人形の話
僕が会社に入ると社員玄関に置いてある人形が目についた。
「どうしたんですか、あれ」
事務所にいた女性社員が受け付け越しに反応し、
「それさ、誰かが置き忘れてったみたい。会社の前に置いたままになってたの」
と言った。
「可愛いっしょ?」
「まあ、可愛いっちゃ、可愛いですけど……」
その人形は四十五センチほどの背丈だった。そしてクリッとした目つきで少年のような顔つきをしている。
会社から出火したのはその日の夜の事だった。
近所の住人が通報してくれたお陰で火事は小火で済んだ。だが防犯カメラには何も映っていなかった。どうやら故障していたらしい。それだけが不思議だった。
「定期的に検査してるんだけどな……」
僕はそうつぶやいた。
翌朝、出社した僕らは後片付けを行った。
「そう言えば、あの人形どこに行ったのかな」
女性社員が言った。
「人形?」
上司が訊く。彼は昨日、出張で会社にはいなかった。火事の知らせを受けて社に戻ってきたのだ。
「昨日、会社の前に置かれたままになってた人形があったんですよ」
「それってさ」
上司は携帯を取り出し、画像を見せた。
「こんな人形だったか?」
女性社員は目を丸くした。
「そうですこれ、これですよ。でもどうして……」
「何日か前に近所で人死にがあって」
上司が話し始めた。
「可愛くないガキでいたずらばっかしてたんだな。そいつが死んだんだ。トラックに轢かれてな。何でも誰かの家に忍び込んで何も盗もうとしてたところを見つかって追われてたらしいんだな。そこにトラックがやって来て――」
上司は僕らの方を見て言った。
「でもそいつ、轢かれてからしばらく生きてたんだよ。そしてこう言ったんだよ「お前ら全員、今に見てろ」って。そいつの葬式にこの人形が飾られてあった。俺もその場にいたんだがな――」
「まさかその人形にその子供の魂が乗り移ったとか、そういう事考えてます?」
「あのガキならそれぐらいやりかねん」
いやいや、と僕は笑っていた。
「仮にですよ、もし本当に人形が何かしていたのだとしたらそれ見つけたらどうするんです?」
「捕まえて殺す」
上司は無表情に言った。
「……それ、本気で言ってます?」
「俺は本気だよ」
彼は無表情に言った。
それが起きたのはその日の夕方だった。
停電である。
同時に給湯室から火の手もあがった。
社内はパニックになり、消火器だ、消防車だ、という騒ぎになった。
社員たちは避難訓練の手順に従って外に出た。
消防車がやって来て消火に当たるのを眺めていると後ろから、上司の声がした。
「見つけたぞ、この人形」
彼は人形の髪の毛を掴んで立っている。
人形はニヤニヤと卑しい笑みを浮かべていた――。
「ちっ。もっとこう、勢いよく燃えろよな」
僕たちが息を呑んでいる中、人形はそう喋った。
上司は人形を見下ろし、ポケットからカッターナイフを取り出した。
そしてそれを首に刺した。
瞬間、真っ赤な血が吹き上がった。
「じゃあ、あの上司が血塗れなのは人形を刺したから、って事ですか?」
やって来た警察官が僕らに訊いた。
僕らは真っ青な顔でうなずいた。
「血液型とか調べればわかりますよ。あの少年と同じものだって」
「いや、しかしそれだと困りますね……どうやって立件して報告すればいいものか……」
警官はそう言って頭を掻いた。
結局、上司は無罪放免となった。
「良かったですね。仕事も辞めずに済んで」
火事から一週間が経った頃、僕は上司にそう言った。
「まあな」
だがそういう上司の顔はあまりいい顔をしていない。
「何か、考え込んでます?」
「これで、終わりだと思うか?」
「終わり、というと?」
「あのガキさ。最初は人だった。次は人形、その次は何だと思う?」
ふう、と僕はため息をついた。
「そう言えば営業のいっちゃん、奥さん妊娠したらしいですよ」
僕が言うと、そうか、と彼が言った。
「男の子がいいなあ、なんて本人言ってたんですけどね」
上司は手の中でカッターナイフを弄んでいる。
了
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