ゴーストタウンの話
私がその話を聞いたのはある晴れた日の事だった。
「こういう話がある。俺が体験した事なんだけど」
仮にこの友人をAとする。
「ある日、ある廃墟に三人で行ったんだ」
この一緒に行った友人はBとCとする。
ここではその廃墟の名前を仮にK町とする。観光地として有名なM市の一角で一時期移住者が大勢いたが、年月の経過、時代の移り変わりと共に人口は減っていった。そして今や市の半分はゴーストタウンとなっている、という。
その市には様々な噂があった。曰く、行くと呪われる、とか、今でも住んでいる人間がいて入ってきた人間を襲う、とかそんな事だ。
K町に入ると空いている駐車場に車を止めた。
ゴーストタウンへと向かっていく。映画だと飼い主のいない犬が歩き、野良猫がにらみをきかせてくる。道端にはホームレスやジャンキーが座り込んで何やらブツブツとつぶやいている。そんな光景をイメージしていた。
だがそんな事はなかった。
まず、思っていた以上に人が大勢いた。彼らのように噂を聞きつけてやってきたのだろう。記念撮影をする者などが多かった。ツアーも組まれているらしくガイドらしき者に先導されて歩いている者達もいた。
それでもかつては栄えた町並みがあったのかもしれない一角は、今や見る影もない。
町全体が廃墟と言ってもいいのかもしれない。家は建ち並んでいるが、どこにも人の気配は全くない。中には古民家を改造してカフェになっている所もあった。
件のその家は、その古びた町の中にあった。町の中でも入り組んだ奥の方だ。その中でももっとも古ぼけている印象だった。
軒先の雨垂れは朽ち、汚れた水がぴちゃん、ぴちゃん、と地面に落ちている。玄関の戸は傾き、ガラスは割れている。誰かがやったのだろう、壁には難読漢字を用いた落書きや、卑猥な絵が多く見られた。
「ここが目的地だ」
とAが言った。
「どうするよ」
Bが訊いた。
「入ってみたい?」
Cが返す。
「いや、でもよお……」
全く、行く時は気持ちを昂ぶらせていたくせにいざ現場を前にするとこのザマだ。
「もし」
三人はそこでビクリと肩を震わせた。
振り返るとそこには傘を差した女がいた。
「入らない方がいいですよ。古い建物ですし、中も危ないですから」
「あっ、ですよねえ」
三人は言われた通りにその場から離れた。
「なあ」
Aが言う。
「なんでこんな良い天気なのに傘なんか差してたんだろう」
「結構歳取ってたよな」
Bが言う。
「いや、割と若かったぜ」
Cが言った。
そこまで言ったところで三人は顔を見合わせた。全員、違うものを見ていた、というのか?
その時、
あははははははははははははは
という笑い声が聞こえた。
それは無人のはずの家という家の中から、あるいは誰もいない空間から聞こえてきた。
あははははははははははははは
三人の背筋を冷たいものが下っていった。
彼らは走り、廃墟の町を出て車に戻った。
それからめちゃくちゃにスピードを出してAの家に戻った。
家に着いてからも、しばらくは誰も家に帰ろうとしなかった。
その内、Bがこう言った。
「ちょっと気分転換でもしよう」
彼はそう言って携帯でYouTubeをつけた。
動画をタップすると、
あははははははははははははは
彼はすぐに動画を止めた。
その後、笑い声はしばらく続いた。
何日か経った後、Cが言ってきた。
「神社に行ってお祓いしてもらおう」
彼らは再び合流し、一緒に神社に向かう事になった。全国からお祓いに来る人が多いらしい。事情を説明すると「すぐに来てください」と言ってくれた。
カーナビに場所を打ち込み、その場所へと向かう。
その場所が近付いて来た時、カーナビがこう言った。
「この先三百メートル先、右方向、です」
だが妙だった。
神社の看板が出ている場所とは別の方向なのだ。
「看板に従って行こう」
Aが言う。
カーナビは執拗に「右方向、です」「右方向、です」「右方向、です」と告げてくる。
騙されているのかもしれない。
そんな風に思ったAはまっすぐに進んだ。
だがある瞬間、
「おい、ブレーキ!」
Bが叫んだ。
そしてサイドブレーキが引かれる。
ギャギャギャ、と音がして車が止まった。
「何すんだよ、いきなり――」
Aが顔をあげる。
そして驚いた。目の前から道は消え失せ、崖になっている。
Aはその場で呆然として動けなくなった。今度は代わりにBが運転席に座った。
そしてカーナビの案内に従って神社にたどり着く。神社につくと神主にこう言われた。
「ここに来るまで何もありませんでしたか?」
三人は起きた事を説明すると、
「やはり」
とだけ言った。
そして速やかに社殿に通され、お祓いが始まった。事前に強く、
「お祓いが始まったら決して目を開けないようにして下さいね」
とだけ念を押された。
お祓いが始まった。
読経が行われて十分ほどした時だろうか。
Aの足の裏に強烈な痛みが走った。挫いたとか、正座のしすぎで足が痺れた、とか、そういった事ではない。
瞬間、彼は目を開けてしまった。
目の前に、あの女がいた。室内で、雨など降っていないにも関わらずやはり傘をさしている。
あははははははははははははは
彼女は口を開けて大声で笑い始めた。
お祓いが終わった後、
「あとは帰って頂いて大丈夫ですよ」
とだけ言われた。
言われた通り、彼らはそうした。
そのニュースが流れてきたのはそれから三日後の事だった。
彼らの行った神社が火事で焼失、神主は行方不明だという。
彼はその日、夢を見た。
廃墟の町であの女と神主が立っている。
彼らは似たような傘をさしてこちらをじっと見ている。
それ以来、彼は人の笑い声を聞くとつい肩をびくりと震わせてしまうのだという。
了
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