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ガザの妊婦を待つ過酷な運命〜戦禍の妊娠・出産への高い代償

2023年10月7日のハマスによるテロ攻撃を受け、イスラエルはパレスチナ自治区ガザへの激しい攻撃を継続している。ボストンに住む筆者の仕事の同僚にはユダヤ教徒、イスラム教徒の同僚も多数いる。知人には、イスラエルに居住していた家族がハマスに殺害され、悲痛に沈んでいるユダヤ人がいる。ボストンの街を行けば、パレスチナをサポートするデモを頻繁に見かけるが、今回特に特徴的なのがハーバード大をはじめとした各大学ではほぼ連日抗議デモが行われていること。これまでの紛争に比べ、遥かに身近に感じる。

ボストンダウンタウン、ボストンコモン(ボストン市中心にある公園)、ボストン市立図書館前でも即時停戦を求め、頻繁にデモが行われている。
写真は社会主義解放党ボストン支部(Boston Party for Socialism and Liberation)などによる親パレスチナデモ。

声をあげるアメリカの若者

今回の紛争の政治的な背景は、かなり周知されているためここでは触れない。アメリカには600万人のユダヤ人が居住しており、裕福層や社会的地位の高い人が多い。一方、パレスチナ人は17万人ほど、アラブ系を統合しても170万人とも言われ、少数派である。政治的にアメリカは、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs Committee, AIPAC)などの強大な資金によるバックアップを受け常にイスラエル寄りであった。こんな事情もあり、1967年の第4次中東戦争から時間が経ち、パレスチナ紛争に関して知識や関心を持たない世代が増えるにつれ、紛争前にはイスラエルよりの意見を持つものが多かった(筆者もその一人)。

そんな背景もあり、イスラエルの後押しは最初から強力だ。テロの直後10月9日、ボストン市長、マサチューセッツ州選出の上下議員、州知事などが揃ってイスラエルへの支持を表明し、多数のイスラエル支持者がボストンコモンに集った (1)。ハーバード大では、テロ直後にパレスチナ支持を表明した学生団体は、氏名を公表され就職の内定を取り消されるなどされた (2)。また、ハマスのテロ攻撃のドキュメンタリー映画”Bearing Witness”が全米に先駆けハーバード大学で上映され、ニューヨークよりイスラエル国連大使のジラード・エルダン氏、著名な投資家のビル・アックマン氏などが集い、ハマスの理不尽さ、残忍さとイスラエルの立場への理解を訴えるなどの動きもあった (3)。アックマン氏は、キャンパスでのユダヤ人保護が十分でないとしてハーバード大のゲイ総長の解任を早期から訴えていた一人だ (53)。

しかし、今回の紛争をきっかけに、パレスチナ紛争の歴史や背景に関する基礎知識が広がったのと同時に、フィルターを通されている既存のマスメディアではなく、多様なニュースソースのあるSNSを通して、ガザの惨状がリアルタイムで拡散されるにつれ、アメリカ世論、特にSNSから情報を仕入れる若い世代では、即時停戦、パレスチナ寄りの声も大きくなってきている (4,5)。そんな状況を反映してか、デモはパレスチナ解放のメッセージを掲げるものが多いと感じている。

2023年10月18日、ハーバード大パレスチナ連帯会議(Harvard Palestine Solidarity Committee)による親パレスチナデモ。後ろはハーバードヤードで最も古いマサチューセッツホール(1718年建立)。
10月27日、ハーバードでの親パレスチナデモ。後ろに見えるのは、イグノーベル賞が開催されるハーバードメモリアルホール。
10月15日、ハーバードヒレル(Hillel)による親イスラエルデモ。親イスラエルデモは比較的少なめであるが、日頃からハーバードでもユダヤ人はハバッド(Chabad)などの団体を通して強固に
結ばれている。後ろは世界5大文庫に数えられるワイドナー図書館。
ハーバード構内の掲示板には、拉致された人質のビラが貼られ、ハマスのテロ行為の残酷さを訴える。

リアルタイムでSNSに流れるガザ地区の惨状

イイスラエル-ハマス問題はアメリカ社会に分断と緊張状態を生んでいる。さて、今回の紛争でなぜ若者を中心に響いたのだろうか。

ガザは300平方キロほどの面積に220万人以上が暮らす (6)。ガザ保健省によると、2023年12月末までに戦争による死者は2万1千人、負傷者は5万人を超えている。人工密集地のテロ掃討作戦ということもあり、イスラエルの攻撃は民家や病院にも及んでおり、患者だけでなく、医療従事者も施設にたどり着けなかったり、怪我や死亡するケースも後をたたない。2023年12月中旬、ガザ地区には36の病院があるが、部分的にでも機能しているのは12の病院にとどまっていて医療崩壊もしていると言われている (7)。

国連人口基金(United Nations Population Fund, UNFDA)のパレスチナ担当代表アレン氏によると、戦争の始まった2023年10月の時点で、パレスチナ自治区ガザ地区には5万人を超える妊婦がおり、5千人に1ヶ月以内の出産が見込まれ、毎日180の出産があると推測している。ガザ地区では大多数の若者は20代で結婚し、10代での結婚も多く、妊娠、出産の間隔も短い。2021年の女性一人当たりの出生率は3.38と高く(アメリカが1.84で日本は1.30)、人口ピラミッドは典型的な富士山型で人口の47.3%が18歳以下の子供である(アメリカは22%、日本は12%程度)。イスラエルによる封鎖の制約や経済的な困窮から、子供へ希望を託す文化が育まれ、出産が多いと言われる。また、かつて住む土地を追われたことから、子供にはスキルを身につけさせたいとの思いから教育熱は高く、6歳から12歳の子供の95%以上が学校に通い、15歳以上の住民識字率は96.9%と高く、ガザイスラム大学の学生の57%は女性であり、女性への教育熱も高い (8)。

ハマスへの攻撃を継続すれば、この密集地において、一般人の被害は免れない。ガザ保健省によると、紛争による死者は2023年末までで女性と子供が70%を占めている (9)。今回、SNSでは、テロ掃討の軍事衝突の様子よりも、子供、女性の犠牲者の凄惨なイメージが多く映し出されている。明かな非戦闘員の多大な犠牲が、人々の心に響いている。

声をあげているのはパレスチナ系の人たちだけではない。ユダヤ人の中にも、イスラエルの方針に抗議し即時停戦を求める人たちがいる。
2023年10月7日のハマスによるテロ攻撃以降、自分の経験より力強いメッセージを発しているラリー・サマーズ元ハーバード大総長、財務長官は、ユダヤ人。2023年10月16日、ハーバードケネディスクールで講演した際、パレスチナ系の学生より厳しい質問を受けてもいる (10)。
コロンビア大学の中東史家でパレスチナ人のラシッド・カリーディ教授による講演。ハーバード史学科のパレスチナ人教授により主催された。これまで届きにくかったパレスチナの声を届けるとしており、多数の人が集まった (11)。

紛争地で先細りになる妊婦のケア

紛争地では、戦火の暴力や脅威にさらされる他、上下水道、電気などのインフラが破壊され、食糧、水、衛生などの供給が十分でなくなり、病院が破壊されれば医療のアクセスも限られてしまうことが多い。紛争地では、この状況では妊娠してなくても適切な医療サービスを受けにくくなるが、産科ケアの医療従事者は専門的なトレーニングが必要なため、紛争時には特にアクセスしにくくなる。直感的に明らかではあるが、産科ケアが十分に受けられないことは母体や新生児にとっての健康の大きなリスクになることが知られていることから、紛争に妊婦は特に影響を受けやすい (12)。

お産には何が起こるかわからない。頭部が発達した人類は、他の哺乳類に比べて出産が容易ではない。トルストイの「戦争と平和」では、ロシアの騎兵軍人であるアンドレイ・ボルコンスキー公爵が、ほぼ大丈夫とはいえ、稀に何か起こることがあるから、と腕のいいドイツ人の医師を探してつけるが、妻がお産の直後に亡くなる様子が書かれている。世界保健機構(World Health Organization, WHO)によると、総じて15%のお産には、なんらかの重大な合併症が生じ、適切な医療を即、施さなければ恒久的な健康障害を起こすと推測されている (13)。産科合併症に対応するための帝王切開が必要なお産も多く、2022年、アメリカでは全体のお産の32.2%にのぼる(日本では20%程度) (14)。

妊娠糖尿病や高血圧が検診で把握されている妊婦はある程度リスクが予想可能であるが、分娩中にハイリスクとなる妊産婦の半数ほどは妊娠前・中にはノンリスクだった群から来るとも言われ、さまざまな産科合併症の事前の予測には限りがある。アメリカでは、基礎的なケアから非常高度な治療ができる病院がレベル1から4まで分けられており(4が高度医療)、妊産婦、新生児の状態により必要に応じて適切な時期に妊婦や新生児を適切な施設に移す。限られた医療資源を有効に使うために、通常地域でネットワークが形成されている (15)。ところが、紛争で病院間の連携がうまくいかない、移動ができない、などがあると、適切なケアができずに妊婦や新生児の命を危険に晒すのはいうまでもない。たとえ、正期産(37週以降)で肺が成熟して生まれても、様々な原因で7%ほどの新生児には呼吸困難が認められ、生後何らかの処置が必要となる (16)。

ガザでは、病院が攻撃され、医療従事者の安全も保障されず、電気や水などのインフラも破壊されていることから、妊婦に対する適切な医療できない状態となっている (17)。この戦禍の産科医療への影響は長引く傾向にある。突発的に問題が起こることが特徴的な産科疾患に緊急時に対応できるシステムが手薄になりやすいことが戦後のイラクで報告されている (18)。

紛争の妊婦への影響

紛争地では、身体的、精神的な問題を抱えるリスクが高いが、紛争にさらされた妊婦では流産、早産、死産、周産期死亡(妊娠28週以上の胎児死亡と生後1週間以内の新生児死亡の合計)など産科合併症が増えるという報告は多数されてきている。リビア、ボスニア、ヘルツェゴビナ、イスラエル、パレスチナ、コソボ、ユーゴスラビア、ネパール、ソマリア、イラク、クウェート、アフガニスタンなどの最近の紛争地での妊婦への影響を調べた数多くの調査を、分析方法の妥当性などを再検討し信頼できるデータをまとめた最近の報告では、どの紛争でも一貫して低出生体重(胎児の子宮内での発育不全や早産などで、出生時の体重が2500グラム未満)のリスクは高いことが確認されている。流産、死産、早産、先天性異常、早期破水(陣痛が始まる前に胎児を包んでいる膜が破れ、羊水が流出してしまう)も増加傾向にあった (19)。これまで言われているように、紛争にさらされた妊婦に重大な合併症が多くなるのは間違いない。

過去数回(2008, 2012, 2014)のパレスチナ紛争に晒された母体、子供の長期追跡調査では、やはり低出生体重児、早産などが増えていたほか、母子共に重金属などの毒物に晒されている事実が明らかとなっている。同時に先天性異常の増加もあり、胎児への毒物の暴露による影響があるとしている (20,21)。低出生体重児は、出産後に多大な医療が必要となるだけでなく、その後、子供も発育・発達の遅延や障害を持つ可能性が大きく、成人した後も様々な健康面に問題をもつ可能性が高いことが知られているため、社会や医療にとって長期的な大きな問題となる (22)。

この結果について少し詳細に考えてみよう。早産(37週以前に胎児が未熟でも早く生まれてしまう)は、検診を受けていない妊婦、多胎妊娠、喫煙、感染症、高血圧、糖尿病、などのリスクがあることが知られるが、早産の多くのケースでは、知られている危険因子がない。最近の大規模な調査でも既知のリスクファクターから考えられる身体的な変化と早産の関連が薄かったこともあり、現在でも早産の全貌は解明されていない (23)。2022年、アメリカでは早産(妊娠37週未満で早く生まれてしまう)は全体の10.38%であった。ちなみに、イギリスでは7.6%、イタリアでは6.8%、日本では5%ほどと言われており、このアメリカの数値は先進国の中では高いとされる。白人種が9.44%に対し、黒人種では14.59%にもなる。ヒスパニックやアジア系は10%ほどである。この数値は、近年の医療の進歩にも関わらず高止まりしており、早産対策の難しさを示唆している (24)。早産では、臓器や器官の発達が不十分であり、低血糖や低体温、脳出血のリスクなどが高いが、未発達な肺のために呼吸窮迫症候群を起こす可能性が高く、呼吸はすぐに命に関わるため、人工呼吸器による呼吸の補助が直ちに必要になるケースも多い (25)。高度な呼吸管理が必要な可能性は、37週以降では5%以下であるが、28週以前のお産では50%を超え、医療に大きな負担となる (26)。早産は、そのほかにも未発達な免疫系のために、感染症にかかりやすく、視覚、消化、血糖のコントロール、体温調節にも異常が出やすく、5歳までの小児の死亡の1番の原因となっている。新生児期を乗り切っても、発達の遅れ、聴覚障害や視覚障害、学習障害などのリスクも高く、影響が長期に続き、医療上大きな問題といえる (27)。

早産には、ストレスが原因となることは多くの報告から知られている。心理的ストレスはストレスホルモンの分泌や交感神経が活発にすることで血管収縮が起こり、胎盤への血流が悪くなることで子宮収縮が起こり切迫早産につながると信じられている (28)。このことから、紛争によるストレスが早産を増やしている一因と信じられている。

死産の原因ははっきりしないことも多いが、妊娠高血圧、高リン脂質抗体症候群などの血液凝固疾患、糖尿病や甲状腺の疾患、肥満、飲酒や喫煙などのほか、胎盤や胎児の異常、感染症もリスクとなることが知られる。ストレスも死産を増やすことは知られている (29)。紛争で死産が増えるという報告も、良質な分析は限られてはいるものの、一貫して報告されている (30)。

ボストンコモンでの親パレスチナデモ。パレスチナの伝統的な埋葬法である白い布に包まれた子供の人形を抱え、子供が犠牲になっている残酷な紛争の即時停戦を求める。

ガザの妊婦たちを待ち受ける悲惨な今後

イギリスのNGOであるOxfamによる2023年11月23日の報告によると、ガザでは、食料、水、燃料(照明、暖房)、生活必需品の欠乏により、保育器などを温めることもできず、3ヶ月以内の新生児が下痢、低体温、脱水や感染症で亡くなっており危機的な状態であると訴える。OxfamのパートナーであるJuzoorはまだ医療活動を行っているが、ここでは3万5千人の避難民に500人ほどの妊婦が混在して、1つのトイレを600人で共有しているような状態だという。外に出て病院に移動することも危険なため、妊婦たちは避難所で医療なしで出産を強いられている。70人が混雑する学校の1教室で医療なしでお産することなどが頻繁に見られる状態だという。妊婦たちは戦火を逃れ、長距離を徒歩で移動してきており、空爆があると混雑する不衛生な退避シェルターに駆け込んでおり、ストレスで早産が普段より3割増加したとも報告されている。また、常位胎盤早期剥離(妊娠中に胎盤がはがれ、出血などを起こし、お腹の胎児や妊婦の双方に急速に生命の危険が生じる重篤な合併症)が2-3倍に増えたとも報告している (31)。常位胎盤早期剥離の詳細は解明されていない。高血圧、腹部外傷、喫煙、高齢などがリスクになるが、いつ、誰に起こるかは予測が難しい。妊娠前後における精神的ストレスにより増加するという報告があり、増加しているとすれば、戦禍によるストレスが引き金となっているのであろう (32)。

通常の分娩でも、裂傷があった場合には縫合が必要になるが、ガザではこれらの処置に必要な麻酔や鎮痛剤がないどころか、帝王切開に必要な麻酔薬がなく、無麻酔で手術を行っているケースがある報告されているとされる。また、傷の感染を防いだり治療する抗生物質もなく、妊婦の回復に大きな影響が出ている (33)。重症で身体中から血を流している妊婦からせめて赤ちゃんだけでも救えるように、麻酔や点滴をすることもなく帝王切開し、赤ちゃんは救われたが母親は手術直後に死亡したり、また死亡した妊婦にまだ胎動のあることを見つけ、帝王切開で赤ちゃんを取り出すなどが頻繁に目撃されているという (34)。

ガザの妊婦たちに今回の紛争がどのような影響があったか、今後の分析を待たなければならないが、常軌を相当逸脱した惨状を聞くに、既に多大な影響が出ているのは間違いないであろうし、これ以上の犠牲を防ぐ意味でも早期の停戦を切に願う。

1つ考慮すべきこととして、ガザは元々産科的には特異的な環境に置かれている。2015年のユニセフのまとめによると、2007年以降のイスラエルによりガザ地区の封鎖政策により、ガザに流入する食料や医療品などのリソースは厳しく制限されており、このため医療資源は今回の紛争前からかなり限られている。ガザでは、出産後2-3時間後には退院させられてしまうそうである。妊娠中の妊婦に対するケアや教育も行き届いておらず、規制のゆるい体外受精などが行われていることもあり、2015年には帝王切開率は23%であり、周辺の地域に比べると比較的高く医療水準も改善の余地があるとされる。10代の妊娠が多く(2015年には15-19歳の出産が1000のお産のうち66を占めている(2023年ではアメリカ14.4、日本は2.7程度)また、近親婚が多いとも言われ、これらの複合的要素により先天性異常などが多いとされる。早産率はパレスチナでは23%(2015)と元々高い。これにより、年間1万人の新生児が高度なケアが必要とされる施設に搬送されている。また、貧困率が高く(2017年で53%)それに起因する妊婦や新生児の低栄養から新生児死亡率も高い (35)。妊産婦死亡率は周辺地域に比べると高く、2020年には10万のお産に対し25.2人となっている (36)。ちなみに、アメリカは2021年のデータで32.9人と先進国の中では非常に高い。黒人女性は69.9と突出した高さのため、参考にならない。2021年にイギリスは11.66、フランスは8、日本は4程度である (37)。

このようなガザの特殊性を考慮した場合、既にギリギリの状態に置かれていたガザの妊婦が、紛争によりさらなる悪循環に陥っている可能性はあり、そのような状況から他の地域より産科の合併症が予想以上に増加する可能性はあると考えられる。

ガザで妊婦に忍び寄る感染症

お腹に胎児がいる関係で、妊婦の体には免疫系をはじめ多くの変化が起こり、感染症にかかりやすい状態になる。中には母体だけでなく胎盤を通過して胎児に感染するものもあり、治療せずに放っとくと、胎児にも障害を及ぼす感染も多い (38)。

妊婦では、インフルエンザのような呼吸器感染のほか、水ぼうそう、リステリアの感染は重症化しやすいと言われているほか、サイトメガロウイルス、風疹、トキソプラズマ、ジカウイルスや伝染性紅斑(リンゴ病)を起こすパルボウイルスなどは胎児に障害や流産を起こす可能性があり、十分注意が必要である (39)。アメリカでは、お産後にエリスロマイシンの点眼がルーチンであるが、これはクラミジア・トラコマチスが産道感染し、結膜炎を起こすことを予防するためである (40)。最悪の場合、失明する可能性のあるこの感染が、たったこの目薬だけで防げるが、お産のケアや薬剤が不足した状態では受けられない。

WHOによれば2023年12月現在、ガザ地区では93%の人々の食糧が不足しており、25%の家庭は家財を売るなどして飢えを凌ぐ深刻な状態にあり、援助物資のトラックには人々が殺到し、飲み水も不足していると報告している。また10万人以上に下痢症があり、その半数は5歳以下の子どもだという。15万人にRespiratory Syncytial Virus Infection (RSV), COVID, インフルエンザなどの呼吸器系の感染症が拡がっており、この他にも髄膜炎、シラミ、疥癬(ヒゼン科のダニ感染)、水ぼうそうなどが見られており、抵抗力の弱い飢えで体力の落ちている人たちや妊婦や小児への影響が心配されている (41)。現在、ガザでは平均して4500人で1つのシャワー、220人で1つのトイレを共有しており、清潔な水がなく、コレラなどの大流行が危惧されており、衛生状態は悪化の一途をたどっており、一刻も早い紛争の終結が望まれる。

紛争地からの難民にみる戦禍の影響

さて、では紛争地から逃れてきた妊婦はどうであろうか。アフガニスタンやシリア、ウクライナなどから逃れてきた妊婦の母体、新生児への影響を調査した40の調査結果から、難民妊婦では、言語や制度の違いなどに起因する医療へのアクセスの低下、暴力に晒されたり、精神的なストレスなどが原因で、在胎不当過小児(母胎にいる期間に応じた標準の身長・体重に比べて小さい)が増え、5分後のアプガースコア(呼吸循環不全を見つけるため、出生直後の新生児の状態を最高10でスケール化したもの、5分後は通常7以上)の低下(7以下)、死産や周産期死亡率(妊娠28週以上の胎児死亡と生後1週間以内の新生児死亡の合計)が高くなると報告している (42)。たとえ、紛争地から逃れることができても、妊婦や子供には過酷な運命が待っている。

戦後も長く残る心の傷

一般的に、戦争難民は精神疾患を煩う可能性が高く、その悪影響は年代を超えて次世代まで続くこともわかっている (43)。女性の10%は、生涯で何らかの心的外傷後ストレス障害(PTSD)になると言われているが、妊婦はホルモンバランスの変化などにより、よりPTSDになりやすいことが知られている。PTSDを抱えた妊婦は、低出生体重児や、死産、早産、妊娠糖尿病や妊娠中毒症などの合併症のリスクが高くなる (44)。母体の心理的ストレスは胎児の脳の発達や母子関係に深刻な悪影響を及ぼし、子供の精神疾患を増加させることも知られている (45)。

紛争は、怪我、家族や友人の死去、暴力への恐怖、食料や水不足、不十分な産科医療などは、妊婦に精神負担を強いるのは間違いない。スター・ウォーズでは、アナキン・スカイウォーカーは妻パドメが出産時に命を落としたことをきっかけにダークサイドに堕ち、ダース・ベーダーとなってゆく。妻や子を亡くした悲しみは、何事にも代え難い。実際、以前のパレスチナ紛争の妊婦と子供への影響を解析したところ、母体のPTSDや抑うつが増加し、子供の発達が阻害されたとの報告されている (46,47)。

1944年、ドイツ占領下で解放が遅れていたオランダで、経済封鎖と厳しい冬のために極度の低栄養状態となった。その時期を経験した妊婦から生まれた子供が対象のオランダ飢餓研究から、胎生期の飢餓により生まれた子供に統合失調症と、肥満、糖尿を含む様々な代謝疾患の頻度が上昇することがすでに報告されている (48)。妊娠初期に胎内で飢餓を経験した子供では、発生時に重要な働きをする遺伝子にメチル化異常がおこり、それが60年以上維持され、様々な体質変化や病気の原因になるという結果が示されており、妊娠時の影響が長期にわたって重大な健康被害をもたらすことを報告している (49)。

ハーバード熱血授業で知られるマイケル・サンデル教授はユダヤ人。ユダヤの祭日ハヌカで、燭台(メノア)に点灯し、ユダヤ人コミュニティの状況改善を願った。
クローディン・ゲイハーバード大学総長も点火式に参加。ユダヤ人学生はキャンパスで身の危険を感じており、大学のサポートが必要である。この数日前、ゲイ学長は国会で尋問されており、学内外からの批判も根強くあった。ユダヤ人やパレスチナ人学生へのサポートを約束して学内で広い支持を集めていたが、2024年1月2日、辞任すると発表された。
即時停戦を求めるハーバードのユダヤ人団体。ジョン・ハーバードの像で知られるユニバーシティホール(1813年建立)を24時間占拠し、抗議活動を展開した (50)。真ん中にあるのはハーバード大創立に尽力したジョン・ハーバード像。

終わりに

妊娠は長くても10ヶ月ほどでおわる。しかし、戦争の爪痕はそれを経験した妊婦、お腹の中の子供に何十年も残り、人々を苦しめ続ける。WHOは2017年、戦禍が妊婦の健康へ及ぼす負の影響は重く長期にわたるため、適切な対応が望まれるとしている (51)。

1941年1月6日、ナチスがヨーロッパを席巻している時(太平洋戦争はまだ起こっていない)、当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは新年恒例の一般教書演説の中で「人類の普遍的な4つの自由」を提唱した。言論と表現の自由、信仰の自由、欠乏からの自由(つまり経済的に困窮していないこと)、そして(他国が侵攻してくるのではという)恐怖からの自由である (52)。

世界中のあらゆる場所の人々が安息に暮らすために享受すべき自由、と説かれている。戦地では、大概紛争の暴力・恐怖に怯え、財産も破壊され、自由に発言することもできない。例え戦地を逃れても異国で言葉も自由に通じず、文化も異なり、財産を置いて住み慣れた土地を去った人達はこのいずれも享受することができず、ストレスのレベルは最高となる。
イスラエル、パレスチナ双方の言い分は理解できるが、為政者たちには、長期的にはイスラエルとガザ地区の人たちがこの自由を享受できるような社会、国家の建設を目指してほしい。また、ガザ地区には子供、妊婦が多いという特徴があることを頭に入れ、その場しのぎではない、多方面からの妊婦、子供のサポートができるような、戦中、また待たれる紛争終結後の施策を、切にお願いしたい。

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