見出し画像

どちらが先か。

昔からよく聞く論争のひとつに、「卵が先か鶏が先か」こんな論争がある。私は、とあることを考えているうちに、それに似たような(厳密には全く似ていないが)、「どちらが先なのか論争」を考えついた。

それは、《「変える(変わる)」が先か「続ける」が先か》である。


この字面だけでは何がなにやらといったところであろう。つまるところ、自分の人生において、「自分を変えていく(自分が変わる)ために、何かを続けるべきか」それとも「自分であり続けるために、何かを変える(自分が変わる)べきか」ということである。目的と手段、それぞれの言葉が入れ替わっただけで、自分の生き方も変化するということ。至極当然の当たり前なことのように聞こえるが、今の私にはなぜか不思議に思える。
この夏、私は今までの人生で一番、これからのことを考えた日々を過ごしたと思う。ひと夏の貴重な経験のおかげで、多くのことを学んだし、それと同時に自分の生き方をどうしていくかについて、真剣に頭を働かせて思考し続けた。考えても考えてもどこにも辿り着かない、いや、辿り着けない。思考すればするほど、それを遮る壁が立ちはだかるのだ。

これまでの私は、「日常は、絶えず変化するものであってほしい」と考えていた。毎日毎日、同じような日々を過ごすなんて、もっての外である。そんな日々は退屈で面白味がないではないか!!納得いく人生を送れるわけがない!!それくらい大きな「変化」や「刺激」を、日常生活から求めていたのである。
しかし、1度立ち止まって考えてみると、あることに気づく。私の理想としている「変化」や「刺激」とは、具体的にどんなものなのか……?誰かに「例えば、どんなもの?」と聞かれても、相手が納得するように答えられる自信が途端になくなってしまった。私の求める「変化」というものが、だんだんわからなくなっていったのである。
それと同時に、何かあることをし続けること、「継続」という言葉を意識するようになった。

こういった感じで「変化」か「継続」か、私が目指すものになるために必要なのはどちらなのか考えてみたが、結局のところは「どちらも同じくらい必要」である、と結論づけてみることにした。なんというか、生きている間に、上手い具合に「変化」と「継続」の塩梅?とやらを見つけていく必要があるのだろうと。変化なしに継続はできないだろうし、またその逆も然りで、継続なしに変化は成立しない。
だから私はこれから、今まで重視していた変化だけでなく、継続も大事にしていこうと思う。これまでにしてきた何かを同じように「続ける」ことや、また今日から始めて何かをし「続ける」ことも含めて。前者の例で言えば、私にとってのアルバイトはそれに値するものと言えるかもしれない(というのも、1年の夏から今もずっと続けているからである。かれこれ2年近く働いている)。後者においては、今日から早速やってみようと思うことである。それは「書き留めておくことノート」であり、その名の通り、ノートに書き留める活動を続けてみようと今さっき決めた。 書き留める内容は、主には本を読んで印象に残った言葉や表現を残してみようと思っている。

続けることで、何が起こるかはわからない。でも、続けた先に、変化した自分が待っていると信じて。


今日のところは、こんなもので。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?