サイコパスの話

 マニキュアが綺麗に塗れた。
 それを登録してあるいくつかのSNSにアップするとすぐに反応があった。
 あるユーザーは、
「指、すごく綺麗ですよね!普段から何かケアとかされてるんですか?」
 と訊いてきて、また別のユーザーは、
「指も綺麗だけど爪やばい」
 と言っていた。
 これが私の趣味、というかストレス解消法だった。自分の身体の美しい部分をほめてもらう。
 もちろん時折、
「ババアの自己満足乙」
 とか言うリプライが飛んでくる事もあった。すぐにブロックしているから問題はない。
 そんな私のアカウントにDMが届いたのは数日前の事だった。
 数年にわたり交流を深めているユーザーで、
「ユナさんの近所に引っ越す事になったので今度一緒に遊びに行きませんか?」
 と書かれてあった。
 私はこれにすぐOKを出した。
 何人かのユーザーとSNSを経てオフ会をしていたが、皆がいい人だった。何より美に関する意欲が高くていい刺激になる。
 待ち合わせに指定したのは行きつけの喫茶店だった。コーヒーも厳選した豆から抽出するだけでなく、スイーツの類も定評がある。常に大勢の客で賑わう人気店だ。
 座って待つ。
 二十分ほどして、若い女性が目の前に立った。
「ユナさん、ですよね?」
「小雪さん?」
「やっぱりそうだ」
 目の前に立った女性はにっこりと微笑む。
「指見てすぐにわかりました。この人だって」
 小雪はそう言って笑う。
 長い髪に白い肌が際立っている。私でもため息を漏らしてしまいそうだ。
 コーヒーを二つと、当店オススメと書かれたスイーツを注文する。
 少し話をして、二人で映画館に入る。話題の社会派ドラマだった。
 中盤になったところだろうか、小雪が私の手に指を絡めてきた。
 映画がエンドロールを迎えたところで私は我慢ができなくなっていた。
 彼女の手を握って映画館を出る。
 タクシーを捕まえてラブホテル街へと向かうよう指示を出す。
 ホテルに入り、部屋を取る。エレベーターの中でどちらからともなく、唇を重ねて舌を絡め合った。

「すごかった」
 ホテルの部屋で一戦を終えた私はぽつりと漏らした。
 小雪は綺麗な身体付きをしていた。ボディメイクを欠かさず、定期的に行っている、という。どおりで胸も綺麗な形をしているし、くびれもアスリートのそれだった。
「ユナさんも可愛かった」
「もう、よして」
 小雪はそう言って私のヘソに唇を当ててくる。くすぐったさに思わず声をあげる。
 彼女は恋人と別れたばかりで一人、寂しい夜を過ごしていた、という。引っ越したのも気分転換を兼ねて、ということだった
 私たちはその日以来、定期的に会うのが日課になった。
 食事やお喋り、あるいは映画を楽しんではそのあとでラブホテルに向かい、身体を重ね合わせる。
 男と身体と違って女の身体は貪欲だ。どれだけ快楽を与えられてもまた欲している。一度出せば終えてしまう情けない生き物とは訳が違う。
 私も小雪も、すぐ互いに夢中になった。その姿は磁石が寄せ合っているかのようだった。
 だが気になる事が一つあった。彼女は一度も私を部屋に招待してくれないのだ。私の部屋には何度も足を運んでいるのに、だ。
「他に相手がいるんでしょう? 本当は既婚者で男の方が好き、とか?」
 ある日、情事のあとで私は小雪に訊いた。
「どうしてそんな事言うの……?」
 悲しげな口調で小雪が訊いてくる。
「だって一度も部屋に入れてくれないじゃない」
 口調では本気な風を装っているが、内心ではそこまで本気ではなかった。「私、自分の部屋がそこまで好きじゃないのよ。汚いし、ユナに嫌われるのが怖くって」
「そんな事で嫌いになんかならないのに」
 私は笑った。
「何なら一緒に掃除してあげるわよ」
 そう言って彼女の頬にキスをしてやる。
 小雪が笑う。

 三日後に私は小雪の部屋に行った。
 彼女の部屋は隅々まで掃除が行き届いており、清潔だった。
 互いに服を脱がせ合って何度も激しく求め合ってから、ベッドで横になる。
「綺麗じゃない、部屋の中」
「ユナが来る、って言うから慌てて綺麗にしたのよ」
 ふふふ、と言って小雪が笑う。
 それから再び、互いに求め合う。エクスタシーの大波にさらわれながら、大声をあげるのは気持ちよかった。
「この部屋防音だから」小雪が耳元で囁く。「もっとユナの声を聞かせて」 それだけで私は肌に鳥肌が立つのを感じていた。
 金切り声を何度上げただろうか。それでも小雪は私を辱めるのをやめようとしなかった。胸の先端を舌で丁寧に弄り倒し、私の中心部が蜜で溢れかえるのも構わずに彼女を押しつけてきた。
「ユナ大好き、愛してる」
 彼女はそう言って唇を押しつけてくる。
 それから私は何度も何度も絶叫した。
 最終的に私は「死ぬ」と何度も叫ばされ、それでもやめようとしない小雪に向かって、「殺して」と訴えていた。

 翌日、街には雨が降り注いでいた。
 ある山の中腹、女の死体が一つ放置されていた、という報道が流されると住民たちは一様に怯えた。
 現場を離れた若手の刑事が言う。 
「死体、何か穏やかな顔でしたね」
「満ち足りた、って感じの顔でな」
 ベテランの刑事が答える。
「男でしょうか?」
「ホシか? 女の可能性もある」
「綺麗に指だけ切り取っていたんですよ。偏執狂の男だと思いますが」
「何故そう言い切れる? 思い込みは厳禁だぞ。真相はわからんのだ」
 厳しい口調で言われて若手は黙った。
「前にもこういう事件、ありましたよね。女性の綺麗な部位を切り取ってコレクションしてた、ってやつ……」
「あれも不可解な事件だったな」
 傘を、雨が叩き続けている。
「同一犯の可能性、ありますよね」
「可能性はゼロじゃないな」

 新庄裕太は口笛を吹いていた。
「裕太ご機嫌じゃん」
 オフィスの中、彼は天にも昇りそうな表情でキーボードを叩いている。
「SNSで知り合った子と今日デートなんだよ」
 振り返って同僚に言う。
「へえ、やるじゃん」
「何か最近、近所に越してきたとかって。筋トレ後の画像に反応くれて。今度通ってるジム教えて下さいよ、って言われた」
「そうやって女の子をモノにしてるわけだ」
「日頃の努力のたまものってやつかな」

 終業時間になり、裕太は会社を出た。
 約束のレストランの前で、彼女を待つ。
「裕太さん?」
 女が声をかけてくる。
「そうです。小雪さんですか?」
 はい、と彼女は笑う。
「男らしい二の腕で、すぐにわかりました。お店入りましょう」
 小雪は裕太の腕に自らの腕を絡めて言う。
「最近、恋人と別れたばかりで寂しくて。それで気分転換を兼ねてここに引っ越してきたんです」
 腕を伝ってやって来る柔らかな感触に、裕太は天にも昇る気持ちだった。

 了

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