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小説のようなもの

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Ⅳ 暗闇の水槽

Ⅳ 暗闇の水槽

前回のあらすじ

その夜、わたしは久しぶりに長い夢をみた。

家族で行った、とても大きな水族館の夢だった。まだわたしも弟も幼かった頃だ。

わたしははしゃいで、次々と派手な水槽を、弟の手を引いて歩き回った。

ペンギン、イルカ、南の国の魚たち。水槽の上からきらきらと光が差して、海の底にいる私たち兄弟を優しく照らす。

弟は大人しくわたしについてきていたが、ふいに足を止めたので、手を繋いでいたわたし

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Ⅲ 新たな光

Ⅲ 新たな光

彼女が部屋に来るようになって一ヶ月がたったころ、わたしの部屋に突然の来訪者があった。

こんこん、と迷いが感じられるノックの音、部屋着のまま慌てて転がり出ると、青年が所在なさげにドアの前に立っていた。

「あっすみません…ある人からここにいると言われて待ち合わせしてたんですけど…隣駅の、大学の者なんですが」

隣駅の大学は、弟の通っている大学だった。
自分がいない時にこの部屋を待ち合わせにするなん

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Ⅱ  夕焼けとの対峙

Ⅱ 夕焼けとの対峙

弟が死んでから、ほとんど実家に通っていたので、1人暮らしの家はとても雑然としていた。わたしがしばらくいない間に、この部屋の気配も死んだ。

「すみません、散らかってるんですけど」

なんとか入る前にふたり座れる場所を作り、彼女を招き入れる。

「おじゃまします」

彼女がぺたん、と床へ腰を落ち着けるのを見てキッチンに立ち、お湯を沸かす。キッチンの暗がりから彼女をこっそりと盗み見る。

窓から射す光

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I  真珠の首飾り

I 真珠の首飾り

弟の面影を探して大学を訪れてはみたが、そこは彼と同じ年頃の若者が忙しなく行き交っていて、立っているだけで眩暈がした。

キャンパスに立ち並ぶ木々の、春の訪れたあとの溢れんばかりの新緑のような、生命力のエネルギーが必要な場所だった。

「こんにちは」

来なければよかったと後悔していた矢先、突然かけられた声に振り向くと、真っ白なセーターが目に飛び込んできた。

葬儀に来た、弟の最期に一緒にいたという

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序章

序章

春が近づいたある雨の夜、わたしの弟が死んだ。

母親が報せを聞いてから、家に運び込まれるまで、そう長くはかからなかった。医者の話では、心臓に問題があったのではないかとのことだった。

遺体の横で涙を枯らし、彼に何度も問いかける両親の声を、わたしはどこかとても遠くに感じた。大学に入ってから一人暮らしを始めた彼の容態に、家族の誰も気づくことができなかった。つい先日までは、私たちは死の影に怯えるようなこ

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