クソリプラーの話

 僕のX上での名前はアンカーだ。
 ネット上ってすごくよくできていると思う。クソリプを送ろうとクソみたいな引用リツイートで絡もうと法律に触れない以上、誰も僕を捕まえる事はできない。
 惨めだった学生時代とはえらい違いだ。太っていたから友人もいなくてゲームばかりしている日々だった。
 僕が標的にしているのは目立っていてキラキラしている輩だ。フォロー数よりフォロワー数の方が多くって、会話を楽しんでいる奴だ。
 僕はいつものようにXにログインするとタイムラインを回遊し始めた。
 ある時、ある作品を絶賛しているポストを見つけた。ホワイトマスクという垢だった。クソつまらない、微妙な作品だった。
 僕はニヤリと笑うとペロッと唇を舐めた。
 引用リポストを選択するとこう書き込んだ。
「超微妙な作品。こんな物を選ぶ奴の気が知れない」
 一分ほどして、リプライがあった。
「こういう投稿やめてもらっていいですか。自分で投稿する勇気もないくせに」
 釣れた、と僕は思った。もう一度ペロッと唇を舐める。
「は?なんで?俺の垢なのに何でお前に好き勝手言われなきゃいけないんだよ(笑)」
「私のポストに絡んできたので」
「映画の読解力ゼロ(笑)」
 そう返すと相手にブロックされた。何だよ、もう少し楽しめると思ったのに。僕は裏垢から相手のところに行ってプロフィールをスクショする。それから元の垢に戻り、相手にブロックされた画像をスクショした。
「三コママンガ。引用リポストしたら怒られた(笑)映画の読解力ゼロ(笑)」
 二十分ほどしてフォロワーからリプライをもらった。いくつかのいいねももらう。
「何それ怖い」
「本当の話だよ(笑)ちなみに相手のポスみたけど読解力ゼロだった(笑)」
 嘘だ。相手のポストなんか見てもいない。時間の無駄だし(笑)。
 その日は似たような引用リポストを何件かして眠りについた。僕の荒らしを証明するスクショに何件かのいいねがついた。
「バカ相手にするのは気持ちがいいぜ(笑)いいねもついたし(笑)」
 そうポストするとその日はぐっすりと眠れた。

 翌朝(じゃなかった昼だ(笑))起きると母親の財布から金を抜き取り、街に向かった。まずスタバでキャラメルマキアートを注文し、歩きながらそれをXにポストする。
 それから二駅ほど離れた焼き肉屋に入って食事にした。これもXにポストする。
 一時間ほどかけてじっくり肉を味わったあと、店の外に出た。この後はアキバでも行ってエロ同人でも漁ろうかな(笑)。
 そう思っていると後ろから足音が聞こえた。次の瞬間、僕は路地に引き込まれていた。
 声を出す暇もなかった。口と鼻を布のようなもので塞がれたかと思うと僕の意識はすぐ真っ暗になった。

 目が覚める。
 冷ややかな風が流れていくのがわかった。
 だが視界は真っ暗なままだ。布袋が被せられているみたい。
 ここどこ(笑)、何なのこれ(笑)。
 そう口に出そうとしても口から出て来るのは、
「んーんー」
 という声だけだった。ガムテープが貼られているみたいだ。
 ヤバい、と思い身体を動かそうとする。だが身体は動いてくれない。手は後ろ手に、両足首はぴたりとくっつくように縛られていた。
 そうしている内に足音が聞こえてきた。
 布袋が外される。
 目の前には三脚が立ち、その上にはiPhoneがつけられていた。
「こいつがアンカーで間違いない?」
 男の、冷たい声がした。
 僕の背後から喋っているから顔は見えない。
 正面にいる顔を見て、僕は驚いた。昨日リプライといいねをくれたフォロワーがいた。
「あ、そうです。コイツです」
「マッチさん約束通り三十万出しといて」
 フォロワーは「あざぁす」と言って視界からいなくなった。
「さぁて」
 そう言って目の前にやって来た男は顔に真っ白な仮面を被っていた。
「何が、「超微妙な作品。こんな物を選ぶ奴の気が知れない」だって?」
 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
 男は僕の後ろに来る。直後に耳に冷たい物が当てられた。
 ザクッ、ザクザクザクザクザク。
 右耳に痛みが走ったかと思うと何かが千切れる気配があった。
 男の手が目の前に出される。
「はい、みぎみみ~」
 男が国民的人気キャラクターの声を真似る。
 続いて左耳に痛みが走る。ザクザクザクザクザク。
「はい、ひだりみみ~」
 僕はというと「んー! んー! んんんんんー!」と情けない声をあげていた。
「お前本当に友人に恵まれてねえな。あの時リプライしたフォロワーにDMして三十万払う、って言ったらお前の個人情報、ノコノコ教えてくれたよ」
 そんな……。
「で、誰が映画の読解力ゼロだって?」
 そう言うと男は僕の口からガムテープを剥がした。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
 僕は必死に謝った。これは相手が悪い。状況は最悪だ。
「謝れ、なんて誰も言ってねえじゃんよ。アンカーちゃん」
 男は一言一言区切るように、
「誰が、映画の、読解力ゼロか、って聞いてんだよ。ほら言え」
「……あなたです」
「あなたって誰だよ」
「ホワイトマスクさんです!」
「ほ~」
 男が声に笑いをにじませる。
 男は正面にやって来ると僕の腹にパンチをお見舞いした。
 息が詰まる。
「お前みたいに匿名性の仮面被ってる奴、マジで許せねえんだわ」
 あなたも仮面で顔を隠してますよね、という本音は言えなかった。
「お前がケンカふっかけた垢な、あれ俺の妹の垢なんだわ。可哀想に傷ついちゃってさ。Xのフォロワーたちから慰められてんだけどさ、あれ以来ログインできてねえんだわ。どうする?」
「謝り、ます、謝りますから、ゆるし……」
 男はポケットから携帯を取り出す。耳に携帯を当てて、
「ああ、カナ? 例のガキ。捕まえた。話す? わかった」
 男が携帯をこちらに向けてくる。スピーカーモードになっているのがわかった。
「本当にごめんなさい、ほんの出来心だったんです……」
 僕は言った。助かりたくて必死だった。
「え、いやです。死ぬほど反省してください」
 聞こえてきた女の声に、僕は奈落に突き落とされる。
 男が電話を切る。携帯をポケットに戻し、
「だってよ~。いやあごめんねえ、うちの妹キレるとマジ手ぇつけられなくてさ。兄貴としてお詫びするわ」
 シクシクと僕は涙を流す。
「さて。じゃあこれからの事を説明するから良く聞けよ。まずここに何人かの男たちがやって来る。それでお前を死ぬほどレイプする。最後は臓器までバラバラにされて殺されるけど、まあ、それはそれ。お前みたいなクソリプラーでも臓器提供の役に立つって事で勘弁してくれよな。その映像はスナッフビデオとして裏サイトに流されて死ぬまで人々を楽しませる事になる」  
 男はそう言って笑った。
「よかったなあ、いいね、いっぱいもらえるぞ」

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