「おもかげ復元師」 笹原留似子
「泣くことが、大事。泣けることが、必要です。そのために、復元があるのです。」
「おもかげ復元師」 笹原留似子
納棺師という職業。
僕は映画の「おくりびと」で、この職業を知りました。
僕は、亡くなったおばあちゃんの最後の顔を覚えています。
亡くなった父や、おじさん、おばさんの最後の顔を忘れられません。
大切な人との最後のお別れ、最後に見た顔はずっと、ずっと、まぶたの奥深く、心のいちばん奥底から、何十年経っても鮮明に甦ってきます。
もしも、最後のお別れに
苦しそうな顔をしていたら
顔色が悪かったら
身体がゆがんでいたら
臭いがきつかったら
故人のことを思い出すたびに、その最後の顔が脳裏に浮かぶことになるでしょう。それは、苦しい思い出になるのかもしれません。
笹原留似子さんは、故人と過ごした「かけがえのない日々」を良い思い出にするために、一番良い顔を記憶してもらうために、生前の姿に近い状態に戻そうと日々努力されています。
人は死ぬと、時間とともに変化してゆきます。
笹原さんが切ないのはそのような状態のとき、故人のそばに誰もいなくなってしまうことなんだそうです。
笹原さんは変えるのではなく、戻すと言っています。復元なんですね。
僕が驚いた笹原さんの大きなこだわりが「微笑みを戻す」ことなんです。
故人が安らかな笑みを浮かべていたら、生きている我々の気持ちがどれだけ救われるでしょう。
それほど最後のお別れの表情は、残された人を幸せにするか、不幸にするかを分けてしまうものなんです。
笹原さんは大切な人の死と向き合えるために「参加型納棺」を、自分の会社を立ち上げたときに考え出しました。
3.11
東日本大震災
未曾有の自然災害。
笹原さんは、岩手で被災されます。
その後、テレビの映像を見た笹原さんは、このように語っています。
笹原さんは、以前から活動を共にしていた僧侶で、特別養護老人ホームでも働く太田宣承さんと、津波で大きな被害にあった沿岸部の被災地に入りました。
「何かできることはないか?」
その結果、太田宣承さんは被災地のお参りへ。笹原さんは復元ボランティアの活動を行いました。
犠牲になった人の安置所となった体育館を歩いていると、ある「なきがら」に釘づけになった笹原さん。
三歳くらいの女の子でした。「身元不明」と書かれています。
今までの経験において、なきがらの状態でご家族の気持ちが大きく変わることを知っていた笹原さんは葛藤します。
身元不明のなきがらに触れることは、法律で禁じられていたのです。
笹原さんは警察の方にお願いしてみましたが、首を横に振るだけでした。技術的にはできたし、道具もありました。
笹原さんは、苦しみます。
辛くて、切なくて、涙が出てきます。
安置所を離れてから、はげしく後悔しました。
それから
はじめて津波被害者の納棺の依頼がきました。
17歳の高校生の女の子。
ご家族は身体のチェックもされていない。相当なショックを受けていると笹原さんは感じます。
お顔は損傷が激しく、変色も始まっていました。ご両親はどれほどつらかったでしょう。直視はできなかったのではないでしょうか。
長い髪には、砂がたくさん入りこみ、藻のようなものもいっぱい付着していました。津波の凄さは、遺体にもかなりの衝撃をあたえていたのです。
髪を何度も何度も洗います。
お湯は使えません。
腐敗が進むからです。
口の中にも砂がたくさん
入っています。
笹原さんはそう話かけながら、
2時間かけて復元しました。
ようやく振りしぼるようにして、お父さんは
娘に声をかけました。
お父さんの目から、大粒の涙がこぼれ落ちました。
笹原さんはこう語っています。
家族みんなが娘さんに、
声をかけはじめました。
おばあちゃんは、お孫さんの頭を
ずっといとおしそうになでています。
それから、笹原さんの方を振り向き
事故死や、自殺、死後長時間が経過するとそのまま棺に入れられ、家族と対面することなく火葬されるそうです。
笹原さんの想いはひとつ。
このあと笹原さんは体力の限界、精神の限界まで復元に取り組んでゆきます。
笹原さんは、わずか300人しか・・・と書かれていましたが、よく300人もあのすさまじい現場で復元することができたと思いました。
それほど、遺体の損傷がひどいのです。
復元に欠かすことのできない、ウィッグ(人工の髪の毛)や、まつ毛もなくなり、笹原さん自身の髪の毛を切って使ったといいます。
「おもかげ」が戻らないと、いいお別れができない。
「おもかげ復元師」
笹原さんは命をかけて、「お別れ」の瞬間(とき)をつくったのです。
笹原さんの力となった唯一のもの
明日で東日本大震災から12年目。
明日は「おもかげ復元師の震災絵日記」という笹原さんのスケッチと言葉をご紹介しながら、この本と震災について辿っていきたいと思います。
【出典】
「おもかげ復元師」 笹原留似子 ポプラ文庫
いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。