遣いかもしれない。そんな風に取り繕う女を私はたくさん知っている。そういう人間のほうが、男性に好かれる。でも昔からそうか。今だって私が単純なことで喜ぶと思っている。買ってもらったソフトクリームに目を落とすと、ちょっと溶けかかっていた。慌ててコーンの脇からすすって、みっともない格好になってしまった。たしかにソフトクリームは好きだけど、昔から人前で食べるのは苦手だった。

「家族って何なんだろうなって思うよ。俺は彼女のことを本気で家族より大事に思ってた。家族になって欲しいとも思った。今でもそうかもしれない。でも、うまく行かなかった。」

「思い込んでただけでしょ。」

「そうだな。でも、お前が妹であることを望んだことは一度もない。それでもお前だけはたしかに永遠に妹であり続けるんだ。」

「そりゃそうでしょ。」

「なぁもし、もし、俺もお前も一生孤独だったらさ、その時は...」

兄さんは少し口ごもって、

「その時は、どうしたらいいかなぁ...」

と言った。

「知らないよ、そんなの。失恋したことないからわかんないけど、どうせすぐ新しい人見つかるって。」

 冷たくそんなことを言ったけど、兄さんに頼られたのはちょっとだけ嬉しかったかもしれない。私より早く大学に入って、一人暮らしをして、バイトして、サークルに入って新しい友人を作って、恋人を作って...最初はそんな近況をいちいち報告していた兄さんがいつの間にか連絡も取らなくなって、それが少し寂しかった。でも、遠く離れて行ったように見えた兄さんも、実は兄さんのままだった。


「ちょっと寒くなってきたな。そろそろ帰ろうか。」

 兄さんが立ち上がった。まだもう少しこの景色を見ていたかった。帰りたくなかった。

「ちょっと、待って。」

 後ろから兄さんを引き止めた。

「ん?どうした?」

 まだ帰りたくないと言おうとして、

「...いや、今日は、ありがと。」

「ああ、こっちこそありがとう。」

 きっと兄さんは、ここで「まだ帰りたくない」と、言うような女が好きなんだろうな。帰りの車で私は眠った。

love you♡

「ずっと前から好きでした。付き合ってください。」

 そんな風に言われたのは、大学2年が始まって、ゴールデンウィークに入った時のことだった。相手は軽音サークルの同級生で、同じバンドのベースの人だった。おんなじバンドと行っても、私は4つくらい掛け持ちしていて、その人と実際に練習したり演奏したりしたのは、数えるほどの回数しかなかった。飲み会とかでよく声をかけてくるから、なんとなく避けるようにしていたが、このゴールデンウィークで食事とか水族館とかに誘われて、3回目に会った時、市内で一番高いビルの展望台のところで告げられた。告白なんて初めてされたけど、なんとなく気があるんじゃないか、なんて思ってはいたから動揺は少なくて済んだ。

「え、あ、うーん。」

 でもいきなり言われると言葉に詰まる。こんな時なんて言えばいいんだろう。そもそも付き合うって何するの?」

「...ダメ?」

「えっと、わ、私、告白とかされたの初めてで、あ、前にも話したっけ?その、ちょっと、どうすればいいかわかんなくて...」

「そうだったっけ?(私の名前)ちゃんかわいいしモテそうな感じするから、意外だな。ってそういえば最初に聞いたときも、こんなこと言ったっけ。うっすら思い出した。ハハ...」

「とりあえず、少し考えるから待っててくれないかな?」

「あ、うん!全然いつまでも待つから!」

 そう言ってとりあえず回答を保留にしたが、その後は気まずかった。私はもともと自分からあまり話す方ではない。だから大抵は向こうの話を聞いて相槌を打つことが多い。彼は沈黙があまり好きではないようで、いつも話を振ってくれるが、その日の帰りはより一層饒舌になって、気まずさを誤魔化そうとしているみたいだった。けれどもどんな話を振られても、さっきのことで頭がいっぱいになって、声は右から左へと流れていくばかりだった。彼の家は私とは反対方向だったけれど、

「夜遅いから、家まで送っていこうか?」

と言われた。でも一刻も早く一人になりたくて

「気遣わなくていいよ、ありがとう。」

と言ってその申し出を断った。

 帰って真っ先に下着姿になってベッドに倒れ込んだ。ああ、どうしよう。まさかこんな私に好意を抱くやつがいるなんて。そもそも一体どこが好きだというのだ?私は彼に多くのことを語っていない。どういう性格か知れたらすぐ嫌いになるに決まっている。だとすれば、見た目か?でも、私は小さい頃から二人の兄にブスと言われまくって顔面にはコンプレックスを抱えている。女の子の友達の「かわい〜!」は、一度だって信用したことがない。そんな風にごちゃごちゃ考えていて、ふと思った。そもそもどうして”私”がどうであるかばかり考えているんだろうか。相手がどういう人間かのほうが重要ではないか。でも正直それはどうでもよかった。見た目もふつーという感じだし、話も面白くもつまらなくもない。自分と同じ大学だから、頭は悪くないんだろうが、勉強はどうせ、学部首席で合格した私のほうができる。ベースはあまり触ったことはないが、音楽の才能も多分私のほうがある。気遣ってくれて良い人だな、とは思ったことはあるが、取り立ててそれを魅力に感じたこともない。別に一緒にいたいともあまり思わない。というより私はいつも一人でいたい。でも、断るのもなんだかもったいないよなぁ。

 友達に相談しようかとも思ったが、狭いコミュニティで話題になるのも面倒だし、こういうときに相談できる相手って、誰かいたかなぁ。と思い浮かべて、一瞬兄さんが頭をよぎった。そう言えばあれ以来話してないな。


「入学おめでとう!経済学部の同期の知り合いがいるから、よかったら紹介しようか?教科書とかもらえると思うよ。」

 大学に入学してすぐの頃兄さんはこんなことを言ってきた。春休みで暇だから高校同期に会いに私の住む仙台にわざわざ遊びに来ると言うのだ。もしよかったら、という風には言われたけど、同じ学部の先輩を紹介してくれるのは、ありがたい申し出だった。兄さんの知り合いというからてっきり男とばかり思っていたが、意外にも女の人だった。どういう関係か勘繰りはしたけど、どちらにせよ、同性のほうがありがたい。

 紹介してもらった先輩はすごく優しくしてくれて、一緒に行ったデパートで化粧品について教えてくれて、しかもおすすめのアイシャドウを一つプレゼントしてくれた。こんなふうに年上から優しくしてもらったのが初めてで、どんな風にお礼を言ったらいいのかもよくわからなかった。食事のお金も、兄さんの分まで出してくれていて、びっくりした。でも、なんだかすごく気を遣わせてしまうような気がして、あんまり気軽に頼る気にもなれなかった。けれどもその時彼女から言われたのは、

「大学は、色んな人と関わったほうが楽しいよ!」

というふうなことで、兄さんもおんなじようなことを言っていた。それに添えて

「あるかないかわかんないけど、告白されたらとりあえず付き合っとけよ!人生なんでも経験だから!」

と兄さんは言ったのだった。

 たった2歳上なだけなのに、兄さんはまるで年寄りが若者に言うようなことを私に言ってくる。全部ありきたりなアドバイスに聞こえて、従う気も起きないのだが、でも別に否定する気にもならない。確かにそうだな、と思う。

「はぁ、経験か。」

 気は進まなかったし、次どんな顔をして彼に会えばいいのか、考えるだけで少し憂鬱だったけれど、とりあえず彼と付き合ってみることにした。そもそも”付き合う”がなにかもよくわかっていないが、多分経験しなければわからないことなんだろう。携帯を取り出して、彼にLINEを送る。でもなんて言えばいいのか。あ、そうだ、とりあえず聞いておくか。

「夜遅くにごめんね、まだ起きてる?」

「起きてるよ!どうしたの?」

「ちょっと変なこと聞いてもいい?」

「変なこと?(笑)別に良いよ」

「私のどこが好きなの?」

「いっぱいある(笑)でも一番好きなのは...」

 それから彼は、今まで経験したことのないくらい私のことを褒めてくれた。その中の8割位は多分勘違いだったけれど、その夜私は結構いい気分になって、”付き合う”ってのは、少なくとも悪いものじゃないと知った。


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