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どこにでもいる大学生、でした。日本全国を一周しました。 ものを書く練習も兼ねて、書きた…

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どこにでもいる大学生、でした。日本全国を一周しました。 ものを書く練習も兼ねて、書きたいこと書いてます。

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note始めてみた。

「わたし、今何がしたいんだろう」 「わたし、今何してるんだろう」 「わたし、今何考えてるんだろう」 そう思って、このnoteとやらを始めてみることにしました。 何かを書くことは別段得意なわけではありません。けれど、自分がどんな人なのか、何をしたいのか、色々と自分で自分を整理するには、とりあえず今自分が思うことを書き連ねるのが一番かなと思って。 まず、私は「考える」ことが好きです。常日頃、何かについて考えていて、一口に「考える」と言っても、それは「反省すること」だった

    • 夏野菜を美味しく食べるなら。

      さまざまな食材が高騰の一途を辿っている昨今。しかしながら、実はその価格だけでなく、「夏野菜たちの育ち様」も変化しているらしい。そんな情報を、この前ニュースで見聞きした私。それが真実か否か調査するため、私は両親とともにアマゾンの奥地…ではなく近所のスーパーマーケットへと向かった。 なるほど、夏野菜たちの見た目は噂通り、確かにスゴかった。特にトマトやズッキーニは熟れてパンパンになっている。今も弾けそうなくらいだ。私はルンルンご機嫌なままで、美味しそうな野菜さんを、買い物カゴへポン

      • ちょうど、ゆでたまごくらい。

        家に引き篭もりまくって、胃もたれするとかいう謎の不健康状態に。このままじゃ鬱になっちまう(というか、既になりかけている)と危機感を覚え、とにかく体を動かす行動をとることにした。そう決めたのは、今日のお昼ごはんの後に作った、おやつのヨーグルトパンケーキを食べてからのお話である。 自堕落な生活から抜け出すには、新しい本に出会うしかない!という思考に落ち着き、私のオキニの図書館へ向かうことに。あの図書館へ行くときは、20分ほど電車に揺られていつも向かうのだが、今回は違う。片道およ

        • あの果物が入った、不思議な冷製パスタ。

          これは、とある初夏のお昼に、私の尊敬するシェフ(父親)が作ったパスタである。最近食べたあの「不思議」な味のパスタを共有したく思い、ここに残してみることにした。始まったばかりの夏の暑い日に、サッパリしたものが食べたくなったら、このパスタをぜひ作って食べてみてほしい。 《材料(2人分)》 トマト(少し大きめ)⋯2個 ツナ缶⋯1缶 とある果物⋯1個 レモン汁⋯適量 塩⋯適量 こしょう⋯少々 オリーブオイル⋯大さじ1~2 スパゲティ(カッペリーニ)⋯150~180g ここで先に

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        note始めてみた。

          旅後半にして、〇〇デビュー。

          今日の朝、私は今までで1番感動する朝を迎えた。感動したのは、景色の美しさではなく(それも感動に値するけども)、人の優しさである。 そんな今日の始まりは午前5時。阿蘇山近くで行われる熱気球体験のため、久々に早起きをした。朝からタクシーを呼べばいいやという昨日の自分のアイデアが、愚考になることなんてつゆ知らずの私は、颯爽と阿蘇駅へと向かう。駅に着いた瞬間、昨晩の私の浅はかさに気づいた。タクシー会社の電話をかけても応答しない。そりゃそうだ、なんてったって今は朝の5時なんだもの。タ

          旅後半にして、〇〇デビュー。

          あぁ、親子だなぁ。

          最近よく感じることだが、私と父親は、いろんな状況においてシンクロ率が高い。これまでにも、数え切れないほど、息が合うというか、行動や考えがあまりにも被りすぎた経験がたくさんある。 初めて驚いたのは、高校時代のこのエピソードから。 高校生の頃からスマホを持つことを許された私。持たされた目的は、これから帰ることを父親に伝えるために電話をすることであった。(当時、母親はスマホはおろか、携帯電話すら持っていなかった。いわゆるアナログ人間である。) 「今から帰りまーす。」 「はいよ、わ

          あぁ、親子だなぁ。

          バンジーと左手。

          靴紐をギチギチに結んで、下半身を中心にハーネスをつける。これから私は、高さ100メートルある吊り橋の真ん中から、ジャンプをする。 「この紐を引っ張ったら、頭が上で足が下になるように体勢崩してね。その後、赤いロープが上から流れてくるから、カラビナを自分のとこにつける、そうしたらお姉さん、🙆🏻‍♀️の合図出してね。」お兄さんの丁寧で優しい説明も、話半分で聞いていた緊張気味の私。 そうしていよいよ、バンジーの飛び込み台へ。両足のつま先だけ出して、飛び込む用意をする。周りの木々は

          バンジーと左手。

          「ミナミ」

          ホテルをチェックアウトしたお昼前、駅まで戻ってお昼を食べるか、その辺でお昼を済ませるかの2択に迫られていた私。 とりあえず、喫茶店に行きたい。そう思い、ホテル周辺に喫茶店があるか調べてみた。どうやら歩いて行ける距離に、私好みのいい感じの喫茶店があることがGoogleマップにより判明。私の相棒である赤いキャリーケースを引きずって、10分ほど歩いてその喫茶店へ向かうことに。 お店に入ると、「おひとりさんですか?好きなとこどうぞ」と笑顔のおじいさまマスターのお出迎え。私は2人がけ

          「ミナミ」

          「追加300円」で得られた極楽。

          私を乗せた高速バスが会津若松駅に着いたのは、19時半くらいのことだった。 今日泊まる旅館は、駅から歩いて2分ほど。近い場所の宿を取れて心もウキウキである。 そしてその旅館は、歩いてすぐの場所に温泉がある旅館であった。予約の時点で、追加の料金は少しかかったものの、これまでビジネスホテル泊のシャワーのみ生活が続く私の身体は、大浴場での快楽を心待ちにしていた。 そうして旅館で渡された、大浴場施設の入場券。これは、私にとって、快楽への第一歩となる切符であった。案内された部屋で少しのん

          「追加300円」で得られた極楽。

          最終バスでのプレゼント

          往路もバスで復路もバス、それは東尋坊から駅までの道のりである。車を使わず公共交通機関のみで旅をする私にとって、往復の道がきちんと戻れるかどうかの把握は必要不可欠である。いつものようにバスの時間を調べてみる。芦原温泉駅行きの最終バスは18:23発、今日の日の入りは18:30ごろだと分かった。 それが分かると同時に、東尋坊で日の入りの様子を見ることは、惜しくも叶わないということが確定した。 最終バスに乗るためにゆったり歩く私と、「もうすぐ日の入りだ!」「もう既に綺麗!」と夕暮れ迫

          最終バスでのプレゼント

          「海」に対する印象。

          私は夏生まれなので、海が好きです。小さい頃は夏の海に行くと、海水浴のせいでこんがりと肌が焼けてしまうことも度々ありました。けれども、おチビな頃の私はそんなことお構い無しに、海の中で泳ぐのが気持ち良くて、ついつい海の中に長居するのです。あと、海で濡れた肌や髪が、潮風に吹かれて乾いていくのを感じながら、じーっと海辺を眺めるのもあの頃からずっと好きでした。大人になった今では、海の中に入るのが何かと面倒に思う年齢に達してしまったけれど、眼前に広がる青色にはやっぱりいつも心奪われ、潮騒

          「海」に対する印象。

          得意料理が卵焼きになったきっかけ。

          私の得意料理であり、自分で初めて作れるようになった料理は、「卵焼き」です。そして、お弁当のおかずで1番の好物であるのが、何を隠そうそれが「卵焼き」なのです。(タイトルからしても全く隠れてはいないが) 私の卵焼き史は、小学校までは給食だった昼食が、お弁当の持参に変わった中学校時代に始まります。お弁当文化が私の中で根付いた頃に、食にがめつかった私と、心の優しい友達との間で、「卵焼き交換会」なるものが定期的に開催されました。その際に、私の周りの友達の卵焼きが、うちの家庭のものと、

          得意料理が卵焼きになったきっかけ。

          初めての想い出が、重なった場所。

          今日は、ライブに行ってきました。予備校に通っていたときから聴いていた、忘れらんねえよのライブに行ったのです。そのライブで聴けた、とある一曲によって、私はその歌詞通り「胸が苦しくなって」、とある想い出が脳内に浮かびました。また、そのライブ会場に着いた瞬間にも、幼少期の想い出が脳内に広がりました。 ひとつ目の初めて 真夏の夜の日、一見いつも通りの夜、でも何故かソワソワしていた。その日は花火大会の日であった。予備校から家に帰る際に使う電車は、河川の上を通るのだが、その河川こそ花

          初めての想い出が、重なった場所。

          記録ふり返り、記憶蘇り。

          部屋を片付けている時に始まるのが、自分の残した記録を漁る時間。今日の夜も、その時間が始まってしまった。こうなると、部屋の片付けは一向に終わらないまま、ステキな昼夜逆転生活へ1歩、いや1万歩は近づくことになるのである。 明日にもバ畜という予定があるのに…こんなことを書いている暇は無いのだが、記録から蘇ってきた私の記憶を記しておきたい。そう思ったから、秋の夜長の丑三つ時に、この場所へと来た。 私が目にした記録のひとつは、昨年の夏頃に経験した大イベント、いわゆる[実習]のときに

          記録ふり返り、記憶蘇り。

          重なった、みぎとみぎ。

          今日見た夢の話。それは、昔好きだった人と歩きながら話している夢だった。 同窓会か何かで久々に会ったことがきっかけなのか、それとも地元で偶然出会ってしまったからなのか、なぜか真昼間から公園横のグラウンド沿いをふたり一緒に歩いていた。確か、小学校のころ、通学路として歩いていた道だった。公園は私の家のすぐ隣にある。その横のグラウンド沿いの道は、春は桜が若干咲き乱れ、夏には蚊が元気に飛び交い、秋には銀杏の実の強烈なにおいに塗れ、冬は枯れ木以外に特段何も無い。そんな道を、小学生のとき

          重なった、みぎとみぎ。

          どちらが先か。

          昔からよく聞く論争のひとつに、「卵が先か鶏が先か」こんな論争がある。私は、とあることを考えているうちに、それに似たような(厳密には全く似ていないが)、「どちらが先なのか論争」を考えついた。 それは、《「変える(変わる)」が先か「続ける」が先か》である。 この字面だけでは何がなにやらといったところであろう。つまるところ、自分の人生において、「自分を変えていく(自分が変わる)ために、何かを続けるべきか」それとも「自分であり続けるために、何かを変える(自分が変わる)べきか」とい

          どちらが先か。