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記録ふり返り、記憶蘇り。

部屋を片付けている時に始まるのが、自分の残した記録を漁る時間。今日の夜も、その時間が始まってしまった。こうなると、部屋の片付けは一向に終わらないまま、ステキな昼夜逆転生活へ1歩、いや1万歩は近づくことになるのである。

明日にもバ畜という予定があるのに…こんなことを書いている暇は無いのだが、記録から蘇ってきた私の記憶を記しておきたい。そう思ったから、秋の夜長の丑三つ時に、この場所へと来た。

私が目にした記録のひとつは、昨年の夏頃に経験した大イベント、いわゆる[実習]のときに書いたものである。そこで学んだことや感じたこと、1日の反省やまとめの記されたルーズリーフ達は、(大イベントが終わってまだ1年しか経っていないのにも関わらず)私を懐かしい気持ちにさせた。
他にも、大学の授業で使用した教材についてまとめたレポートの印刷物(これは記録、というよりは文書であるかもしれない)が見つかった。この時期の自分は、今までに経験したことの無いほど辛いことがあり、そのレポートで必要な教材がまさに自分の経験と重なりうるものであったため、苦しさがマシマシであった。

私は常々、私の記憶を甦らせるものといえば「音楽」であると考えている。いや、順番が違うな。音楽を聴いていると、その音楽を頻繁に聴いていた頃の想い出が否応なしに浮かんでしまうのである。しかし今日、それは音楽だけでなく、「記録」や「文書」でも可能であることに気づいたのだ。さらに、「書籍」でさえも、その読書していた頃の想い出が染みついている。
これらの想い出の大半は、辛かったこと・苦しかったことであることが多い。全く望ましくないことだ。願わくば、達成感だったり幸福感だったり、プラスな気持ちになりたいのに。

ただ、最近思うのは、音楽や記録によって辛く悲しいことを思い出すことで、「今の自分は、よくやってるよ」と鼓舞することもできる。あの頃はどうしようもなく落ち込んでいたとしても、今はなんとか生きているし、どうにか頑張れている。
私という人間は、すごく単純なバカなので、過去を振り返るたびに今の自分を愛おしく思えるように、いつの間にかそんな仕様にセッティングされている。それが私なりの「護心術」と表現しておこう。

そんなこんなで、自分が考えていたことをまとめられた。。そうして現実世界(自分の部屋)を見回すと、整理整頓のセの字もない、散らかった部屋が私の目に飛び込んできた。

つまるところ、今の気分は、「軽めの絶望」である。


今日のところは、こんなもので。




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