「傑作はまだ」 瀬尾まいこ
「しかし、こんなふうにうれしい気持ちになることは、一人では起こらない。」
「傑作はまだ」 瀬尾まいこ
子どもの存在は大きいです。
子どもによって、親は成長させられます。
他者との関りを絶っているかのようなこの物語の主人公も、息子との関りによって大きな変化をすることとなります。大きな成長を遂げるのです。
小説家の加賀野(50歳)は、人との関りをほとんど持っていません。持とうとも考えていません。
ほとんど家に引きこもって、小説を書いています。
そこに
と言って、25年間一度も会ったことのない息子の智(とも)が、突如訪ねて来たのでした。ここからこの物語がはじまります。
加賀野は小さいころから図書館の本を、片っ端から読んでしまうほどの読書家でした。
大学生になってからは、さらに読書の時間が増えました。
読むだけでは飽き足らず、物語を書いて文学賞に応募。見事、大賞を受賞しました。
加賀野は、人間の本質とか人間の根底にあるものをえぐる作品を書いてきました。担当の編集者からも、そんな作品を常に求められていました。
だから
本の装丁は、黒か深い灰色か紺色。
ほとんど家に引きこもって小説を書いていた加賀野に、学生時代の友人が飲み会に誘います。
断り切れずに飲み会に参加。
そのときに友人が連れてきた、
はっと目を引く綺麗な女性・美月と出会います。
その日、加賀野は酔った勢いで、美月と関係を持ってしまいます。
そして
3か月後、美月から「妊娠した」
と聞かされました。
加賀野は動揺し、おびえます。
加賀野は、まったく好きではない女性と結婚すること、子どもができることに頭が混乱しました。
美月と何度か話し合い、子どもは美月が産んで育て、加賀野は養育費を毎月10万円送るとの結論に至ります。
加賀野が毎月10万円を振り込むと、2、3日後に「十万円受け取りました」とだけ書かれたメモと、子どもの写真が送られてきました。
普通の親なら、子どもの写真を見たら会いたくなるでしょう。気になって何かアクションを起こすと思います。
しかし
加賀野は、とくに何もしません。とくに何も感じていません。
自宅で小説を書くだけで、世間から隠棲しているといった感じです。
ところが
息子の智が突然訪ねて来てからの生活は、一転するのです。
智は「お父さん」とは呼ばず、「おっさん」と呼びます。親しげに遠慮もせずに加賀野の懐に入ってくるのです。
それに対して、息子のことを「君(きみ)」と言って妙にかしこまり、世間知らずで不器用である、引きこもり「おっさん」の加賀野。
智はそんな「おっさん」を、普通のそこらへんにいる「おっさん」に変えていくのです。
自治会に入ったり、回覧板を回したり、秋祭りの古本市の係をしたり、近所づきあいをするようになります。
人と関わることは、煩わしいことがたくさんあります。余計な人間関係に苛立つこと、傷つくことがあります。
でも
それ以上に人と関わることは、人の優しさ、温かさ、喜び、独りだと決して味わえない幸せがあることに気づかされるのです。
暮らし始めて1ヵ月後、智が急に「家を出て行く」と言ったとき、加賀野は、今までに感じたことのない寂しさを感じるのです。普通の親の感覚になっていたのです。
それだけではありません。
今までにはなかった、家の外に出る行動をはじめました。
そうすることによって、自分が今まで考えていた相手の像や、相手が自分を見ている像が違っていることを認識するのです。
この物語は加賀野の一人称の語りですので、物語の最後に美月の考えや行動、智の考えや行動があきらかになります。そこには作家・加賀野への愛がありました。
3人は、「家族」だったんです。
最後の美月と智の告白に、胸があたたかくなります。
きっと、これからの加賀野は、人生においても小説においても、輝く明るい(装丁も含めて)「傑作」を書くのだろうと想像されました。
だから、本当の傑作はこれから。
だから、「傑作はまだ」
一歩、踏み出すこと。
一歩、行動すること。
一歩、勇気を持つこと。
それが人生の「傑作」を生みだす原動力になるのだと思った、読後感さわやかなハートウォームな物語でありました。
う~ん
この本を読んでいると、柚子茶 を飲みながら、からあげクンと大福を無性に食べたくなります。
【出典】
「傑作はまだ」 瀬尾まいこ 文春文庫
いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。