ターンテーブルに針を落として(最終回)
4 ロックンロールは終わらない!
博多での大学生活をひととおり終え、高校のころからどうしても文学部というところがどんなところか知りたいと思っていた僕は、新たに大学の編入試験受験して東京の大学に行くことになった。バイクごと船で上京することにした。
出発の前日、店に行った。マエハラさんはいつもと変わらない様子だった。僕が上京することは父から聞いて知っているはずだった。何て言えばいいかわからずに何となく店内をうろつきながらあれこれLPをめくったりした。
「東京行きます。今までありがとうございました」
いや、かしこまりすぎか。
「明日出発やけん。行くわ」
それじゃ失礼か。
あれこれ考えながら逡巡した挙げ句、とりあえず何でもいいからマエハラさんに話しかけようとレジの方に行きかけると、ちょうどお客さんがレジに並ぶところで、仕方なくレコード棚に向き直った。また意味なくLPをめくりながらあらためて博多でのことを思い起こした。
沖縄の中学校を卒業して、高校からこの地で暮らした。
マエハラさんやナガセたちと出会って清志郎を毎日聴いた。
ナガセとはモッズやシーナ&ロケッツやアンジーやゴジラや山善&ミッドナイトスペシャルなんかの博多の誇るバンドを聴いた。
もちろんスライダーズに憧れたり、たまにはTHE BOTSのようなストレイキャッツの和製版みたいなロカビリー、またはパンカビリーも聴いてみたりした。
マエハラさんとはストーンズやジミヘン 、ピンクフロイドからT REXまで試聴コーナーで聴いた。
その間にいろんなことがあった。
高2になったばかりの春、義理の母は不意に家を出て行った。
その年の夏に姉は予備校の寮に移り、残ったゴン(渡辺通りのサニー前で拾ってきた中型犬だ)やら、タマ(オサダレコード店にまじで迷い込んできた白猫だ)やら、ミロ(里親会でもらったキジ猫だ)やら、アビク(グリーンビレッジという近所のライブハウスのゴミ箱近くに捨てられていたグレイ色の猫だ)なんかと大学卒業まで一緒に過ごした。
親父は毎週末に沖縄からやって来た。
事実上の一人暮らしを7年間満喫した。
犬や猫たちに囲まれながら、一人でいる自由の気軽さと、独りでいる寂しさの痛みを、いやと言うほど味わった。
目覚まし時計を時間差で5個セットして学校に通った。
でかい音でいろんな曲を聴いた。
ナガセとバンドを結成した。
胃炎で3回入院した。
すさんだ時期もあった。
前向きな気持ちの時もあった。
漱石全集と白秋全集を買った。
辻村ジュサブローの舞台を観た。
ストーンズの映画を観た。
RCのライブは大体行った。
早朝、天神コアの裏で偶然ハリーと蘭丸がホテルを出てタクシーに乗るところに出くわした。
日清焼きそばUFOを主食にした。
バイクで走り回った。
ナガセと決別した。
バンドをやめた。
日商簿記検定2級を取った。
デビル(里親会でもらった黒い小型犬だ)はゴンと気が合わなかった。
タマはいなくなった。
ミロもいなくなった。
アビクは死んだ。
ゴンは上京を機に沖縄に引っ越しさせた。
デビルは香椎に住むオリトに譲った。
憧れのトウキョウ。
なんでもあるトウキョウ。
トウキョウには全てがある。
トウキョウに行けばきっと何かがある。
ハラジュクもシモキタもペパーミントもクリームソーダもきれいなオンナも。
トウキョウに行けばきっと僕は救われる。
……そう思ったとき、後ろで僕を呼ぶ声がした。ふりかえるとマエハラさんが立っていた。
「一郎くん、ロックはくさ……」
「魂、やろ?」
僕が言うとマエハラさんは大きくうなずいた。マエハラさんはボロボロ涙をこぼしていた。
「そうったい。ロックやるなら博多たい。博多は魂の街やけん。トーキョーなんか魂なかろうもん。ばってん、行ってき来い。」
そう言うと急に真顔になった。
「帰って来んでよか」
レコードの時代が終わろうとしていた。
上京して1年後に父が亡くなり博多のレコード屋を閉じるころ、CDが新しいメディアとして流布した。CDは、可聴域をカットすることと引き換えにお手軽さと機能性を得た。レコード店はいっせいにレコードをメーカーに返品し、返品できない大量の在庫はたたき売った。レコード針一筋だったナガオカは一時倒産寸前にまで追い込まれた。店の棚にはCDが並んだ。歌詞カードの文字は小さくなり、ライナーノートは消えていった。ジャケットはのっぺりした印刷ものだけになった。ストーンズの「スティッキーフィンガーズ」のジッパーも、RCの「FEEL SO BAD」のアレも、ただの印刷に変わった。
LPを買って帰ると、まずほこりが付かないように注意深く内袋から出して静電気防止のスプレーでコーティングする。それからレコードのへりを両の掌で挟むようにして持って、注意深くターンテーブルにセットする。新しいナガオカの針に付け替えてスイッチを入れる。アームがゆっくりレコード盤の上に移動する。ボリュームを一度絞らないと、針が落ちたときにいかにも傷ついた音を聞くことになる。スピーカーにもよくない。慌ててボリュームを絞る。針がLP盤に静かに落ちるのを見届けてボリュームを一気に上げる。カラーボックス並みのどでかいスピーカーから、どでかい音の洪水があふれ出す。するとほら、そこはもう、
そこはもう、ロックンロールのるつぼだ。
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