あの頃の僕は会社に戻るのが嫌だった。 休日も約束されていたが、楽しいのは休日の前夜だけで、休日の朝になるとその瞬間からカウントダウンが始まっていた。秒針が一つ進む度に死刑に向けて動いているみたいだった。 身体は元気だったが、心が先に悲鳴をあげた。 ある日、車で出かけた。近くのコンビニで籠いっぱいに酒を買い込んだ。三ヶ月ほど前から顔見知りになった女性店員は「どこかで飲み会ですか?」と訊いてきた。 「まあそんなところです」 そう答えて支払いを済ませる。 「気をつけて」
彼が小学校内に入った時、ちょうどチャイムが鳴っていた。 三時限目が終わり、ちょうど休み時間になった時だ。グラウンドを囲う金網に一箇所、穴が開いていた。彼が数日前に開けたものだが、学校関係者は誰も気づいていなかった。 彼はそこから中に入ると渡り廊下に向かった。そこを歩いている女子児童の腹めがけてナイフを突き出した。女子児童はくぐもった声をあげて地面に倒れ込んだ。 彼はそのまま校内に入った。 校内は休み時間を満喫する生徒たちで溢れかえっていた。 そこからは彼にとって楽
東雲(しののめ)七菜(なな)は明るくて活発な少女だ。他人の気持ちを読む事は苦手で、自分本位なところもある。 七菜は小走りに廊下を走る。先を行く少女の背中を視界に捉えた。 その背中に近づくと叩く振りをして手にしていた紙を貼り付けた。 「あっ、ごめんね。当たっちゃった」 彼女はそれだけ言って走り去る。返答があったかもしれないし、なかったかもしれない。でもそれは彼女にとってどうでもいい事だった。 やがて背後でくすくす笑う声が聞こえる。振り返ると花恵(はなえ)凜(りん)が
最近になってようやく、子供の頃のトラウマ? のようなものの整理がついてきた。 小学生の時、何でも盗む子がいて。 その子が家に来ると弟のゲームソフトや俺のゲームソフトがなくなる、という事が必ずあって。 一度、弟が大切にしていたゲームソフトがなくなったと泣くのでその子の家に行って「ゲームソフト持って帰ってない?」って問い詰めたらその子の母親が出てきて、「息子は無いって言ってる。何かの間違いじゃない?」と言われてしぶしぶ帰った事もあった。 その子が来るのが嫌だから、親には「いないか
俺がいつも行っているジムには可愛い子がいる。器具の扱い方も丁寧に教えてくれる。笑うとえくぼが出来る顔なんてもうたまらない。身長は俺より二十センチ低いけど、身体付きはなかなかのものだ。 名前は真中瑠衣という。 そんな俺は彼女を口説くのを夕方の習慣にしていた。 ジムに女の子口説きに来るなんて、とか堅いこと言いっこなし。俺はちゃんと金を払ってるし、他の女の子には見向きもしない。瑠衣一筋なんだ。 一ヶ月かけて熱心に口説き続けたお陰で、何とかデートにまでこぎつけた。 手も繋
マニキュアが綺麗に塗れた。 それを登録してあるいくつかのSNSにアップするとすぐに反応があった。 あるユーザーは、 「指、すごく綺麗ですよね!普段から何かケアとかされてるんですか?」 と訊いてきて、また別のユーザーは、 「指も綺麗だけど爪やばい」 と言っていた。 これが私の趣味、というかストレス解消法だった。自分の身体の美しい部分をほめてもらう。 もちろん時折、 「ババアの自己満足乙」 とか言うリプライが飛んでくる事もあった。すぐにブロックしているから問題はな
うちで飼っていた犬が死んだ。 ラブラドールレトリーバーで年齢は十五歳、名前はクレアという。 動物病院の医師の診断によると、老衰、との事だった。数日前から食事を食べなくなってその内に水も飲まなくなった。それから一週間後、クレアは眠るように虹の橋を渡っていった。 私は彼女の遺体を前にして悲嘆に暮れた。 思えばいつだって一緒だった。 遺体の火葬は、火葬場で翌日に済ませた。 彼女がいなくなった家の中は静かで、妙に広かった。 「クレア、頑張ったね」 リビングの片隅には骨
僕のX上での名前はアンカーだ。 ネット上ってすごくよくできていると思う。クソリプを送ろうとクソみたいな引用リツイートで絡もうと法律に触れない以上、誰も僕を捕まえる事はできない。 惨めだった学生時代とはえらい違いだ。太っていたから友人もいなくてゲームばかりしている日々だった。 僕が標的にしているのは目立っていてキラキラしている輩だ。フォロー数よりフォロワー数の方が多くって、会話を楽しんでいる奴だ。 僕はいつものようにXにログインするとタイムラインを回遊し始めた。 あ
ある年の初夏の事をよく覚えている。 厄年などとっくに過ぎていたが、嫌な事ばかり起きる年で、イライラしていた。 この年、僕は初めて義父を殴った。 結婚して八年、まあとにかく性格の悪い義父だった。 掃除の仕方に始まり、風呂の使い方、起きてくる時間に眠る時間、彼は四隅を突いて挑発してきているようだった。これが毎日続いた。 その日は廊下を歩いていて、うるせえ、と背中に声をかけられた。 瞬間、あ、キレたな、とわかった。 僕は振り返って義父に歩み寄る。顔に一発、パンチをお
映画の専門学校に進学する前、僕は毎日毎日退屈していた。 田舎での生活は退屈で、僕はそれに嫌気が差していた。 映画や小説の勉強がしたいと専門学校への進学を頼んだ時、両親は最初NGを出した。だが僕の熱意に押されたのか、その内OKを出した。 住むところは学生寮に決まり、仲の良い友人にも恵まれた。 都会での生活は色々と大変だったが、それでも充実した毎日を送っていた。 「ホラーものやりたい」 僕が言うと目の前の友人たちは苦い顔をした。 「ホラーもの、ねえ」 そう言ったの
その少女は生前、綺麗な物が好きでしょっちゅう花や綺麗な石を集めていたという。綺麗な物を得た時、それは可愛らしく微笑む姿が実に愛らしかったという。 だが、運命は残酷だった。その美しさに嫉妬した少女たちは彼女をイジメの対象にした。 そうしてある日、お気に入りの公園で彼女は首を吊った。その公園ではしばらくの間、彼女の幽霊が現れる、という噂が囁かれた。 それから十年が過ぎた。噂は風化し、いつの間にか消えていた。 「おい、ミイカ。つばさどうなってんだよ」 カメラマンが
僕が会社に入ると社員玄関に置いてある人形が目についた。 「どうしたんですか、あれ」 事務所にいた女性社員が受け付け越しに反応し、 「それさ、誰かが置き忘れてったみたい。会社の前に置いたままになってたの」 と言った。 「可愛いっしょ?」 「まあ、可愛いっちゃ、可愛いですけど……」 その人形は四十五センチほどの背丈だった。そしてクリッとした目つきで少年のような顔つきをしている。 会社から出火したのはその日の夜の事だった。 近所の住人が通報してくれたお陰で火事は小火で済
私がその話を聞いたのはある晴れた日の事だった。 「こういう話がある。俺が体験した事なんだけど」 仮にこの友人をAとする。 「ある日、ある廃墟に三人で行ったんだ」 この一緒に行った友人はBとCとする。 ここではその廃墟の名前を仮にK町とする。観光地として有名なM市の一角で一時期移住者が大勢いたが、年月の経過、時代の移り変わりと共に人口は減っていった。そして今や市の半分はゴーストタウンとなっている、という。 その市には様々な噂があった。曰く、行くと呪われる、
朝のニュースでこんな記事が読み上げられていた。女性と物と思しき身体の一部が河原で発見された。警察では事件性ありと判断して捜査を進めている。 恋人とは数日前に別れていた。 曰く、あなたは小さくて話にならない、という事だった。 何の事かよくわからず、だがその理由を知った瞬間、俺は笑い出していた。 だがその一言が耳から離れてくれない。小便をする時、風俗嬢を抱く時、どうしてもその声がするのだ。 日を追うごとに女性の死体は部位が見つかった。最初は腕で、続いて