子供の頃の話

最近になってようやく、子供の頃のトラウマ? のようなものの整理がついてきた。
小学生の時、何でも盗む子がいて。
その子が家に来ると弟のゲームソフトや俺のゲームソフトがなくなる、という事が必ずあって。
一度、弟が大切にしていたゲームソフトがなくなったと泣くのでその子の家に行って「ゲームソフト持って帰ってない?」って問い詰めたらその子の母親が出てきて、「息子は無いって言ってる。何かの間違いじゃない?」と言われてしぶしぶ帰った事もあった。
その子が来るのが嫌だから、親には「いないか、具合悪いみたいって言っといて」と頼んだ。それでも彼は家の裏から忍び込んできたり、気づくと部屋の中にいたりした。もちろん、俺や家の人間が見つけて「帰ってくれ」と言っていた。
するとその子は、決まって妙な顔をして帰っていく。怒ったような、笑ったような、何とも言えない表情だ。
彼がこういう顔をした翌日には必ず事件が起きる。
登校すると内履きとか、リコーダーとかがなくなるのだ。そして変な所から見つかるのだ。他のクラスメイトの机の中、覚えのない場所。
「俺と遊ぶのを断るとこうなるぞ」という暗のメッセージだったんだろうな、と思う。
結局、彼は中学に上がると俺が部活で頭角を露わにして狙いにくくなったのか、歳下の子をいじめるようになった。高校は幸運にも別の高校だったのでよく知らない。ただ、一度だけ電話をよこした。
「これからお前んち行っていいか」
もちろん断った。その時の俺はバイクやロックに夢中で、小学校時代の気弱な自分ではなかった。
「また電話する」
彼はそれだけ言って電話を切った。それ以降、電話はなかった。
彼は高校を卒業すると車上荒らしと暴行罪で実刑判決を受けた。執行猶予はなかった気がする。
証人喚問で呼ばれたのは夏になると遊びにくる五つか六つ下の男の子だった。夏祭りの日、彼がその男の子の頭を叩いていた事は妙に記憶に残っている。
彼の姿が地元から消え、穏やかな夏がやって来た。その後、刑期を終えた彼はどこかで仕事をしているらしいが、それがどこなのかはわからない。知りたくもない。噂によると同居している母親と祖父母に暴力を振るって二階に引きこもっている、とも。
一度だけ、俺の母親が「彼に風呂を覗かれたかもしれない」と言った。その時彼は逮捕される前で髪の毛を赤く染めてあちこちに現れており、母親の入浴中、風呂場の外に赤い髪の毛が見えた、というのだ。これも真偽はわからない。
実家に帰ると彼の家の前を通るので必ず思い出すのだが、彼は物を盗む事で注目を浴びたかったんだろうな、と思う。彼の家はシングルマザーで、裕福でない家庭だから両親に祖父母、弟までいるしんたを憎んだのでは、という話もあったが、それだとクラスメイト全員が憎まれても不思議でないのに彼が標的にしたのは俺だけ。あのクラスで身体が小さく孤立していた俺は狙いやすかったんだろうなと思う。
殺人鬼の話を見ていて、彼らは標的をまず探し、決める。そして近づき、最期にはモノにする。
きっと彼は、いいや彼「も」ある種の化け物なんだろうなと思う。
今でも地元に帰ると時折、知人と「小学校時代の同級生は誰?」という話になり、クラスメイトの名前をあげる。彼の名前を出すと決まって「あいつか」と苦い顔をされる。決まってこう言われる。
「あいつはどうしてあんな事をするのか」
この問いに、俺はいつも首を傾げるようにしている。
「彼はどうしてこんな事をするのか?」。これは地元で長い間、語り継がれていた。
俺の中で一つだけ確信がある。仮説だし、根拠もない。だから言いふらす事はない。
あいつは「どうしてこんな事をするのか」という地域の人々を見て、楽しんでいたんだろうなと思う。一度、三つか四つ、年下の男の子たちを彼が泣かした事があった。そこに俺は偶然居合わせたんだけれど、地域の人がやってきて彼を問い詰め、「何故、こんな事をするのか。他の子と仲良くできないのか」と言った事がある。彼は無言で石を拾い、俯いて黙っているだけ。
俺の母親は「愛に飢えてるのでは?」と言ったが、彼はきっと、楽しんでただけなんだと思う。人の物を盗み、モノにし、皆に疑問に思って欲しかったんだろう。
今でも彼が無言で石を集める時の音が、あの虚無の表情が、耳の中に残っている。
まあ、これも仮説でしかないので何とも言えないのだけれど。
地元では今でも、盗みや不審者情報が流れると彼の名前があがる。
でも誰も「どうして?」の答えは見つけていない。

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