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バンジーと左手。

靴紐をギチギチに結んで、下半身を中心にハーネスをつける。これから私は、高さ100メートルある吊り橋の真ん中から、ジャンプをする。

「この紐を引っ張ったら、頭が上で足が下になるように体勢崩してね。その後、赤いロープが上から流れてくるから、カラビナを自分のとこにつける、そうしたらお姉さん、🙆🏻‍♀️の合図出してね。」お兄さんの丁寧で優しい説明も、話半分で聞いていた緊張気味の私。

そうしていよいよ、バンジーの飛び込み台へ。両足のつま先だけ出して、飛び込む用意をする。周りの木々は、少し桜が混ざっている。晴れ間がやってきたからか、緑色がすごく綺麗に広がる。橋の下にいるダムと湖が、早く飛び込んでこいよと言わんばかりにこっちを覗いてくる。

目の前に、100メートルの高さを思わせる光景が広がる。え、ちょっと待ってこんな高いの?嘘やろ?うわヤッバ、えぐいえぐいえぐい。ホンマにえぐいて。

ここにきてようやく、それまでは湧かなかった「飛ぶ」ことへの実感と、そしてこれまで口から出ることのなかった関西弁が、掘り起こした温泉みたく湧き出てきた。

つま先を出してから約3分ほど、この眼前に広がる眺めの余韻を感じたくて(というのは嘘で、ただ飛ぶ勇気が出せなくて怖かった)、そのまま棒立ちの状態だった。そんな時に限って、曇り空がどんどん晴れ模様へと変わってきた。天の神様の粋な計らいか、それとも野暮な意地悪か。うわ天気良うなってきたもうたやん……聞こえよがしに私がそう言うと、お兄さんたちの元気な笑い声が聞こえた。

バックに流れる爆音のEDM、その合間に聞こえる鳥たちの鳴く声。ここまで来たら、あとは飛ぶだけ。頭から先に、飛び込みの選手のように、湖へと自分の身体を預けるだけ。

「よし、行こう。飛びます!」

私の決意の一言で、お兄さん方はついにカウントを始める。私はハーネスを力いっぱい握りしめる。

5.4.3.2.1、バンジー!

お兄さんたちの掛け声を聞くと、吊り橋の真ん中から、叫び声とともに、私は身を投げ出した。

落ちる感覚は、落ちたその瞬間よりも2〜3秒くらい遅れて感じられる。頭から真っ直ぐに、真っ逆さまに落ちていく、リアルに中森明菜のdesire状態だった。飛ぶ前にあれほどドクドクと高鳴っていた心臓はいつの間にか、景色に見とれて感じる感動でホクホクとしていた。上から見下ろしていたダムと湖は、橋の上で見るより近くにあった。そりゃそうか、いま私は、橋の下にいるんだから。

しばらく真っ逆さまの状態で、2回バウンドする。「紐を引っ張ってー!!」それから足を下に向けるために紐を引っ張る。(ちなみに、落ちてからの私は、絶えず叫び続けており、橋の下で非常に喧しくしていたので、お兄さんの声に気づくまで少し時間がかかってしまった。)ようやく上半身がきちんと上にいる、宙吊り状態になった。するとリフトに乗っているような視界に変わり、橋の下の世界を存分に楽しんだ。

その後の私は、さっきの説明と同じようにカラビナをつけて、両手で描くマルのサインと一緒に、元気よく「OK!」と橋の上の笑顔たちに伝える。そうして私の視界は、湖から離れていって、吊り橋のもとへどんどん上がっていくのだった。

これを書く今の私は、水戸へ向かう電車の中にいる。今も尚、あの時の緊張感や浮遊感、高揚感はずっと胸の中にある状態だ。このバンジージャンプで得た余韻は、あの感覚と左手に残る痛覚によって噛み締めている。左手の薬指の先が、ずっと痺れている。おそらく、飛び降りる際にハーネスを握りしめすぎたからであろう。そうやって痛みの原因の左手を見ると私は気づいた。私があの吊り橋に置いてきたのは、バンジージャンプを飛び込む前に感じていた恐怖心ともう一つ、左手中指のネイルチップもだったということに。




今日のところは、こんなもので。

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