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人間に白/黒にされた犬

ロマン・ガリ。

Romain Gary

彼を「フランスの三島由紀夫」と呼ぶ人もいる。波乱万丈な人生をおくった文豪だ。

生涯一度しか受賞できないゴンクール賞を、別名を用いて2度受賞。

「彼の中には、タタール人・ユダヤ人・ロシア人・ポーランド人……とさまざまな血が混じっている。けれど、世界市民にも・ヨーロッパ市民にも・フランス市民にもなりたいと思っていない」

フランスの他作家は、ガリのことをこう語った。


ガリは、1970年代に、『White Dog』という物語を書いた。

主なキャラクターは、バトカ(ジャーマン・シェパードの名前)と、彼自身に見立てた男性。

『Chien Blanc』 英題『White Dog』

バトカは、黒人の人々に攻撃的な犬だった。前の飼い主が、黒人に憎悪を抱くよう、バトカを訓練したのだ。バトカは南部生まれの犬。そのような特殊な犬は、「白い犬」と呼ばれた。

植え付けられてしまった、特定の人間を嫌悪する心。バトカは、新しい環境の中、本来の自分を取り戻すことができるのだろうかーー。


バトカが、アラバマ州の警察に飼われていた犬という設定は、公民権運動が活発だった50年代~60年代に、アラバマ州で実際にあった、警察犬がデモ隊を襲った事件などから。

正しくは、「警察が警察犬を使いデモ隊を制圧した事件」だが。

2017年。サンディエゴ警察が、丸腰の容疑者に警察犬をけしかけた動画が、SNSで拡散された。容疑者は黒人男性だった。彼は、手錠をされた状態で警察犬に噛まれながら、叫び声をあげていた。

人種的な含みを否定する人たちもいたが。大半は、これを、警察の残虐的かつ差別的な行為とみなした。

有色人種を制圧するために犬を使用することは、西半球全体の人種差別の歴史と関連する。


18世紀~19世紀。西半球で奴隷たちの反乱が勃発すると、キューバのマスチフという犬種が、盛んに育成された。

Cuban Mastiff

キューバでは、この犬種を使って、奴隷を “管理” していた(逃げないよう見張らせたり、逃げれば追わせたりしていた)。それが、各地で真似されたのだ。

例)イギリスはジャマイカのマロン族に対して。フランスはハイチ革命の際に。アメリカは原住民セミノール族の制圧に。

その後、米国の白人実業家たちは、この犬種をさらに改良や量産。奴隷ビジネスの1つと言っていいだろう。


南北戦争後も、黒人種の人々の苦しみは続いた。

『アラバマの奴隷制度』という記事に、南部の小作人たちは、新・奴隷制度を行っているようなものーーという解説が書かれたりした。

元奴隷への、借金による束縛・続く厳しい扱い・暴力的な罰……

「犬の牙が若い牧師の足首に突き刺さった時、それは、グリーンウッドの黒人の心にも突き刺さった」当時の、人種平等会議長の発言。

黒人容疑者に警察犬をけしかけ、「犬のビスケット」。80年代ロサンゼルス警察の発言。

ロサンゼルスにて、警察犬による咬傷は、有色人種にのみ発生。2013年の調査より。

米国在住の友人は、も、私に事ある毎に熱弁する。「絶対に警察のわざとだよ。本当にそうなんだよ」彼女はヒスパニック系。有名な大学に通う優秀な人物だ。


物語の話に戻るが。

無理やり “ホワイト・ドッグ” に育てられたこと以外にも、バトカは、元飼い主からひどい扱いを受けていた。元の主人と再開した時、バトカは唸り、牙を見せた。

そんなバトカを見て、主人公は、今度は “ブラック・ドッグ” になってはいけない!と叱った。そして、バトカと共に学んでいくことを決めた。


ロマン・ガリは、母親の強すぎるほどの期待を受けて育ち、その重圧にあえいだという。

第2次世界大戦中は、空軍に従事。戦後は、外交官として活躍。作家としても大成功。母が望んだとおりの “立派な息子” だった。

ガリの生涯は、彼の書いた原作をもとに、過去に2度映画化もされている。1960年代に『夜明けの約束』、2017年に『母との約束 250通の手紙』。

後作でガリを演じた役者は、彼の母親のことを「祝福なのか呪いなのかわからない親」と表現している。